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第二十四話 エディは無事か

 そこは窓の無い小さな部屋だった。もとは四方を壁に囲まれた隠し部屋だったようだが、今はもう隠す壁が朽ちて崩れているので普通の部屋になっている。この部屋の真ん中にぽつんと置かれた小さな椅子に、エディが腰掛けていた。服と同系色の青いロープで、腰周りは椅子にしっかり結び付けられている。

 椅子はこの部屋の備品らしく、古びて虫食いだらけの色褪せたクッションがしいてある。この椅子にエディより重い人が座ったら、きっと壊れてしまうだろう。たぶん、自分が座っても壊れるとクライドは思う。

 エディは、両手をその壊れかけた椅子へと後ろ手に縛り付けられていた。口には猿轡を噛まされている。それでも、そんな姿でも、クライドたちを見つけてエディは笑った。

 息がつまったように苦しくなり、クライドは思わず胸に手をやった。自分たちがエディを見失ったばかりに、こんな姿にさせることになったのだ。怖い思いをさせてしまったことを申し訳なく思い、静かに床板の上を動く。早く解いてやりたい。

 アンソニーは床が抜けるのも気にしていない様子で、すぐに駆け寄っていた。泣きそうな横顔がちらりと見えた。幸い床を抜かずに済んだアンソニーは、すぐにエディの手首に結ばれた縄を解きにかかる。クライドは慎重に床が抜けないように注意しながら、エディの所を目指す。

 よほどきつく結ばれていたらしい。結ばれていた手首は紫色に腫れていて、その先にある小さな手指からは血色が失せていた。痛々しい光景だ。エディの手首を見て、クライドはさらに胸が苦しくなった。

 アンソニーが性急にエディの猿轡をとり、手を引っ張って立たせた。やっと自由になったエディはクライドたちを見て大喜びし、何度も礼を口にする。

「クライド、アンソニー! ありがとう、本当にあり」

 何度目かに叫んだ言葉だった。言葉が途中で切れたのに気づいて、クライドは振り返る。すると、エディの脚を誰かが掴んでいた。

 青白い手だ。

 アンソニーが悲鳴をあげて何歩か後退り、尻餅をついた。クライドは、今の衝撃で床が抜けなかったことに安堵を覚える。身長もまだ百五十センチ台のアンソニーが、軽かったことが幸いしたらしい。

 エディは突然のことで驚いたのか、目を見開いてクライドを見つめるばかりだ。声にならない声が彼の薄い唇をふるわせる。

 だが、クライドはとても冷静だった。なぜならば、手が出ているのが穴の傍だったからだ。きっとこれはジェイコブの手だ。ジャスパーの手はもっと太いし不恰好だと思う。

 咄嗟にクライドは、エディの細い手首をしっかり握り締めた。それと同時に、穴の中から伸ばされた手にも力が篭る。クライドはアンソニーにも目配せし、二人でエディを引っ張る。腕だけを引っ張ったら脱臼してしまいそうなので、一歩踏み出してエディの細い胴体をしっかり抱える。

「た、助けて。助けてっ、おばけ、うわあ」

 恐怖で声が震えるのか、エディは涙ぐんだ目でアンソニーとクライドを見てしきりに訴えていた。クライドは彼を励まし、穴から突き出た手を蹴りつけようとしたが、床板がみしりと不穏な音を立てたので慌てて安全そうな場所を探してそこに留まる。

 暫くの間、激しい引っ張り合いが続いた。しかし、それは唐突に終わりを告げた。いきなりエディの脚を引っ張る力が抜け、クライドたちはエディごと放り出されたのだ。

 埃だらけの床に投げ出されて、クライドは咽た。床のあまり痛んでいないところに着地したので、アンソニーに比べたらひょろ長いクライドも床板を突き破って下に落ちずにすんだ。

 エディは引っ張られていた手足を気にして、あざになった患部をしきりに撫でたり摩ったりしている。

 クライドは咽ながらも、周りの様子を観察する事も忘れていなかった。一体誰がどうやって、ジャスパーたちの手を離させたのだろう?

「あ」

 そうか、援軍だ。グレンとノエルが、すぐ後ろに立っている。二人とも、とてもいい笑顔だ。笑顔を返してやると、グレンは手を取って起こしてくれた。彼が使ったのは、見えない手だ。

 アンソニーとエディも立ち上がって、服から埃をはたき落とす。だが、後ろから物音が聞こえたので、全員が動きを止め、揃って振り返る。予想通りの展開だ。怒りを隠しもしない男二人組が、クライドたち五人を順に睨みつける。方法は不明だが、おそらく魔法で這い上がってきたらしい。

「おい貴様ら、そのままただで逃げられると思うなよ? 鐘は俺らの手元にある」

 ジャスパーが言った。今日は包帯をつけていないようだ。ここに来る途中に捨ててあった包帯は、彼のものらしい。包帯を取った目はしっかり開いていたが、眼球は焼け爛れていて最早腐るのを待つのみとなっている。目の周りの肉も焼け、所々が炭化していた。アンソニーが手で口を押さえて、眉間に皺を寄せた。

 クライドは想像の魔法を使って彼らに何かしようとしたが、今にも抜けそうな床を見て自粛した。こんなところで炎を使ったら火事になるし、竜巻なんて起こせない。だからといって雷を落として気絶させるわけにもいかない。倒れた後暴れられたら終わりだ。それに、暴れなくてもジャスパーのあの太った身体の重みが降ってきたらこの脆い床は抜けてしまうだろう。

 躊躇していると、ノエルが骨ばった手をそっとクライドの肩に置いた。

「僕の魔法はこういうときにこそ役立つんだよ、クライド」

 クライドの心配を見透かしたのか、ノエルは微笑んでくれた。その微笑を見て、ジェイコブが冷たい目を彼に向ける。完全に、ノエルを馬鹿にしたような視線だ。

「小賢しい、何が魔法だ、この間見たときには魔力の欠片も感じられなかったぞ? おチビくんよ」

 そう言ってジェイコブは、大胆にもノエルを挑発した。しかし、こんな幼稚な挑発にノエルが反応するはずが無かった。

 全く反応を見せずに、ノエルはジェイコブと目を合わせた。そして不敵に笑い、急に人差し指を立てた。狐につままれたような顔をして、ジェイコブが瞬きする。

「現状にあぐらをかいて洞察を怠るから失敗するんだ。愚者の思考だよ」

 教師が生徒に何かを教える時のように、ノエルは言った。立てた人差し指を、ちらちらと振ったりもしている。ノエルの挑発なんて初めて見た。

 この仕草は目の使えないジャスパーには見えていないが、ノエルと目を合わせていたジェイコブには勿論見えている。ジェイコブの青白かった顔が、怒りにより真っ赤に変わった。

「このっ……」

「魔力の感受性が歳とともに鈍っているのかい? もっと目を向けてごらんよ、僕にも」

 自分よりも三回り以上年下だと思われる少年に挑発し返されたことが癪に障ったのだろう。ジェイコブが腕を振り上げ、ノエルを殴ろうとした。

 グレンが見えない手を使って彼を助けようとし、エディとアンソニーが声を上げた、そのときだった。

「ほらね」

 にやり。初めて見るような意地の悪い笑みを見せた。この笑みは勿論、優美とか可愛いとか、そういう類の笑みではない。背筋がぞくっとした。そして。

「うわああああああ!」

 ジェイコブが、大声を上げて消えた。

「え?」

 グレンが抜けた声を上げた。

 正確に言うと、ジェイコブは消えたというより引きずり込まれたという方が正しい。いつの間にか床下にぽっかり開いていたジャストサイズの穴に、引きずり込まれるようにして吸い込まれたのだ。ジェイコブに注目していて気づかなかったが、少し離れたところにいたはずのジャスパーも同様にいなくなっている。

 呆気にとられるエディと、歓声を上げるアンソニー。グレンはノエルの背中を軽く叩き、疲れていないかどうか訊いた。クライドも彼に歩み寄る。

「かっこよかった! すごい、ノエル!」

「まだ終わっていないよ、千載一遇のチャンスだ。この下で瓦礫と共に転がっている泥棒たちから、鐘を奪い返さなきゃ」

「エディを頼んだ、トニー。二人で外に出ていろ」

 グレンがそう言うと、抜けそうな床をおっかなびっくり歩いて階段の方へ向う。クライドは自分の踏んだ床が抜けない想像をしながら階段までたどり着く。アンソニーとエディを誘導して階段を降り、二人を送り出してさっきの部屋の真下へ向う。

「おい、泥棒ども。鐘を出せ」

 グレンがそう言いながら部屋に突入した。所々抜けた天井から光が差して、薄暗い中でも相手の位置が確認できる。瓦礫に座り込んでいたジャスパーが、贅肉まみれの巨体をゆっくりと引き上げて起き上がる。

「はいどうぞって渡すかよバーカ!」

「ジャスパー、相手していろ。俺はこれを帝王に届ける」

 これ、といった時にジェイコブはポケットを叩いた。鐘はそんなところには入らないだろう。魔法で船などに転送しておいてあるに違いない。ならばきっと叩いたポケットには鍵か何かがあるのだ。

 彼のポケットから手がかりが出てくれば、クライドの旅は終わる。思わず駆け出すと、ジェイコブがクライドに向かって手をかざした。

 一拍置いて、クライドは真空の壁のようなものにぶつかって弾き飛ばされる。肩から派手に瓦礫に突っ込み、クライドはひとしきりむせる。予想外の壁のせいで唇を切った。生暖かい液体が唇を伝って口の周りに広がるのを、クライドは想像で止める。

「おい、ジェイク。船は? 俺とイノセントは?」

「自力で何とかしろ。何のためのチーム制だ」

「お前いつもそうだな! 自分ばっかりいい思いしようとしやがって! 馬鹿野郎」

 口論が聞こえる。起き上がるとジェイコブは、既に体を出口方向に向けていた。ノエルがそれをすかさず止めようとし、ジェイコブの方へ手をかざす。

「させないよ」

 ノエルは何らかの化学反応を加えてジェイコブを足止めさせたらしく、ジェイコブは足をもつれさせて転んだ。だが、ジャスパーが両手を開いてこちらに走ってくるのでそれ以上の攻撃は加えられなかった。ノエルを狙ったジャスパーの魔法攻撃を、グレンが止める。

 暗く埃っぽい廃墟での乱闘は、足場が不安定で誤って味方を攻撃しそうになる。クライドは攻撃を諦め、ジェイコブがドアを開けられない想像をした。だが、ジェイコブはドアが開かないとわかると壁を蹴破って外に出てしまった。脆い扉は簡単に突破される。

 グレンがジェイコブを追って走るが、ジャスパーの体当たりで瓦礫に叩きつけられた。あの巨体をまともに食らってグレンは少し起き上がるのに時間を要し、クライドの目の前でノエルが倒れたのでクライドもジェイコブを追えなくなった。ノエルは浅く息をしながら、顔をしかめている。魔力を使いすぎたらしい。

 ジェイコブは去り際、クライドを振り返って何か呟いてから明るい真昼の外へと走り去っていく。聞き取れなかったその言葉は、捨て台詞だったのだろうか。胃が捩れる様な不快感がこみ上げた。

「おうおう。大人は仕事で大変なんだ、ガキどもは帰ってねんねしてな」

 目の無いジャスパーはゆらりと立ち上がり、それでも魔力でクライドたちを感知しているのか正確にこちらを向いた。起き上がったグレンがその巨体へと体当たりを仕掛け、そのおかげで魔法の攻撃が防がれる。クライドとノエルのいる所からほんの一メートル離れた場所を、青い炎が火炎放射器のように舐めた。

「見た目冴えないくせに、やるなおっさん。来いよ、俺が相手だ」

「馬鹿言え、お前はイノセントの獲物だ。ちょこっと遊ぶぐらいでもあいつに刺されちまう」

「グレン、こっちだ。ノエルを頼む」

 グレンは素直にクライドに従ってこちらに走ってくる。瓦礫の上を身軽に跳ぶようにして走ってきたグレンが隣にきたのを見計らい、目の前で建物を崩す想像をする。ジャスパーと自分たちの前に天井が降って来た。ぐったりしたノエルを背中に乗せたグレンと目配せし、走って建物を出た。

 廃墟が崩れるのを見たアンソニーとエディは、叫びながら遠くまで走っていく。クライドはグレンが背負うノエルの背中に手を当てて、グレンと同じペースで走りながら少し目を閉じる。自分の中にあるエルフの血を、他者に分け与えてみたらどうなるだろうと思ってのことだ。人間の魔力の形でノエルに渡るように想像する。背後で廃墟が崩れる音を聞きながら数秒そうしていると、グレンの首筋越しにノエルが目を開ける。

「ごめん…… もう少し強い足止めができていれば」

開口一番、彼は目を伏せて謝った。クライドは首を横に振り、グレンは唇を噛んだ。

「あと少しだったのにな、ったく」

 悔しさを隠さない素直な反応はどこまでもグレンらしかった。クライドももう少し何かできたのではないかと後悔しているが、ここで沈んでも仕方無い。無理にでも明るく振る舞う方がいいと思って、真っ直ぐに顔を上げる。

「大丈夫、俺たち魔道士だろ。集中すればちゃんと魔力を追える」

 きっとクライドと同じ後悔で後ろめたさを感じているであろうノエルは、まだ少し引きずっているようだったが頷いた。

「……そうだね。まだ遠くには行っていない」

 廃墟からそこそこの距離をとったので足を止める。ずいぶん先にいたアンソニーとエディは先にすっかり足を止めていたようだが、ここでやっとアンソニーがノエルの異変に気付いた。

「ノエル! 大丈夫?」

「もう動けるよ。帰ろうか」

「何があったの?」

 エディのその質問には、グレンが答えてくれた。魔力という言葉を出したとたん、エディは表情を変える。友人が魔道士であるということに驚きを覚えたのだろう。どこか恍惚とした表情で、エディはグレンの話に聞きほれる。

「鐘を持ってるのはジェイコブだ。あいつは逃げちまった」

「また来るかなぁ?」

 誘拐されたときの恐怖感から、エディは顔を曇らせた。クライドは彼を安心させようと、さらさらの黒髪を手櫛でくしゃくしゃにしてやった。

「いや、仲間と別行動で先に鐘を届けることにしたらしい。すぐに足止めしなきゃ。まだ近い」

「すごい、クライド! おじさんのいるところわかるんだ!」

 そんな会話をしながら街に戻ってみると、そこは負の感情で溢れていた。先ほどまで元気に客を呼び込んでいた店もシャッターを固く閉じているし、漁師たちは船に戻って俯いている。町で一番存在感のある漁師の一人息子が攫われたとあっては、町の人たちも祭りなどしている場合ではないのだろう。

 クライドたちの存在に気づいたのだろうか? 船の窓から見えるスタンリーが、顔を上げたのが見えた。その顔が、みるみる笑顔になっていく。エディの姿を見つけたのだ。

「エディ! 無事だったのか、エディ!」

 船中に響く声で、スタンリーは叫んだ。彼は船から飛び降り、驚異的なスピードで走ってくる。そして、大きな腕でエディをしっかりと抱きしめた。この騒ぎで、静まり返っていた街に少しずつ活気が戻ってきたようだ。

「このドラ息子め! 心配掛けやがって……」

 そう言うスタンリーの声は、怒ってなどいなかった。怒りよりも、むしろ愛情が感じられる声だ。

「ごめんね、パパ。でも、誘拐犯はクライドたちがやっつけてくれたよ! 穴に落っことしちゃったんだから!」

 とても嬉しそうに笑いながら、エディは言った。スタンリーはわが子から腕を離し、クライド達に向き直る。いつの間にか集まってきていた観衆たちが、じっとクライドたちを注視した。何だか恥ずかしくなり、クライドはなるべく周りを見ないためにスタンリーだけに目を向ける。

「ありがとう、皆。俺の息子が無事に戻ってきた、こんなに嬉しいことはない」

「友達が困ってたら助けなきゃ。ね!」

 アンソニーがにっこり笑い、エディがそれに同調して笑う。

「お前らに礼をしなければならんな。はて、なにをしようか」

「パパ、お風呂だよ!」

 埃にまみれた身体を、はやく綺麗にしたいのは皆同じだった。スタンリーは頷く。

「よし! いくぞエディ!」

 満面の笑みを浮かべると、スタンリーはエディの手を引いた。そして、クライドたちを目線で招く。クライドは仲間たちを振り返り、笑顔を浮かべてそれぞれを手招く。何だか清々しい気分である。

 スタンリーを見た漁師たちも、風呂に入る事にしたらしい。皆口々にクライドたちのことを讃えながら、街に唯一ある銭湯を目指す。

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