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第三十ニ話 影の男

 クライドがたどり着いた場所には、隠し扉のようなものがあった。グレンがそれを懸命に外そうとしている。どうやら、建物の一部が崩壊したせいで扉の立て付けが悪くなってしまったようだ。

「壁に見取り図が書いてあったんだ。読み取りにくかったけど、こっちに出口があるって書いてあった」

 そういうグレンにアンソニーが微力ながらも隣で手を貸しているが、一向に扉が開く気配はない。手を貸そうかと声をかけると、グレンたちではなくノエルが反応した。

「どいて、ふたりとも。魔法をかけるよ」

 弱弱しい声で言うノエルは、サラの肩を借りてようやくたっていた。どうしてグレンの肩を借りないのかと思ったが、なんとなく隣に目を走らせたときに理由がわかった。グレンの背は、肩を組むには高すぎる。そういえばクライドは、ノエルの身長のことを考慮していなかった。

 サラの肩にもたれながら、ノエルは手をあげた。すると、それを合図にしたかのように扉が崩れた。彼の分子構造を触る魔法で、綺麗に分解されてしまったのだ。ノエルが手を上げた時、サラの前にはアンソニーがいた。何が起こったかわかっていない様子のサラは、何度も瞬きして目の前の光景を見つめ直している。ノエルがサラに何か耳打ちし、そのすぐ後にアンソニーに先に出るよう言った。

 グレンがクライドの先を歩き、崩れたドアの外に出ている。ここは地下一階なので、ドアの先には地上へ続く階段が伸びていた。躓かないように気をつけながら、クライドもグレンの後に続く。

 砂埃に満ちた空間を出ると、どっと疲れた。道に座り込んでむせ、クライドは身体の砂埃を落とす。隣でグレンとアンソニーも同じことをしていたが、ノエルは座り込んでいた。サラはノエルの隣に膝をつき、怪我をしている部分を触らないように気をつけながらノエルの砂埃を払っていた。

「ノエル、平気か」

「大丈夫。術を使っている人も、あんな大人数を操るのに苦労しているはずだ。朝まで、持ちこたえれば……」

 相変わらず穏やかな微笑を浮かべながらノエルが言ったが、その額に脂汗が浮かんでいるのは、きっと見間違いではないと思う。やはり、折れた腕や脚が辛いのだろう。

 静かに目を伏せる。クライドには想像の力しかないが、皮膚や筋肉の下で折れている足の骨を正しく想像するのは困難だ。間違ったことをしてノエルが取り返しのつかない状況になるのを恐れ、クライドは魔法を使えないでいた。

「大丈夫か?」

 弾かれたように顔を上げる。目の前にいるはずのノエルがいない。その代わり、彼とクライドの間に灰色の髪をした男が立っていた。ウルフガングだ。

 幽霊らしい唐突な現れ方に素直に驚いたが、それより今は安心感の方が大きかった。

「俺が離れていた間に、色々起こったみたいだな。すまなかった」

 悔しげにそういうと、ウルフガングはそっと後ろを振り向いた。街の人間が来ないかどうか気にしているのかもしれない。クライドも振り返ってみると、崩れたビルの屋上あたりに、ひときわ輝く星が見えた。

「クライド、お前を狙う敵がまた増えたんだ。様子を見ている限りこいつはもう気づいているようだが、正体は知らないだろうな」

 ウルフガングは快活に笑いながら、座り込んだままサラと寄り添っているノエルを指差した。ノエルを含め、全員が神妙な顔で黙り込む。皆葬式のように暗い顔をしているのに、ひとりだけ笑っているウルフガングは周りからかなり浮いていた。

「巷で『影の男』って呼ばれてる奴だ。俺が死んでから現れた人間だと思う」

「だと思う?」

 ウルフガングは深く頷いた。半分に欠けた月が青白く照らす夜道は、不気味なほどに静まり返っている。

「死んでいないことだけは確かだが、そいつが人間なのかエルフなのか別の生物なのか、全く分かっていないんだ。そいつはさまざまな人間に化け、目撃者によってその容姿が著しく異なる」

 クライドは愕然とした。そんな厄介なものを敵に回してしまったなんて、思いもしなかった。隣で、ノエルとグレンが驚愕に目を見開いている。

「変身するってこと?」

 楽しそうに、アンソニーが言った。多分彼のことだから、一度会ってみたいとか変身を間近で見たいとか、そういうことを思っているに違いない。その人物は、クライドたちにとって敵でしかないというのに。

「そうだな。どんな姿に変身しても、目の色と声だけは誤魔化せないようだが」

「銀色ですか」

 思わず食い気味にそう言っていた。クライドが、目の色と聞いて連想できるものは少ない。連想できるのは銀の目、つまりエルフの色だ。

 変身の魔法なんて攻撃には使えないから、彼はシェリーのように仲間から迫害されているのかもしれない。彼はきっとエルフだ。そうなればつじつまが合うとクライドは思っていた。

 しかし、ウルフガングは首を軽く横に振った。

「いいや、違う。古代の民族が身につけていた宝石のような、まるで染料でも使って染めたようにみえる青だ。珍しい色だな。俺の目の色とはまた違うらしい」

 暫し黙って、クライドたちは考えた。その人物は、何の目的でクライドを敵視しているのだろう。

 もし彼が魔法なども普通に使える完璧なエルフなら、クライドの父が人間の女性と結ばれたことに腹を立てているという仮説が成り立つ。エルフと人のハーフであるというクライドの存在自体が恨まれる種になることだってありうる。しかし、『影の男』はエルフではない。然りに、この仮定は成立しない。

 クライドは無意識のうちに、胸に下げたお守りに手をやっていた。冷たい石の感触が、思考を助けてくれる。やっと答えが出かけたとき、クライドは急速にその思考を打ち切らなければならなくなった。

「ふうん、初めて見た。お前がかの有名なウルフガング=フローリーねえ。案外普通だな」

 今まで一度も聴いたことのない声がした。たとえるなら中性的で、聞いただけでは男か女か判断できないような声だ。楽しがるような口調だが、この声を聞いたとたん身体じゅうを悪寒が走った。

 声自体が、闇なのだ。クライドはとっさにそう思った。きっとこの人物に魔法を使わせたら、闇の魔法ばかり好んで使うだろう。

「誰だ!」

 声のしたほうに向かって、グレンが叫んだ。建物と建物の間の細い路地から、その声が聞こえたのだ。少しして、そこから男が出てきた。長身に黒衣を着込み、その上から長い外套を羽織っている。外套の色も、闇を塗りつけたような黒だ。髪の色も、黒である。

 しかし彼は、遠目にもはっきりと解る鮮やかで人工的な青い目をしている。その目の色は、ウルフガングが表現したとおりの色だった。

 透き通ってはいないが、力のある色だ。実のところ、これは色というより目つき自体に力があるのかもしれなかった。

「てめえは後回しだな。サクっと片付けて遊んでやるから黙ってな」

 雑に扱われたグレンは怒りをあらわにしたが、ノエルが飛び出そうとするグレンを止めた。今この人物と争うのは、得策ではないと言っている。争うノエルとグレンを見ながら、男は楽しそうに笑った。いや、男の形をした女かもしれないし、人間とは異なる種の生物かもしれない。

 アンソニーが伺うようにクライドを見た。どうやら、この人物があの『影の男』なのかどうか確かめたいらしい。クライドはそっと頷いた。今のところ、間違いなくそうだと言い切れる。サラはおびえたようにノエルの腕にすがり、ノエルは訝しげに男を見つめている。

「で、お前がクライド=カルヴァートか」

 刺々しいのだが甘くて柔らかい、不思議な声で影の男が言う。グレンはまだ影の男を睨んでいた。その目に、憎悪と恐怖の色が垣間見えた。恐怖より憎悪の方が強いから、グレンは怯まずにこの男を睨んでいられるのだろう。

「どうして俺の名を?」

 冷静ぶってそういってみる。だが内心では、何が起こるのか不安で仕方なかった。影の男はクライドを見下ろして、何度か瞬きする。腹が立ったので、クライドは相手の染料のような青色の眼を睨みつけた。

 男はクライドから一旦視線をはずし、一度だけ瞬きをする。そして、今度は瞬きなどせずにじっと見つめる。人工的な青い目に、クライドは惹き付けられる。

「さあねえ? 何でも答えてやるほど、てめえと仲良し子良しのつもりはないね」

 おちょくるようにそういうと、影の男はにやりと笑んだ。その色白な輪郭を縁取っているのは今は黒髪ではなく、滑らかなつやのある少しはねた金髪。

 影の男は、にやにやと笑い続けていた。

 銀色の目をしていないことを除けば、クライドと全く同じ顔で。

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