第二十二話 悲劇
街を行き交う人々は、幸福感に満ちている。朝市で新鮮な魚が出ているし、この豊漁祭にあわせて早く開店した店にも活気がある。一行は漁具に使うガラス製の浮き球をアレンジした小物屋を見たり、大道芸人のパントマイムで笑ったりしながら出店を巡る。沿岸部の出店を何種類か眺めていれば、店と店の間に観光船の看板を見つけてアンソニーが喜んだ。アンシェントタウンに船などなかった。海が無いのだから当然だ。
「あ、ねえクライド! こっちに来て!」
エディが何処かに突っ走ってゆく。クライドは言われたとおり、グレンとアンソニーと一緒に彼を追おうとした。しかし、視界の端に見覚えのある人物が目に入ったので反射的に足を止めてしまう。
ノエルだ。少し先に停まった大型の貨物船に背を預け、いつも通りの微笑みを浮かべている。彼自体は別に不思議でもなんともないが、問題は彼と一緒にいる人物にあった。どう見てもその人は、スカートを履いた女の子だった。あの堅物のノエルが、女の子と一緒にいる。アンシェントタウンではありえない光景だ。
亜麻色の髪をした少女は、学校の制服を着ていた。この国ではあまり多く見られない、セーラー服だ。紺色の衿に一本の白いラインが走り、胸には赤のふんわりしたスカーフが結ばれている。ノエルよりもわずかに低い程度の身長で、遠目に見てもスカートから覗く足が白くて細いことがわかる。彼女はノエルを見上げて、楽しそうに手振りで何か伝えている。
一方のノエルも、まんざらでもない様子だ。彼は彼女に微笑みかけて、その制服の襟元を直してやったりしている。少女はくすぐったそうに笑っていた。かなり仲がよさそうで、クライドは驚く。
その光景に釘付けになっていると、一瞬遅れてグレンがクライドの視線の先に気がついた。にやけながらヒュゥ、と口笛を吹くグレンは早速ノエルをからかいたそうにしている。アンソニーだけが何も気づかず、どうしてクライドたちが立ち止まっているのか解らないでいるようだった。
「……ノエル、彼女いるなんて聞いてないぞ」
落胆しきった気分で呟く。何だか、置いていかれた気分である。グレンはシェリーといい関係になったし、今度はノエルが見知らぬ少女と甘い雰囲気を漂わせている。
これで残ったのはクライドとアンソニーだけだ。十六歳という観点からいけば、彼女が居ないのはクライドだけという事になる。こうしている今も、学校のクラスで友達とはしゃぎあっているであろうヴァレリーを想う。ちょっといいなと思い始めた時点で、告白しておくべきだったかもしれない。
「あいつも隅に置けないな。痩せすぎの体型はともかく顔は整ってるし、頭いいから本当はモテるだろ」
グレンはにやりと笑った。あとでたっぷりとからかうつもりなのは言葉にしなくても伝わってきた。
クライドが打ちのめされて俯き、それを見たグレンが苦笑いしたとき、ようやくアンソニーが異変に気づいた。
「ああ! サラじゃん!」
「何だって?」
クライドは耳を疑った。同じく、グレンも不可解そうな顔をしている。クライドとグレンが知らない彼女を、アンソニーは知っているらしい。ノエルと一緒にいた時間は、この三人の中ならクライドが一番長いはずなのに。
「ノエルの友達だよ。ノエルから聞いたことない?」
初耳だ。ノエルに自分たち以外の友達がいたなんて。それも、女の子。きっとノエルの事だから、自分と同じぐらい頭のいい学生を友達にしているのだろう。
前に彼が言っていた。友達を持つなんて成績低下の第一歩だから、自分に友達はいなくていいのだと。だが、友人が同じような優等生ならきっと話は別なのだ。
「そんな話聞いた事ないぞ、トニー」
グレンも彼からあの少女の事を紹介してもらっていないようだ。何故、アンソニーにだけ彼女を紹介したのだろう? たまたまタイミングが悪かったのだろうか。それとも、教えたくなかったのだろうか。いや、ノエルに限って特定の人物にだけ教えるという事はないだろう。
「サラって、ディアダ語が解らないんだ。ノエル、外国語でメールと手紙してるんだよ。すごいよね。たまに電話もするんだけど、サラの兄弟に怒られちゃうから最近はお互いの誕生日だけなんだって。それ以外にノエルが電話したのは、大学を卒業したとかそういう大きい行事があった時だけだって言ってた」
確かに凄い。文通なんて、クライドはしたことがない。何しろ、住んでいるアンシェントタウンは山奥だ。山を隔てた隣にあるこの街に宛てた手紙ですら、ヘリコプターを使って届けるような町なのである。
アンシェントと、ここリヴェリナを結ぶ郵便局の専用機は、滑走路の要らないヘリコプターとなっている。この町まで手紙が行けば、後は問題なく陸路で郵便物が配達される仕組みだ。ちなみにアンシェントの郵便専用ヘリポートは、クライドたちが越えてきた山とは反対側にある小高い丘の上にある。
勿論、ヘリコプターでの運搬には通常よりも金がかかる。だから、クライドの住む町に手紙を宛てる人や、クライドの住む町から手紙を宛てる人は、国際郵便並みに高い切手を買わなければならなかった。インターネットショッピングの送料区分もいつだって離島扱いだし、そとそも配送不可になっている場合も往々にしてある。
だから、基本的に手紙はあまり出さないのがアンシェントタウンのやりかたなのである。手紙で数枚の便箋に言葉を託すよりも、電話をしたほうが安く済むのだ。
「へえ、国際交流かあ。凄いな、ノエル」
クライドは、グレンと顔を見合わせて頷きあった。あの優秀なノエルだからこそできる国際交流だ。元々ハーフで父親がウィフト語を喋っていることを抜きにしたって、ウィフト語とディアダ語を除くほかの三つの言語はノエルが自分で学んで力にしたのだ。あらためてノエルを尊敬したいと思う。クライドを見てにっこり笑うと、アンソニーが続けた。
「たしか二人は、この街で知り合ったって話だよ。サラがこの街に住んでるんだって。僕、前にノエルへの手紙読ませてもらったことがあって……」
そういわれた瞬間、グレンがずいっと身を乗り出した。確かに興味のある話だ。もしかして、ラブレターだったりするのだろうか?
いや、ノエルの事だからラブレターなんて貰ったら誰にも見せずにしまっておくだろう。第一、ノエルは彼女をアンソニーに紹介する際に友達だと言ったはずだ。
「で?」
クライドとグレンの声が、綺麗に重なった。それはまるでステレオスピーカーから出る音声のような、見事な重なり方だ。
この勢いに多少驚いたのか、アンソニーは苦笑いした。
「外国語だから、僕に読めるわけないじゃん。そのとき写真を見たんだ。両サイドにお兄ちゃんが映ってるスリーショット」
ああ、それもそうだ。この一言で、クライドはがっかりした。確かに、アンソニーが異国の言葉なんてわかるわけが無い。それはよく理解していたつもりだったが、内容を教えてくれるものとばかり思って期待していたなんてうかつだった。
「なんだよつまんないな」
「つまんなくないもん! ノエルから訳を聞いちゃったもんね。かなり要約されてるけど」
そういうと、アンソニーは少しだけ眉間に皺を寄せ、何かを思い出そうと頑張った。手紙を見せてもらったのは、記憶を遡らなければならないほど前のことなのだろう。
クライドは、大した期待もせずにアンソニーの言葉の続きを待った。どうせ思い出せずに終わる、そう思った矢先だったにアンソニーが口を開く。
「えっとね、『いかがお過ごしですか? ノエルのおかげで成績があがったの、ありがとう。学校では一人で寂しいけど、ノエルが居るって思えば全然へいきだよ。またいつか会いにきてね。待ってるから!』……だったかなあ。本当はもっと長かったけど、忘れちゃった。見せてもらったの、半年くらい前なんだ」
アンソニーの言葉を聴き終わり、クライドはにやりと笑う。そしてグレンを見た。『待っているから』という言葉は、グレンにもよく覚えがあるはずだ。
「なんだよその顔」
「別に?」
「あ、ねえ! こっちにくるよ!」
アンソニーの声で、グレンとクライドはノエルがやってくるであろう方角を向いた。ノエルと女の子はにこやかに談笑しながら、こちらの方に向かってくる。クライドたちの存在にはとっくに気づいていたようだ。
二人は徐々に近づいてきて、ようやくノエルのほうから話しかけてきた。その瞳に照れや恥じらいは無い。
「やあ、皆。僕のペンフレンドを紹介するよ」
ノエルはにこりと笑い、彼女を振り返った。そして外国語で何事か彼女に告げる。勿論ディアダ語でクライドたちに彼女を紹介する事も忘れなかった。
「彼女はサラ=ドレーアー。出会ってもう五年は経ったけど、顔を見て話すのはまだ四回目なんだ。アンシェントでの町外とのやりとりは、手紙と電話のやりとりが主だからね」
そうとは思えない自然な仕草で、それこそまるで十年は一緒に学校に通ったかのような空気感で、ノエルはサラに話しかけている。今話したことを訳して伝えているらしい。
「サラはジュノア出身で、僕らのひとつ年下だよ。ああ、アンソニーからするとひとつ年上になるのかな。僕の父さんと同じウィフト語を話すんだ」
楽しそうなノエルはきっと同じことを外国語で伝え、サラは頷くと少し緊張した様子でクライドたちの方を向いた。自己紹介をするように言われたのかもしれない。
北国の人種だからだろうか? サラの肌は、雪のように白い。しっとりとした透明感のある素肌に、琥珀のような澄んだ茶色い眼がよく映えている。その眼を縁取る睫は長く、もとより大きい目がさらに大きく、ぱっちりとした印象に見えた。化粧はおそらくしていないと思うが、潤った唇には無色のリップぐらいは塗ってありそうだ。
優しそうな面影のある顔を縁取る髪は柔らかそうで、丁寧に手入れされている感じがした。同じ人種だろうという顔の系統だが、全体的にノエルよりサラの方が色素が薄い。彼女のつややかな髪は、肩の辺りまでまっすぐに伸ばされている。
シェリーのような冷たい氷のような美しさではなく、柔らかで温かい、包容力にあふれた女性らしい可愛さがある少女だ。容姿だけで判断するのは良くないが、少なくとも不器用なシェリーよりも甘え上手な印象だとクライドは思う。
何か決心したかのように口を開きかけたサラだが、一瞬早くグレンの方がアクションしていた。
「よろしく、サラ」
グレンの晴れやかな笑みはコミュニケーションにおいて無敵だとクライドは思う。緊張していそうなサラは微かに頬を赤らめると、はにかんだように微笑んだ。そして、ひどい片言でグレンに挨拶を返した。
ノエルはサラに異国の言葉で語りかけ、クライドたちを順に紹介した。サラは何度かクライドの名を間違えた。慣れない音感なのだろう。アンソニーの名は結局覚えられなかったらしく、『トニー』で妥協した。
「みなさん、わたし、うれしい。あの、メリア、ノエルから。知ってる」
「へえ、メリア? 手紙って意味だっけ。俺らのこと、手紙に書いてあったってことか?」
グレンがそう言うと、サラは少し考えた後優しげな目元を細めて笑い、大きく頷いた。アンソニーが歓声を上げ、ノエルも意外そうにグレンを見ていた。
「すごいグレン! ウィフト語がわかる?」
「いや、好きな曲にメリアって歌詞が出てきたんだ。だから知ってるのはそれと挨拶ぐらい。あとはフィーリングでなんとかなるだろ」
クライドには解らない異国の言葉でサラが何か言った。ノエルは大きく頷いて、穏やかに笑む。遠い北国の言葉でのやりとりがクライドたちに解るはずもなく、黙って二人のやり取りを見守った。
「グレンのことは歌手志望でいたずら好きで、無鉄砲で楽しい人だって認識している。クライドのことは、礼儀正しくて適度にユーモアのある、僕の一番信頼のおける相談相手だって理解してくれた」
なんだかくすぐったい。グレンと目を合わせてにやっとすると、焦ったようにアンソニーが眉を下げる。
「ねえ僕のことは? サラ」
「僕の煮詰まった神経を癒してくれて、新鮮な物の見方ができる子だよって伝えた。でもサラ、年下の男の子と話したことがないから緊張するって」
「そんなあ、僕怖くないよ? それに、年上と話すほうが緊張するんじゃない?」
困ったような表情から一変し、楽しそうに目を開いて快活な声を上げるアンソニー。くるくる表情が変わるアンソニーを見て、言葉はわかっていない様子のサラだが楽しそうに笑った。本来なら長らく会っていないペンフレンドであるノエル個人に会いたかっただろうが、おまけのクライドたちも受け入れてもらえたようでよかった。
「さあ、豊漁祭を楽しもうか。いこう、皆」
ノエルはそう言って、クライドやグレン、アンソニーに笑いかけてからはっとしたような顔をした。
クライドは首をかしげ、すぐに思い当たる節を見つける。エディがいない。
「ねえ、エディは」
ノエルがいいかけたとき、何処か遠くの方で女性の悲鳴が聞こえた。人ごみの中なので気づいている人はあまり居ないようだったが、本気で助けを求めているらしい。
真相を突き止めるために、クライドは駆け出していた。その後をグレンたちも追いかける。まさかと思うが、エディが関わっていたら大変だ。
市場の方まで走っていくと、地面に女性が座り込んでいた。近くにいた人は驚いた様子で口々に何か囁きあっている。彼女を見下ろして、クライドは声を掛けた。
「どうしたんですか?」
女性は顔を上げた。亜麻色の髪と緑色の瞳から推測するに、北方系の血を引いている。何があったのかはわからないが、相当ショックを受けたようだ。彼女は泣いていた。サラが小さく悲鳴をあげ、ウィフト語で何か言いながら女性に近寄った。女性がサラを抱きしめたことで、この女性がサラの家族なのだと思い当たる。確かに顔立ちが似ていた。
通訳を求めようとノエルを振り返ると、悲しそうに首を振った。どうやら、最初から彼女が誰だか解っていたようである。彼は、サラと彼女の会話に耳を欹てる。
「サラのお母さんだ。さっきまで男の子が一緒だった」
ひといきあけて、ノエルは慎重に言葉を選びながら言った。苦しそうな表情だった。唇をかみ締めるように、ノエルはサラとサラの母の会話を聞いている。きっともう通訳の内容は決まっているのだろうが、ノエルはなかなか喋りだそうとしない。意を決した様子で、グレンがノエルに声をかけた。
「男の子って?」
思いのほか、その一言は大きく響いた。直後、場に重苦しい空気が張り詰めた。すすり泣くサラの母を見下ろしていたノエルは、ぎゅっと眉根を寄せて首を横に振ると、意を決したように沈黙を切り裂いた。
「エディだ。誘拐された」
聞いていた野次馬たちの間から、様々な声が上がった。
漁師たちが支えているこのちいさな街で、町一番の漁師の息子であるエディを知らないものはきっといない。街の人たちにとって、彼は本当に大切な存在なのだ。そんなエディがいなくなったとしたら、一大事だ。
スタンリーが驚愕する顔が目に浮かぶ。あの父親の事だ、かなり混乱するだろう。ノエルはサラの肩にそっと手を置いて彼女を注目させ、更に詳しい事情を聞いている。
「エディが誘拐されたの? その前に、なんでサラのお母さんがエディと一緒にいたんだろう?」
両手でその柔らかな金髪をかき回して、アンソニーが疑問の声を上げる。確かにそうだ、見たところサラの母にもディアダ語は通じていない。グレンとクライドが悩み始めると、ノエルがサラから事情聴取を終えてこちらに向き直った。
少しだけ間をとり、ためらいながらノエルはゆっくり語りだす。
「僕らがいけなかったんだ。エディは僕らがついてこない事に気づいて、いろんな人に聞いて回っていたみたいだから」
そういわれたとき、クライドはちくりと胸が痛むのを感じた。あのときエディを引き止めて一声かけさえすれば、彼は誘拐されずにすんだかもしれないのに。全て自分たちの責任だ。クライドは俯いて、眉間に皺を寄せる。
「サラのお母さんは僕を知ってるんだ。何処かで僕のことを見かけたらしくて、一緒に探そうと申し出たんだって。それでエディと一緒にいたんだ。そのまま歩き回っていたら、突然見覚えのない太った中年の男に突き飛ばされて…… 後からやってきた背の高い冷徹そうな男がエディを抱え上げて、立ち去った」
言い終えて、ノエルは後方を振り返った。相変わらず、サラの母は泣いていた。やはり責任を感じているのだろう。
何だか彼女に悪い気がした。サラの母は何も悪くない。根本の原因は自分たちにあるのだから。クライドがサラの母に何か語りかけようとしたとき、足音も荒く人混みを掻き分けながらやってくる男の姿が見えた。
「エディはどこだ!」
その怒号に、クライドは竦みあがった。ハワードとルイスの喧嘩を止めた時の怒鳴り声など比ではない。クライドは本能的にスタンリーから身体を背けていた。
「誰が連れて行った! 警察は!」
怒りのあまり、顔が真っ赤だ。息子の安否を思い、心配でたまらないのだろう。振り返ると、アンソニーがグレンにしがみついてがくがく震えている。空色の目には涙が滲んでいた。
サラの母がうな垂れ、泣きながら北国の言葉で何か言った。すぐさま、ノエルが通訳する。
「私がいながら、エディを誘拐させてしまって。本当にすみません、私が悪いのです」
訳すノエルも辛そうだった。クライドもつらい気持ちになる。本当は自分たちが悪いという事を、いつ切り出せばいいのだろう?
スタンリーは泣いている女性を見ていくぶんか冷静さを取り戻したのか、硬く握りしめていた手から力を抜く。やり場の無い怒りは心に押し込めたようだ。彼は、サラの母に話しかけた。
「あんたは悪くない。責めるようなことをいって、すまなかった。頭に血が上っちまって」
それをノエルがまた訳すと、サラの母は涙目でノエルを見上げて軽く頷いて見せた。サラはノエルを見上げ、相変わらず泣きそうな顔をしている。
ノエルが軽く深呼吸した。そして、スタンリーをまっすぐ見ている。
「あの、すみません。大変恐縮ですが、どうしても言いたい事があるんです。言わせてください」
ついに、ノエルが勇気を出してスタンリーに声を掛けたようだ。
光が失せてしまったように暗くにごったスタンリーの瞳が、ノエルを見つめた。少しだけ躊躇って、ノエルは声を出した。
「悪いのは僕らです。エディは僕らを探すために一人で居た。僕らが目を離さなければ、きっとこうはならなかった。だから、僕らがエディを探します。警察には、リンドバーグさんが行ってもらえませんか」
それだけいうと、ノエルはクライドの腕を引いた。スタンリーは最早ぬけ殻状態で、サラの母親に寄り添って俯いている。もしかしたら、ノエルの話はスタンリーの耳に届いていないかもしれないとクライドは思った。
サラが母親に何か話しかけているが、母親は頷くだけで声を出さない。周囲の野次馬は騒然とし、がやがや騒ぐ。それを、遅れてこの場に着いたジャックやルイス、ハワードやジェシーが宥めている。
「おちつけ! おちつくんだ!」
漁師たちに言われ、民衆はやや落ち着いた。しかし、まだ不安そうである。泣き出す女性が続出した。
ノエルに腕をつかまれたままのクライドは、そっとノエルを見やった。すると、ノエルはクライドの耳元で囁く。
「身体的な特徴から行くと、犯人はクライドが見た鐘ドロボウに似ていると思うんだ。もしそれが本当にあのドロボウたちだったら、放っておくとエディを人質に君を脅すことがあるかもしれない。だったら、僕らの方から出向いたほうがいいと思う」
そういわれてみると、頭の中にジャスパーとジェイコブの姿が浮かんできた。彼らならやりかねない。どこかで、エディがクライドと一緒だったところを見たのだろう。
クライドは立ち上がり、グレンとアンソニーを一瞥した。グレンはクライドに気づき、こくりとひとつ頷いた。そして目を閉じる。深呼吸をすると、左肩のあたりに視線のような感覚を捉えた。すぐにそちらを振り返る。
「あっちだ」
「俺もそう思う」
ノエルとアンソニーも頷いた。奇妙な勘を頼りに、四人は走り出す。
もしかしたらそれは、勘ではなく魔力の感知なのかもしれない。町長が言っていたではないか、魔法を使う魔道士は相手に魔力があるかどうかを判別できると。きっとクライドの中にある、エルフの力が見知った魔力の感覚を捕らえている。
呆けたスタンリーと深く打ちひしがれたサラの母、そしてそれを心配そうに見つめる漁師や町民をのこして、クライドたちはエディの元にむかう。