第三十一話 崩壊する安息
何かを聞いたような気がして、クライドの意識が眠りの底から浮上した。寝たふりをしながら、耳を澄ます。案の定、誰かの声が聞こえる。
「だから、そうじゃないんだ」
少し落とした声だが、グレンの声だと一発でわかった。クライドたちの眠りを妨げないようにという配慮だろうが、誰かと口論しているということはありありとわかった。
「駄目だよ」
静かな声だが、しっかりとグレンに反論しているのはアンソニー。一体、何をもめているのだろう。起きて声をかけてみたかったが、なんとなく雰囲気がまずい。ここは、静かに聞き耳を立てているだけでいた方がよさそうだ。
「もし今出て行ったら、町の人にここがばれちゃうよ」
「でも、だったらどうすんだよ!」
密やかな、グレンの声が聞こえた。そして、続けて聞こえるのは椅子から立ち上る音。どうやら、どこかにいこうとしているようだ。話の内容からすると、グレンはここを出てどこかに行くつもりだと思われる。
「ほら、クライド起きちゃったじゃん」
突然アンソニーにそう言われ、クライドの肩はびくりと跳ねた。グレンが吹き出す声がして、クライドは仕方なく起き上がる。
「何で分かったんだよ、起きてるの」
「魔力がふわって来たから。クライドは強いからすぐわかるよ、無意識なのか意識があるのか」
「すげえな。俺まったく気づかなかった」
「僕に狸寝入りは通用しないよ!」
得意げなアンソニーに思わず笑ってしまう。
「で、それは何の論議?」
そういってみると、グレンは椅子の上で伸びをし、腰を反らせてあくびする。
「心配だろ。サラの家族とか、エディとかさ。皆あんな風に暴れてるんだったら、無事を確かめに行きたいと思っても仕方ないだろ」
「それもそうだな」
小さな声でつぶやいて、クライドは彼らを見た。壁際にノエルとサラがいて、サラが不安げに何か囁くのに対してノエルがひたすら穏やかに何か話しかけている。あの消耗した状態を見れば、確かに残された家族たちを思って胸が痛くなるのはよく分かった。
「明日の朝でもいいじゃん。またさっきみたいに襲われたらどうすんのさ? エディでさえあの力だったんだよ。漁師に同じことをされたらって、思うと」
アンソニーが不安げにそう言い、グレンがやや不満そうに同意し、それきり静寂が場を満たした。
静かすぎる空間は必要以上に不安を掻き立てる。クライドは眉間に皺を寄せて俯いた。黙っていると街の人々のことばかり考えてしまう。
ノエルは自分の椅子に座り、小さくあくびをしてクライドに目配せする。
「クライド。そろそろ眠らないと、明日がたいへ……」
言葉は途中でかき消され、聞こえなくなった。グレンが飛び起き、クライドを見て何か叫んだ。しかし、それも聞こえない。
グレンの叫び声でさえかき消すような轟音が、地下室を襲った。
風のようにすばやく、ノエルがエレベーターの操作をした。壁にスイッチがあるのを見逃していなかったあたり、ノエルの洞察力はすごい。魔法だけでなくちゃんと物理的にこれを動かす方法があった。ノエルはビルが壊れる前に脱出口を確保しようという考えのようで、すぐに上階の床が降ろしてクライドたちを手招いた。
ノエルにせかされ、クライドはアンソニーを引っ張って床板に乗った。何が起こったのかわからないまま、クライドは床板の上にアンソニーと一緒にしゃがむ。いくら建物が古いからといって、こんなにタイミングよく崩れるものなのだろうか?
ノエルが押したスイッチが作動し、クライドとアンソニーを載せた床板が上昇し始めた。上昇する床板が地下室の床から二十センチぐらい離れたところでグレンが飛び乗った。サラは何が起こったのか解らない様子でノエルの袖にすがりついていたから、彼に任せるしかなくなった。
グレンはワイヤーを操作するノエルに手を貸そうとした。しかし、何か言いながらノエルが首を横に振る。
「ノエル、どうした?」
下に向かって叫ぶと、すぐに困ったような声で返事が返ってきた。
「ごめん、僕らは君たちが上に行くまでのぼれそうにない! これを操作するのをやめたら、すぐに床板が下がってくる!」
グレンは自分が代わると申し出る。しかし、ノエルは首を横に振った。サラが足を竦ませてなかなか乗らないので、サポートしながら来るしかないと言っている。そうして、サラにも早く床板に乗れと指示しているが彼女は聞こうとしていない。
このエレベーターは、床板を鋼鉄のワイヤーでつるしているというだけの簡単な作りのようだ。勿論、床板がワイヤーから外れないようにさまざまな工夫がしてあるが、基本的な動かし方はワイヤーを巻き上げるか巻き戻すかのワンパターンである。そして、それを動かしている間は装置から離れることができないらしい。
誰か一人だけが載っているのならば、重みがあまりないためすぐに床板が持ち上がっただろう。そして、床板が完全に上にあがらなくてもクライドとグレンのどちらかが上階に這い上がることができたはずだ。そうすれば、上階で床板を操作できる。ノエルはすぐに上ってこれるのだ。
だが今回の場合、床板にかかる負荷は少なくとも三人分。この床板には、相当な負担がかかっていると思われる。
それに気づいたクライドは、想像の魔法で何とかしようと試みてみるが、何の想像をしていいか解らない。混乱しかけているクライドを見て、グレンが声をかけてくれた。
「クライド、俺らを軽くしろ」
頷いて、クライドはその場に座り込んだ。こうしているうちにも、崩壊の轟音が大きくなってきている。どうして建物が崩れそうなのかは解らないが、地震でないということだけはたしかだ。
「やってみる」
つぶやくように答えると、クライドは目を閉じて自分たちの体が軽くなって床板が簡単に持ち上がる想像をした。凄いスピードで、床板がもちあがった。
グレンがすばやく床板からどいた。低く呻き、眉間にしわを寄せるクライド。貧血の症状は感じなかったが、普通の魔力を使ったので体中が疲れた。もう一度床板に載ったグレンは、アンソニーに手を貸してすぐ近くの床に下ろしていた。クライドは、目線で礼を言っておく。
全員が可動式の床からどいたところで、グレンが壁の装置を操作した。床板が下がり、ノエルがよじ登る。そしてサラに手を貸した。しかし、ここでまたアクシデントが起きた。
「やばい、降りろノエル!」
唐突に、グレンが叫んだ。驚いて彼のほうを見ると、彼は上を見つめている。いや、見つめているというよりにらんでいるようにも見えた。どうしたのだろう。
「切れそうなんだよ、ワイヤーが!」
「でもそうしたら二人が上ってこれないだろ」
「床板ごと落ちて内臓破裂よりはマシだ」
クライドの方は見ずに、グレンが言った。確かに、ワイヤーはもう切れそうである。もともと老朽化したビルなのだ、ウルフガングの魔法で何とかしていたエレベーターは、最初から壊れそうだったのかもしれない。
「早く降りろ!」
グレンが下に向かって叫んだ。そう言う彼の腕には、血管と筋肉のすじが浮き上がっている。両手にかなりの力を込めているようだ。
ワイヤーの揺れがおさまっているところを見ると、彼は床板を支えているらしい。当然、その上にはノエルと、床板に載ることに成功したサラもいる。二人ともかなり身軽だが、同年代だ。いくらグレンに力があっても、この状況を長い間保っているのは無理だろう。床板の面積はかなり大きいし、重さも相当なものであるはずだ。
「直す」
言いながら、クライドは目を閉じて少し血を使う。切れそうなワイヤーがちゃんと繋がり、新品のように輝くのを想像したら目の前の景色はその通りになった。しかし、ノエルとサラは既に床板の上にいなかった。グレンは息を荒らげながら毒づく。
「まじかよ、タイミング悪いな」
そういうグレンの手には、うっすらと血がにじんでいた。大丈夫かと声をかけようとすると一気に床が崩れる。
ゆらり、揺れる視界。がくんとひざに走る衝撃。そして、つかのまの浮遊感。浮遊感は、すぐに落下の加速にかわった。
着地の衝撃は直ぐにクライドを襲った。右の膝から着地し、右肩を地下室の床に強く打ち付けてしまう。酷い痛みのせいで叫び声をあげたくなったが、かろうじてこらえる。
無理に起き上がって顔を上げると、なんと大量の瓦礫が降ってきた。明らかにエレベーターの機構ではないがそんなことを考えている場合ではない。
目を閉じた刹那、誰かの腕に引っ張られる。浮いた足を瓦礫がかすった。けれど、自分は誰かに引き倒されたおかげで無事だった。今下敷きにしているのは、体の大きさからしてグレンだろう。
「グレン? 悪い、怪我ないか」
「平気。最高のファインプレーだろ、腕切れたから十点減点かな」
軽くそういうと、グレンは瓦礫に埋もれた地下室の中を歩いた。照明は消えているし瓦礫のせいで足元はおぼつかないのに、地下室の奥を目指してグレンは歩く。クライドは声を上げてみた。
「皆、無事か!」
あたりの瓦礫が音を立てた。コンクリートの破片が、別のコンクリートの破片に当たる音がした。続いて、ガラスを踏みしめる音。
誰かが生きているという証拠だ。クライドは、ほっとする。
「クライド! よかった、生きてたんだね!」
近くで、アンソニーの声がした。そっちにいこうと思ったが、落ちていた鉄骨につまづいて転んでしまった。この建物に入れてあった、鉄筋だろう。
思わず上を見ると、うっすら明るかった。月明かりのようだ。あたりを照らしてくれるほどの光ではない。それは、窓からさしこんでいるようだ。
ということは、上階は崩れていないということになる。妙だ。クライドは、直感でそう感じた。
クライドは、アンソニーの現在地を特定しようとする。しかし、暗すぎてどこなのかわからない。途方にくれていると、服のすそを誰かが掴んだ。アンソニーらしい。彼は、視力の魔法でクライドの場所を探し当てたようだ。
「クライド! 私、えっと、ノエルが」
泣きそうなサラの声がして、クライドは一瞬背筋に冷たいものを感じた。しかし、直後に
「大丈夫だよサラ、落ち着いて。クライド、左脚と腕が折れたみたいだけど、僕もなんとか大丈夫」
とノエルが言うのを聞いて、クライドはアンソニーにノエルの場所をつきとめるように頼んだ。彼に教えられたとおりに歩いてみると、確かにノエルがいるようだ。
クライドはそこらの瓦礫を掘り返し、何か明かりに使えそうなものはないか探した。壁の照明がランプシェードごと落ちているのを見つけたが、これを手持ちのランプに加工できないだろうか。目を閉じて想像する。古びた花型のランプシェードの裏側の、壁ごと剥がれた配線部分が取っ手になることを。
目を開けると想像通りのランプが手の中にあった。ノエルがそれを見て、電球のフィラメントを彼の魔法で直してくれた。ああ、これで光が灯る。そう思うと、無意識に働かせた想像の魔法でランプにはほんのりオレンジ色の光が灯った。
「痛むか?」
「立てない。痛むし、脚の骨は脛の辺りで真っ二つだから」
ランプを掲げながら、ノエルはため息をついた。その表情に、激しい自己嫌悪や不快感が見て取れる。きっと、動かない自分の足に対して苛立ちを覚えているのだろう。サラが心配そうにノエルを見上げ、クライドやアンソニーに救いを求めるような視線を送る。
クライドも、自分のふがいなさに呆れることはたくさんあった。そのたび自分を責めて、悩んだ。ノエルは少々完璧主義になるところがあるから、人に迷惑をかけるなんて嫌だと思っているのだろう。彼の気持ちは痛いほど解った。
「そうか、左足が折れてるんだったよな?」
そういってノエルの左腕を取ると、彼は眉をしかめた。痛がっているようだ。隣にいたアンソニーが、おろおろとノエルを見下ろしている。とりあえずノエルからランプを受け取ってアンソニーに渡し、彼の左手をおろした。
「左腕も折れてるんだよ……」
確かに、彼は腕も折れているといった。それをしっかり聞いていなかった自分はうかつだった。すぐに謝って、クライドは彼の右手を取った。
「ごめん、痛かったか? 俺は右に回った方が良いな。本当にごめん」
よろめきながら、ノエルは右足だけをつかって立ち上った。それを支えてやりながら、クライドは彼の足を見る。
埃で汚れた黒いズボンに包まれた細い脚が、奇妙な方向に捻じ曲がっている。関節ではない場所から曲がっているのだ。彼の言ったとおり、脛が折れている。見ていて痛々しい。クライドの左隣では、アンソニーがノエルを覗き込んで息を呑んでいた。
「大丈夫か、ノエル!」
声と同時にグレンが駆けてくるのが、ぼんやりと明るいランプの光の中に見えた。
ほっと一息ついて、クライドはノエルを支えて歩く。一歩踏み出すごとに、ノエルは痛そうに眉をしかめた。怪我をしている脚を引きずっているので、瓦礫の欠片を乗り越えるたび脚に振動が響くようだ。こればかりはどうしようもない。
ウルフガングは来てくれないのだろうか。この暗闇の中では、どこから出たら良いのか解らない。地下室から一階に上がる手段がエレベーターしかないのなら、朝になってもここから脱出できないではないか。
深く思考に沈んだ時、クライドの背後で音がした。
「おうおう。威勢の良かったガキどもが、揃ってしょぼくれていやがるぞ」
憎悪の焔が、心の中に燃え上がるのを感じた。床を抜いたのも瓦礫を降らせたのも、きっとこの男だろう。
「ジャスパー!」
怒りを込めて、クライドは敵の名を呼んだ。無関係のサラを危険な目にあわせ、エディや街の人たちをおかしくさせたのもきっとこの男だ。相変わらずの巨体を揺らしながら、ジャスパーは数歩近づいてきた。
「胸が躍るなあ? お前を捕らえて俺は褒美をもらい、位を上げて、この世界を見返してやるんだ」
卑劣に笑うジャスパーの目には、眼球はやはりない。焼けた皮膚がグロテスクで気持ち悪くて、直視できない。
そっと目をそらして、クライドはため息をついた。気持ち悪いも何も、これは自分のせいではないか。
「褒美が欲しけりゃ鐘出せよ。俺が折り紙で金メダル作ってやるからさあ」
ざりっ、と砂を踏みにじる音がした。見ると、グレンがジャスパーの目の前に仁王立ちしている。
彼の姿を気配と声で確認したのか、ジャスパーは嫌な顔をした。ジャスパーにとってはグレンも殺してはいけない存在のはずだ、兄であるイノセントの獲物だと自分で言っていた。
「はっ、クソガキが。鐘はとっくにジェイクが持っていった、今頃海の上だろうよ」
「馬鹿か? 証明もないのにそんなこと信じるかよ」
「無いものを証明しろってか? これだからガキは」
唾を飛ばしながらグレンの方に向って吠え掛かるジャスパーに、ひるむことなくアンソニーが横槍を入れる。
「できないの? 魔法使ったの全部まぐれだったんだね!」
「ジェイコブの映像出してみろよ。ほら、早く」
彼が本気で攻撃の魔法を使ったら、未熟な魔道士四人が一般人のサラを護りながら戦うのは不利に思えた。クライドは適度なところで挑発をやめるべきだと思ったが、怒りで魔法の制御を忘れさせようという魂胆なら少し見守っておきたい。彼に冷静に呪文を唱えられたら、こちらにそれを防ぐ術は限られている。
「お前ら全員殺してやる!」
肩で息をしながら、ジャスパーは右手を上げた。何か魔法を使いそうな気配があったが、グレンが馬鹿にしたように笑いながらジャスパーにぴしゃりと言い放つ。
「おっさん何言ってんだ? 五対一で戦うとか、負け戦にもほどがあるだろ」
サラも数に含めているグレンは、彼女の肩に自分の魔法の手を載せていた。にやりとするグレン。痛みを堪えているノエルを心配そうに見ているサラは、ジャスパーのことを横目で睨んだ。ジャスパーはゆっくりと五人を順に目の無い顔で見て、苦々しげに表情をゆがめた。
「……クソ。俺たちの船だ」
舌打ちしながら両手を水平に広げ、ジャスパーは呪文を呟いた。クライドの右にある崩れ残った壁に、丁度プロジェクターのように四角い光が出現する。立っているアンソニーやグレンはいいだろうが、座っているノエルとサラには見えない位置かもしれない。
映像が徐々に鮮明になっていき、ジェイコブが一人で小型船を操縦しているのが見えた。操舵室の窓のところに、青銅製の小さな鐘がある。
「何あれ。オモチャかよ」
「無知なガキだな、縮小したんだ! この俺が!」
「どうだろうなあ。それも証明しろよ、ジェイコブの映像終わったら」
ジャスパーの肉に埋った首に、一筋の汗が伝うのを幻像からの光で確認する。グレンとアンソニーが目配せし、アンソニーがジャスパーに話しかける。
「ねえねえジャスパー、ジェイコブの頭の方もうちょっと寄って!」
「うるさいガキだ、お前の声は嫌いだ。耳がキンキンする」
ジャスパーはアンソニーの言う通りに、ジェイコブの頭のあたりをアップする。仏頂面のジェイコブがどんどん画面に拡大されていった。アンソニーはある地点でジェイコブを指差して、楽しそうに叫んだ。
「みつけた! 十円ハゲ!」
思わず吹き出す。ジャスパーは怒り狂うと思ったが、意外と食いついている。
「お。本当だ…… あいつ、二度と俺をハゲとは言わせないぞ」
ジャスパーはきっと普段からハゲと呼ばれているのだろう。年齢はジェイコブより若そうなのに気の毒だ。グレンは瓦礫に膝をついて笑い転げていた。アンソニーとグレンはこの魔法を引き伸ばすだけ引き伸ばし、ジャスパーに魔力を使わせようという魂胆らしい。クライドも加担することにする。
「なあ、首のとこアップにできないかジャスパー」
「ふん、くだらねえ。そんなことはしない」
すかさず、アンソニーがからかうような調子で被せ気味にアンソニーが笑った。
「え、できないの? 大したこと無いんだね」
「鐘ちっちゃくするぐらい、クライドだったら一秒もいらないしなあ」
この単純な男は煽られたら即座に反応することを、クライドだけでなくグレンもアンソニーも分かっていた。三人で目配せしあいながら待っていると、ジャスパーは舌打ちをしながら幻像に手をかざす。
「ああもううるさい! ほら、何が見える」
やけになったジャスパーは、クライドに従ってジェイコブの首の辺りを拡大した。彼の喉仏の近くにある、小さなほくろが徐々に近づいてくる。
「ジェイコブ、首のほくろから毛が生えてんだな」
しみじみ呟いてみる。アンソニーとグレンが笑い転げ、ジャスパーも軽く吹き出した。単純すぎて心配になる。この男は、本当に帝王の部下としてちゃんとやってこられたのだろうか。
「結構長い……」
「ほんとだやばい! しかも二本だよ!」
笑い転げていると、唐突に幻像が消えた。重たい音ともにジャスパーが仰向けに倒れ、大きく息を乱す。グレンはすかさずノエルとサラを立たせ、二人を連れて逃げ出した。アンソニーが倒れたジャスパーに向かって両手を突き出して、何か小さく言葉を発した。
「大丈夫、しばらく僕らを追いかけられないよ! 魔法の目、使えなくしちゃった」
「お前そんなことできるのか」
「頑張ればきっと、奪って僕が使うこともできそう。今はちょっとまだ、コツがわからないけど」
「さすが。行くぞ」
クライドはアンソニーを先に行かせると、最後に出口の前に瓦礫が積み上がる想像をしてからグレンたちを追った。