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第二十八話 晩餐

 さらっと居なくなっていたノエルが帰ってくる頃には、食卓に漁師料理がずらりと並んでいた。今朝の魚を使ったカルパッチョは彩りがよかったし、南方風のスープとこの時期美味しいといわれる(何せアンシェントでは空輸頼りだったためほとんど魚を食べなかったから、旬の魚の味は伝聞でしか知らない)アルタオラ・フィッシュの丸ごと一尾の姿焼きが湯気を立てている。厚切りのパンがカラフルな皿に人数分並び、サラダもこんもりとサラダボウルに乗っていた。

「ほらほら、四人とも座れ」

 スタンリーは定位置と思われる、分厚いクッションが敷かれた椅子にどっかり座ってクライドたちを手招いてくれた。エディの母は、四人のための食事をちゃんと用意してくれていた。アンソニーの話によると、クライドたちは今夜この家に泊めてもらえることになったらしい。

 珍しい来客に興奮しているのだろうか、エディははしゃぎすぎて何度もスタンリーに叱られていた。

 叱るといってもたしなめる程度だ。ハワードとルイスの喧嘩を止めたときのような大声で怒鳴ったりはしない。おそらく、エディがはしゃぐのを見越していたからだろう。

 少し大人しくなったエディだが、しばらくするとまたはしゃぎだす。揺れる黒髪と、快活に笑うその表情が可愛らしい。

「あ、忘れてた。さっきサラと一緒にいた理由だけど」

 クライドは、グレンにサラと会ったことを話した。

「へえ、道案内?」

「そう。だけど俺、腹減ってると思われたみたいで喫茶店行ってさあ」

「サラと二人でか?」

「ああ」

「デートじゃね、それ」

「よせよグレン、そもそも言葉が通じてないんだぞ」

 そんな話をしていると、ノエルは微笑をたたえたままクライドに声をかけてくる。

「僕のことを、廃墟で釣りをしているって言ったんだってね。一体どこからそんな発想がでてくるんだい?」

「知ってる単語とジェスチャーで『漁師の家にノエルがいる』って言ったはずなんだけど」

 ノエルはいよいよ楽しそうに声を上げて笑い始めた。鳶色のさらさらした髪が揺れる。クライドとサラのやりとりは、彼にとって相当面白かったらしい。ノエルはグラスの麦茶で喉を潤してから、肩をすくめた。

「どうりで色々おかしいわけだよ。サラは君がディアダ語でスイーツのことを『美味しい』って言うんだって教えたって言っていたから」

「微妙に意思の疎通が出来てなかったんだな俺ら。スプーンをレルべって言うのは合ってる?」

「レルべは右手のことだよ。スプーンはディッチェー」

「俺の方も間違ったウィフト語を覚えたってことが分かった」

 言いながらクライドも笑ってしまう。国際交流できたと思って楽しかったが、勉強しなおさなければ。その際、講師になるのは頼れるノエル先生だろう。

「でも、サラはかなり楽しそうだったよ。新しい友達が増えて嬉しいって言っていた」

「そっか、良かった。今度サラに、ちゃんとディアダ語教えられなくてごめんって言っといてよ」

 あのカフェでの会話について思い出し笑いをしつつ、クライドはエディの母に出してもらった麦茶を飲む。爽やかな喉越しだ。

 フォークを手に取り、料理に手をつけようとするとグレンと目が合った。どうやらグレンは、ついさっきの話の後からずっとクライドを眺めて話のタイミングを伺っていたようだ。

「どうした?」

「明日さ、商店街に付き合ってくれないか? 気になる人がいるんだ。おっさんたち探しがてら、行こうぜ」

 断るつもりなど毛頭無かった。クライドは快く頷き、グレンがほっとしたように笑った。しかし、気になる人とはいったい誰なのだろう。

「ノエルとトニーは? エディは学校かな」

 声をかけてみると、ノエルとアンソニーは同時に困ったような顔をした。それぞれに用事があるのだと、その表情だけでわかった。やがて、ノエルが先に口を開いた。

「ごめん、クライド。僕はサラの学校に同行する約束をしているんだ。外国人に適用される校則で、一日だけ通訳を同伴させて良い規則があって。問題は、今日が新学期の一番最初の日じゃないってことだけど、まあなんとかなるよ。彼らの魔力はまだ遠くへ行っていないから、サラが心配なんだ。昨日、顔を見られているし」

 それを聞いて、クライドはくすくす笑った。なんとも無茶な約束だ。十五歳で大学を卒業しているとなれば、教師の間でも有名になっているだろうから、通訳としての同行にはきっと問題ないだろう。

 確かにサラは何の魔力もない普通の女の子だから、ノエルが心配に思うのも分かる。さっきだって、あんな魔法を使う危険な男らが近くにいるから、サラを一人で帰さず送っていったのだろう。クライドはここに帰ってこられた安堵感でいっぱいで、そこまで気が回らなかった。

「僕も別行動でいいかな、クライド? エディの学校は創立記念日でお休みなんだよ。またあいつらがエディのところに来たら嫌だし、一日一緒にいたいんだ」

 申し訳なさそうな顔で、アンソニーが言う。彼の隣で、エディも済まなそうな顔をしていた。クライドは笑顔でうなずく。彼らの狙いはクライドだから、散っていたほうがサラやエディに被害を与えずに済むかもしれない。エディは一度誘拐されているし、アンソニーの心配もよくわかった。

 よく思い返してみれば、旅に出てからというものこうやって別行動をしたことがなかった。たまには別行動でもいいかもしれないが、少し寂しい気もする。

「そうか、二人とも頼んだぞ」

 名残惜しい気持ちを少し感じながらも、そういってクライドは微笑んだ。グレンも残念そうな顔をしている。

「うん、クライドとグレンもね」

 誰よりも早く食べ終わったノエルは、食器を重ねながら言った。エディの母はそれを手伝おうとしているが、ノエルは穏やかに笑みながら丁重に断っている。

「寝室は二階よ。エディの部屋の隣が空いているから、そこを使ってちょうだい。荷物はそこに運んであるわ」

「はい、解りました。ありがとうございます」

「クライド君は、礼儀正しくていい子ね。エディも貴方みたいに育って欲しいわ」

 ひらひらと手を振るエディの母は、楽しげだった。軽い会釈を返して、クライドは階段を登る。

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