第二十五話 呪いの傷
聞くところによると、この銭湯は創業百八十年の老舗らしい。古めかしいレンガの煙突や、まるで中世の城砦のような石畳の床は確かに時代を感じさせてくれる。漁師たちは、代々この銭湯でリフレッシュしてきたという。
銭湯が出来る前は自宅の風呂でどうにかしていたらしいが、どこの家も風呂は狭い。というわけで、銭湯という文化ができた。自宅の狭い風呂で身を清めなければならなかった昔の漁師たちは、今のこの大浴場をみたら涙を流して喜んだかもしれない。クライドはそう思って、何だか妙に感心した。歴史を紐解いてわかるように、需要はほとんど男性からだったので、この町では銭湯に女湯という概念はないのが常識だ。
「ほらよ。荷物はアベルが持ってきてくれた」
ジェシーが言って、ノエルにキャリーカートを渡した。勿論クライドたちの分の荷物もちゃんと持ってきてくれていたらしく、投げて寄越してくれる。ジェシーはアンソニーの荷物を投げようと思ったが、流石にこれは大きすぎるため、受けとる方のことも考えて投げるのはやめたようだ。
荷物を受け取ったクライドたちは、脱衣所へ向かった。この銭湯にはコインランドリーまで完備されているため、服は後で洗濯できる。コインランドリーも、漁師の要望でつけられたものだった。
この町は、漁師を中心に回っているのだ。漁師が支える町だから、彼らが暮らしやすくなければ困るのだろう。漁や漁師が消える時が、この町が滅びるときだ。
クライドは服を脱いで丸めると、脱衣所に用意された籠に入れておく。そして、大浴場に入っていった。
敷石の色使いはモノトーンの二色で、湯船はかなり広い。シャワー台は後になってから追加したようでそこだけモダンなデザインで、滝を模した打たせ湯のようなものもあった。先に風呂場に入っていたアンソニーが、その打たせ湯に楽しそうに全裸で駆け寄っていくのが見えて思わず笑う。クライドはまずは身体を洗いたくて、適当なシャワー台を確保した。
暫くして髪を洗い終え、クライドはさっぱりした表情で後ろを振り返った。打たせ湯を終えたアンソニーが、エディと並んで仲良くお湯に浸かっているのが見える。それを見た漁師たちが和んでいるのもわかった。彼らは泳ぎだしかねないと思ったが、漁師町のマナーをわきまえたエディが思いのほかちゃんとしていたようだ。
隣ではノエルがボディソープで念入りに身体を洗っていて、その向こうのグレンは洗髪中だった。グレンの割れた腹筋と凹凸のある腕はスポーツマンらしくしなやかで、十分な筋肉を感じさせる。クライドは自分の貧弱な手首に目を落として苦笑した。あばらも背骨も肩甲骨もはっきり浮き出ているノエル程ではないが、クライドも十分痩せている方だ。
身体を洗い終わったら浴槽に入ろう。そして芯まで温まり、昼食にするのだ。そう思って石鹸をつけたスポンジで身体を擦っていると、何か違和感を感じた。腕の辺りだ。
不思議に思ってみてみると、左手の肘から手首にかけて大きな傷が出来ていた。傷口に石鹸水が入って、凄く沁みる。どうして今まで気づかなかったのだろう。
「って……」
血行がよくなっていたのか、傷口からは血が出ていた。クライドの様子が変だという事に気づいたのか、ノエルは体の泡をシャワーで流しながらクライドの腕に注目した。そして首を捻る。ノエルも知っているはずだ、先ほどまでこんな傷など無かったことを。
傷口から滴った血は、クライドの身体についたシャワーの水滴のせいで薄まっている。赤みがかった桃色で透明度の高い液体が、傷口から滴り続けている。
ノエルはクライドの腕をとり、傷の具合を見てくれた。血は止まっていないが少量しか出ていないため、貧血の心配はなさそうだというのがノエルから聞いた『診断結果』だ。
「瓦礫で切ったのかな。あとで消毒してあげるから、あまりこすらないでね」
心配そうに、ノエルは言った。いつのまにか髪を洗い終わっていたグレンも、クライドの腕を覗き込んでいる。二人とも、とても真剣な顔をしていた。
「ありがとう、ノエル」
あまり二人に心配をかけてはいけないと思い、クライドは腕を引っ込めた。そして体をシャワーで流し、二人に背を向けて浴槽の方へ歩いていく。
心なしか、頭がふらふらする。そんなに出血しているわけでもないのに、一体何故なんだろう?
しばらく考え、浴槽に長い間浸かるのはやめた。血行がよくなると、傷口が開くかもしれないからだ。
そっと浴槽に足を踏み入れ、ゆっくりと浸かる。暖かい湯のせいで、頭がぼうっとしてきた。やはり貧血だろうか。それとも、立ちくらみのようなものなのだろうか。もしかすると、シャワーだけでのぼせていたのかもしれない。
このままだと倒れるだろうと自覚したクライドは、早めに浴槽を出た。脱衣所で手早く服を着替え、荷物を抱えてコインランドリーの方へ向かおうとする。
すると、激しい眩暈に襲われた。目の前の景色がくらみ、頭が痛くなる。誰かが自分の名を呼んでいるのだが、それが誰かわからない。ここで、意識が途切れた。
意識を取り戻すと、涼しい風を感じた。そっと身を起こすと、大きな窓のある部屋に寝かされていた。布団も枕も洗いたてなのか、太陽の匂いがした。ここは、ベランダがある部屋のようだ。海の匂いがはっきり届くので、浜辺に近いどこかだろう。
起き上がると、酷い眩暈を感じた。静かに頭を枕にあずけ、両手で顔を覆う。
貧血になるようなことをした覚えはない。腕にあんな奇妙な傷を作った覚えもない。自分に何が起こったのか全く解らない上に、見当もつかない。確かにいえることは、あの不味すぎる薬をまた飲まなければいけないということだ。
そっと辺りを見回すと、部屋の隅に自分のバッグが置いてあった。近くに他の荷物もある。ということは、仲間たちは皆この家にいるということだ。少し安心した。
バッグを引き寄せて、中身を探る。着替えやら地図やらをどけると、大きさの違う透明な瓶が何本か出てきた。そのうちの手頃な一本をとり、バッグのファスナーを閉める。ファスナーを閉めた後は、バッグを元通りに部屋の隅に置いておいた。
手の中の透明な瓶を見る。薄い蒼の液体が、とても美しい。この蒼を見ていると、初めてこの薬を飲んだときの苦さがよみがえってくる。クライドはとても嫌な気分になった。喉に纏わりついて離れない苦さが思い出されて、再びこの薬を飲むことをためらわずにはいられなくなる。
しかし、飲まなければこの体調不良は直らない。仕方なしに、瓶のコルク栓を抜いた。ゆっくり、ゆっくり、瓶を口に近づける。
ごくり。一口嚥下する。とたんに襲ってくる、激しい苦味。吐き出したくなるのを懸命にこらえ、クライドはもう一口飲んだ。そこまでで、限界だった。瓶に一旦栓をして、手から離す。
「っ、ゲホッ、ゲホッ!」
初めてこれを飲んだときのように、クライドはむせた。むせすぎて涙が出てくる。しかし、飲まずにいるわけにもいかない。
瓶にした栓を抜いて、中身を口に含んだ。とたんに苦味が襲ってくるが、再び飲み下す。口どころか喉にまで広がる苦さを感じながら、クライドは服の袖で涙をぬぐった。そして、むせる。ただひたすらむせる。喉が痛くなってもむせた。
喉で苦味と痛みが交じり合って、感覚が変になってくる。水が、水がほしい。暫く薬と格闘して、クライドはようやく瓶の中身を飲み終えた。もはや声さえ出せないぐらい、喉が痛んでいた。水も飲まずに咽たせいだ。
どうしたら喉が治るか考えていると、体中を襲うだるさと頭をふらつかせる眩暈が引いていくのを感じた。やはり、効果は絶大のようだ。
空の瓶をバッグに戻し、クライドは自分が寝かされていた布団を丁寧にたたむ。そのとき、自分の左腕を見て叫び声を上げそうになった。いつのまにか傷口が開いていたのか、白い服の左の袖が禍々しい赤に染まっていた。かなりの出血だ。はやく止血をしないと不味い。
見ると、布団に血の染みがついてしまっていた。想像の力でそれを消すと、クライドは歩く。そして、勢いよく扉を開いた。
部屋には漁師たちが集まっていた。その中に、グレンやエディたちもいる。彼らは食卓を囲んで、それぞれ楽しそうに談笑している。
クライドが寝ていた部屋のドアが開いた音に気づいたのか、ノエルが最初に顔をあげた。そして、一瞬で表情を変える。
「ひどい出血じゃないか。動かないで」
今もなお流れ続ける血は、どんどん服の袖にしみこんでいる。袖では吸いきれなくなった血が、手首を伝って指先に流れ落ちている。ぽたりぽたりと点滴でも落とすように、クライドの指先を伝った血が落ちた。漁師たちは息を呑んで絶句したし、エディは悲鳴を上げてアンソニーにしがみついている。勿論、しがみつかれているアンソニーも蒼白な顔で怯えるようにクライドを見ていた。
ノエルはクライドに歩み寄ると、血を吸って真っ赤に染まった左の袖を捲り上げた。傷口からまだ血が滲み出ている。隣の部屋から荷物をキャリーカートごと持ってくると、ノエルはその中身をいろいろと探った。そして目当てのものを出すと、クライドに声をかけた。
「これに座って」
キャリーカートの上にクライドを座らせ、ノエルはクライドの左腕の応急処置を始める。三角巾を使って上腕の辺りをきつく縛り、傷口を拭く。見た目以上に傷は深いらしい。なかなか血が止まらないのだ。
ノエルはクライドの傷口に傷薬を塗って、ガーゼをあてた。それを包帯できつめにまいて固定し、処置を終える。指先に血が通わなくなり、動かすことが困難だが仕方ない。
「こんなに深い傷、どこでつけてきたんだい?」
そういいながら、ノエルはキャリーカートを片付ける。そうしてクライドの腕を見ながら、なにやら考え込んだ挙句にため息をついた。
「僕にはお手上げだ。僕の医者としての腕がどうこうっていう以前に、これは医者が治せる傷じゃない。明らかに、さっきより開いてる」
彼にしては珍しい諦めの交じった言動だったので、クライドは首をひねってノエルに疑問視を送る。それから少し間をあけて、ノエルよりも遅れたがクライドもノエルが思っていることに思い至った。この傷の深さについてだ。銭湯で見たときよりも、明らかに深くなっている。ぞっとした。
「どうしよう。これ、本当に覚えがないんだけど」
隣の部屋に向かったノエルの背中に、クライドは声をかけた。これだけ大きな怪我をしていたら、少しは痛みがあっていいはずだ。なのに、なぜか痛みは消えていた。風呂場では石鹸水がしみたのを感じたが、ノエルが消毒液を塗ったときには何も感じなかった。
「それ、左の腕、大きい、傷?」
意味が途切れ途切れの片言で、アベルが言った。振り返ると、アベルは日に焼けた顔に真面目な表情を浮かべてクライドを見ていた。
多分、彼はこれが左手の大きな傷なのか聞きたいのだろう。うなずいて、包帯の巻いてある範囲の長さを見せる。これは大きい傷だろう。
「じゃあ、きっと、魔法」
つっかえながら、アベルが言った。ノエルが通訳しようかと申し出るが、それを断っている。どうしても自分の言葉で伝えたいようだ。
「俺も、友達が、かかったこと、ある。ずっとまえ」
真摯な顔でアベルがいう。クライドは驚き、自分の手とアベルの顔とを交互に見つめた。
「え?」
驚いて声を上げると、アベルはクライドに歩み寄った。そして、クライドの左腕をつかむ。全く痛みを感じない。そのことを、アベルも知っているようだった。
「でも、ウォルが、治す、治してもらった」
片言でつっかえながら、アベルはしゃべった。いつのまにか、そこにいる全員がクライドとアベルに注目していた。少し居心地が悪くなる。
「ウォルって? 友達の名前?」
クライドは問う。すると、アベルよりも先にジェシーが長い前髪をかき上げながら答えた。
「いいや違う。ウォルってのは、ウルフガング=フローリーだ」
ジェシーは、なぜか『ウルフガング=フローリー』というときに嫌そうな顔をした。その、ウルフガングという人物は嫌われ者なのだろうか。多額の医療費を請求する意地悪な医者か、かなり癖のある人物なのかもしれない。
「じゃあ、アベルの友達は?」
なぜか、そっちを知りたくなった。アベルの友達と自分との共通点を見出そうと思ったのだろうか? 自分でもよく判らない。ただ、聞かなければいけないと強く思った。スタンリーが口を開く。
「お前にそっくりの、金髪に銀の目をした旅人だった。なぜかアベルの言葉がわかるやつだった。エディが生まれるちょっと前だったか、そいつはこの町で船を求めてた」
胸騒ぎがした。緊張し、喉が渇く。答えを聞くのが怖い。しかし、知りたい。知らなければならない。
もしかすると、いや絶対に、それは自分の捜し求めている人物に違いない。スタンリーの顔を見る。すると彼は、旅人の面影を捜すかのようにクライドを見ていた。
「そいつの名前は、ハーヴェイ=カルヴァート」
一瞬、何もかもが無音に思えた。スタンリーの放った言葉の余韻が胸に着地した頃、急激に心臓が脈打ちだした。
涙が出そうだ。
父だ、それはまぎれもなくクライドの行方不明の父だ。父の手がかりが一つみつかった。きっと彼はこの海を越え、どこかに旅立っていったのだ。そしてこの傷についてわかったことがある。共通することはひとつ。エルフの血が流れているということだ。
「それって」
グレンとノエルはもう気づいているようで、クライドを見た。クライドはうなずく。アンソニーも、うすうす感づいているようだ。グレンを含むこの場の全員に向かって、クライドは言う。
「行方不明の俺の父さんだ。小さいころに旅に出たきり、もどってきてないけど。父さんは、エルフだ」
エルフ、という単語に漁師たちが色めき立つ。そんな想像上の生物なんて、いるわけがないと思っているのだろう。
エディだけは嬉々とした表情でいた。クライドが半分エルフの血を引いていても、さして驚かない。いや、エルフの父親という言葉の意味を理解していないだけかもしれないが。
「まさかお前もエルフなのか?」
驚いたような口調で、ハワードが言う。当然ながら、漁師たちにとって伝説上の生物は珍しいようだ。そう、異種だから。
物珍しげな目で見られ、クライドは少し俯いた。珍しいからといってじろじろ見られるのは嫌だ。好奇心が沸いてくるのは当然だと思うが、だからといってこれではまるで珍獣扱いだ。
「当然だろう、父親がエルフだというならな」
ハワードとは対照的に、冷めた口調でルイスがつぶやく。この言葉で馬鹿にされたと感じたのか、ハワードはルイスに掴みかかった。
それを引き剥がそうと必死になるジャックを見て、面倒くさそうにジェシーが動く。彼はルイスを押さえ込んだようだ。スタンリーが舌打ちをし、頭をかいた。
何だか、無性に腹が立ってきた。クライドは喧嘩をしあう漁師をにらみ、叫ぶ。
「やめろ!」
いがみ合う二人は、急に静かになった。そしてなぜか、両手を差し伸べあって握手までした。これには、怒りで興奮したクライド以外の全員が驚愕しているようだった。握手をしている本人たちでさえ、驚いているのだ。
何かに気づいた様子で、ノエルがはっとこちらを振り向いた。すぐさま驚いたような目つきでクライドを見ると、ノエルは言った。
「クライド、何も考えないで。一切何も」
そしてノエルは、グレンに目配せする。グレンはうなずき、クライドに歩み寄ってくる。二人から目をそらし、クライドは床に投げ出した自分のつま先を見つめる。
しょっちゅうこんな無益な喧嘩をするなんて、ルイスもハワードも大人気ない。人をじろじろ眺めて嫌な気分にさせたハワードもハワードだが、挑発するルイスだってもちろん悪い。それこそ二人はノエルの言葉を借りるなら、同じ次元に貶めあっているだけだ。
クライドは、ノエルに言われた言葉の意味を考える。ルイスたちの握手が魔法のせいだというのだろうか? それはないとクライドは思った。血の上った頭では、何かを冷静に考えたり想像したりすることが困難になる。
ノエルからの言葉の意味を、グレンなら知っているだろうか?
「なあ、グレ」
言いかけたとき、クライドの目蓋の上に指が触れた。グレンの魔法の手だ。驚いて身の動きを止めると、グレンはクライドの目をそっと閉じた。そして、クライドの肩をぽんぽんと叩いて柔らかい声で言った。
「袖に染み込んだ血、想像で消してくれ。お前のその血が、強すぎる魔力が、大暴走してる。このままじゃまずいだろう?」
やっと合点がいった。想像もしなかったことを実現させてしまったのは、この血のせいなのだ。
血は、持ち主から離れると制御が難しくなるようだ。もっとシェリーにエルフの血について聞いておくべきだったと反省する。クライドはため息をついて、無意識に固く握りこんでいた手を開いた。
そのまま身体の力を抜いて、血で染まった左手の袖を綺麗な白に戻してみる。体内に血が戻る想像をしたのだが、少し気分が悪くなったのはどうしてだろう。
「クライドのお父さんにこの魔法をかけた人、誰か知ってるかい?」
いつも使っているディアダ語でノエルが言った。聞き取りにくかったのか、アベルは首をかしげる。ノエルは今言った内容をアベルの国の言葉に訳して、伝えてやっている。少しだけ考え込んだが、アベルは頷いた。
「高い、背が、男だった。俺がまだ見たとき、若かった。でもきっと、わかる」
慣れない言葉を選びながら、アベルが訥々という。悩むときの癖なのか、アベルは時々苦しげな表情をする。そのたび、ノエルが助け舟をだしてやった。
「名前は、ジェイコブ。闇の、魔法使い…… 男。とても怖い」
驚きに目を見開くアンソニー。その隣で、エディも真っ青な顔をしていた。エディは多分、監禁されているときに彼の名前を聞いたのだろう。二人の様子に気づいて、漁師たちは怪訝な顔をした。
「ウォル、だった、ら、なら、絶対、助けてくれる」
つっかえながら、アベルが続けた。ハワードが苛苛したように拳を握り締め、アベルを見ていた。確かに、見ている方はとても歯がゆい。ジャックやジェシー、ルイスはとても熱心に聴いていた。ときどき、ノエルの代わりに助け舟をだしてやったりもしていた。
「ウォル、俺の、ともだち。言葉、通じる」
笑顔で言うと、アベルはスタンリーを見た。スタンリーは頷いたが、しばらく神妙な顔をする。何か裏がありそうだ。やはり、高額な医療費をふんだくる悪い医者だったりするのだろうか?
「ウォル、だけど、友達。姿。じゃない、味方、敵。怖くない」
「は?」
グレンがそう聞き返した。どちらかというと、グレンもつっかえながら喋るアベルに軽く苛立ちを感じている側だろうとクライドは最初から思っていた。
けれど確かに、言っていることが支離滅裂なのだ。気づけば、皆そろって不可解そうな顔をしていた。それに気づいたアベルが、困ったように頭をかきながらノエルに自国の言葉で何か告げた。
通訳がいてくれて本当によかった。救いを求めてノエルを見ると、ノエルは目を丸くしながらアベルを見つめていた。
「本当かい? それって」
答える代わりに、大きくうなずくアベル。そして唐突に立ち上がってクライドの手を引いた。驚いたクライドは、成されるがままアベルに立ち上がらされる。
「行こう。ウォル、治しに」
漁師たちが反対するのを聞かず、アベルはどんどん歩いていった。少しして、グレンたちが追ってくる。こうしてクライドは、怪しげな医者らしき者のところに行かれることとなった。




