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第十話 それぞれの孤独

 そっとベッドのそばによってきて、シェリーはクライドの髪を指に絡めた。吃驚するが、振り払う気もないのでクライドは彼女をそのままにしておいた。しばらくの間クライドの髪で遊んでいたシェリーだが、やがてぽつりとつぶやいた。

「あたしは、エルフにしては奇妙な魔法しか使えない。だから虐められたし、友達なんているわけないし、村の決まりだから親にも捨てられた。十歳までに攻撃の魔法を使えないエルフは、自分の身を守れない出来損ないとみなされる」

 それから、シェリーは自分の魔法のせいで起こった出来事について話してくれた。自分は他のエルフたちと違うという思いから、世界にたった一人になったような孤独をずっと感じていた。そう言ってシェリーは俯いた。

 強がっているのだが、本当はたった一人で生きていくのが怖かったらしい。それもそうだ、彼女はまだ十四歳の女の子なのだから。おまけに、独りになったのがまだ十歳にも満たなかったときらしい。クライドは、自分に魔力があると知ったとき同じような気持ちになったことを思い出す。何だか急に親近感が湧いてきた。

「親は両方とも歴としたエルフなんだ。でも、あたしには誰かの魔法を検する魔法しか使えない。それが不思議でどうしようもなく嫌だった。みんなの隠してる本音、見たくもないのに見えちゃうし。心からあたしを嫌いでいじめてるんだって、わかっちゃうし。迫害されて一人になって、ようやくこの魔法が役に立つことを知ったんだけど」

 そう言って皮肉めいた微笑を浮かべ、シェリーは玄関の方を見た。まだ三人が帰ってきていない。彼女が苛々しているのは、態度でわかった。その苛立ちが強まってきているのにも、すぐに気づく。不機嫌そうな顔でもう一度窓の外を眺めるシェリーを見上げ、クライドはくすくす笑った。

「視えるなら分かるだろ、俺はシェリーにすごく感謝してる。なんで旅に出ることになったかも、俺がそれに対してどんな気持ちになったかも、きっと言わなくてもわかるんだろうな。でも俺は、自分の言葉でシェリーに色んな話がしたい」

 保冷材のおかげで大分熱が下がってきた。だから少し身体が楽になった。起き上がりたいのだが、シェリーがそれを許してくれない。心配されているのだと感じた。今日はじめて会った人なのに。

 かなり刺々しい少女だが、シェリーがノエルやグレンと似ているかもしれないとクライドは思った。ノエルは見ず知らずのクライドを助けてくれて、二日も看病してくれた。グレンは幼かった頃、公園で一人で遊んでいたクライドに声をかけてくれた。反対にアンソニーは池に落っこちたところをクライドが助けてやったのが友達になったきっかけだった。特にノエルと友達になった日は、現在の状況とそっくりだ。だから、シェリーと友達になるきっかけはきっとこれなのだ。

「シェリー」

 とても嬉しい気分になる。自分の周りには、こんな優しい人が多すぎるのだ。優しいシェリーに出会えたことを、深く感謝する。感謝を込めて、クライドは彼女を呼んだ。

「うん?」

 シェリーは窓から目線を外し、寝ているクライドを見下ろした。クライドが微笑むと、シェリーもぎこちなく微笑み返してくれた。彼女の微笑を見るのは初めてだ。少し驚くが、クライドは満面の笑みを浮かべた。

「俺ら、仲良くやれそうだな」

 言いながら、クライドは手を差し出す。窓から吹いてきた夜風が、二人の髪を揺らす。風はやや湿度を含んだ初夏の薫りを運んできた。地下の洞窟だとは思えない、リアルな若木の薫り。

 暫く逡巡した後、シェリーはクライドの手を握った。とても硬くてぎこちない動作だった。それでも、気持ちの篭った動作だった。

「そうだな。よろしく、クライド」

 優しく微笑み交わす。そして、互いの手をつよく握り合った。こうして、クライドにはエルフの友達ができた。気は強いが心の優しい、素敵な女の子だ。これからもっと仲良くなれたらいい。

 シェリーと他愛無い話をして待っていると、やがてグレンたち三人が家に到着した。しかし、様子が変だ。

「おいクライド、聞いてくれ! トニーが大変だ」

 部屋に飛び込んでくるなり、グレンはオーバーに焦った声を作って後ろを指差した。もう顔がにやけはじめているので、何か面白いことを伝えようとしているのだろう。グレンの指差す先を辿れば、そこには何と分厚い黒縁の眼鏡をかけたアンソニーがいる。ノエルの眼鏡だ。コミカルな学者先生の仮装にしか見えないぐらい、似合っていない。

 グレンの隣には、眼鏡をしていないノエルがいた。ノエルが眼鏡を外したところはあまり見たことがなかったが、爽やかですっきりとした印象だ。いつもの硬そうなイメージは大分和らいでいる。それにより、もっと唖然とする。爽やかな笑みを浮かべる少年と、牛乳瓶の底かと思われるほど分厚い眼鏡をかけた野暮ったい少年。一体、アンソニーに何があったというのか。

「僕は見えないのに慣れてるから大丈夫だけど、アンソニーが。試しに渡したら度数が丁度良かったみたい」

 苦笑い気味に、ノエルがそう言った。若草色をした瞳が、眼鏡越しに見るよりも澄んで見える。やはり、眼鏡がないとノエルは別人だ。

 こんなに落ち着いていて爽やかな少年だったならば、きっと学校でたくさんの女の子の心を掴んでいるだろう。しかしノエルは、あまり女の子からの人気が無かったと話していた。そのときには理由がわからなかったが、クライドは確信する。間違いない、眼鏡のせいだ。

「目が見えないんだよ、クライド。さっきまで真っ暗闇の中を普通に見ていたんだけど」

 かなり困ったようにそう言うと、アンソニーはずり落ちてくる眼鏡をそっと上げた。その動作が妙に面白くて、クライドは笑ってしまった。グレンも可笑しさをこらえているようである。後ろを向いているが、その肩が微かに震えていた。

「あんたも魔法の使いすぎだ。時間が経てば元に戻る」

 そう言うと、シェリーはクライドから手を離した。今更になってやっとである。クライドもシェリーも、今まで離すという選択肢を忘れていたのだ。心なしか、シェリーは先ほどまでよりも態度が軟化した気がする。

「あんたの魔法は視力を操る魔法なんだ。だから、暗闇で何かを見たいと思ったときは明るいところと同じように目が見える。遠くの景色も鮮明にわかるし、霧や煙で視界が悪い場合にも同じ。少しなら未来も見える。でもそれをやると、魔法を解いたときにその分視力が落ちるんだ。最悪の場合、失明」

 心がざわりと歓喜に震える。アンソニーも魔法が使えるなんて、とても頼もしい。新しい魔道士の仲間を見つけなければならないと思っていたが、その必要はなくなったかもしれない。

 それにしても不思議な魔法だ。クライドやグレンとは違い、アンソニーの魔法は人に影響せず完全に自分の中で完結している。感心するクライドをよそに、失明という言葉を聴いてアンソニーが不安そうな顔をした。シェリーは無表情に心配ないと言う。

「大丈夫だ、一日失明したって次の日には治ってるはずだから。まあ、一生分の視力を使ったなら話は別だけどな。そんなことはありえないと思う」

 シェリーはぎこちなく微笑み、クライドの寝ているベッドに腰を下ろす。表情筋の制御に慣れていない感じがなんとも微笑ましい。何気ない動作で、グレンも隣に座った。クライドはその様子を見て、何となくカップルのようだと思ったりした。二人を見て座ることに思い至ったのか、ノエルはキャリーカートを椅子代わりに座る。その隣にアンソニーも荷物を降ろした。

「水道もトイレも好きに使っていい。山を登ってきたんだろ、そんな軽装で」

 焔のように赤い髪をかき上げながら、シェリーはノエルやアンソニーの方を見た。隣のグレンには目もくれないが、怒っていたり嫌悪を感じていたりはしないようだ。クライドは退屈をもてあまし、天井を見上げてため息をついた。

「正直、山登りの過酷さをナメてた。世話になるよ」

 ずっと天井を眺めながらそう言って、クライドは保冷材を強く額に押し付けた。頭痛がなかなか治まらない。目を閉じ、鈍痛に眉を顰める。そんなクライドを覗き込み、ため息をつくシェリー。

「ゆっくり寝ていろ、クライド。後で薬を作ってやるから、それまで安静にしてろ」

 そういって、シェリーは薬の説明をしてくれた。七種の薬草を煎じたものを混ぜ合わせてつくるらしい。これからの長旅に備えて、何本かくれるとも言った。クライドは礼を言い、また保冷財を頭に押し付けた。

「薬なんて作れるのか? すごいな」

 優しい笑顔を浮かべながら、グレンが言っている。警戒心たっぷりだったグレンが軟化しているのを見てほっとして、クライドはあくびをした。何だか、再会の安堵感が落ち着いたらだんだん眠くなってきた。

「別に、褒められるようなものじゃない」

 照れ隠しにそっぽ向いているが、解りやすい性格である。シェリーはグレンの隣にいるのが気まずいと感じたのか、立ち上がって本棚に歩み寄り、本をとってきて開きはじめた。

「シェリー、その本は何語で書いてあるんだい?」

 本に関しておそらく四人の中では一番興味を惹かれるであろうノエルは、シェリーの読んでいる本を興味深げに見ていた。遠くからでは、題名が読めないのだろう。だが、本を貸してもらったところで読めないだろうとクライドは思った。何せ彼には今、眼鏡がないのだから。シェリーは少し考えると本を閉じ、ベッドからまた立ち上がってノエルのほうに歩み寄った。

「この言語はどこの国の言葉かわかるか? 多分、いま喋ってる言葉だと思うけど。エルフは言語能力が高いから、意味を持った文字ならどの国の言葉でもエルフ語と同じように使えるんだ」

 そう言って、本を差し出すシェリー。ノエルは感心しながらそれを受け取り、眼鏡がないのに小さな文字を苦労して読み取っている。クライドはベッドの上からその様子を見ていた。

 クライドたちが暮らしているモルニア大陸では、大体の国がディアダ語を使っている。ディアダ語は世界の大体の国で通用する言葉だ。この大陸には他にも言語がたくさんあるが、ディアダ語の話者が一番多い。このモルニア国の公用語もディアダ語である。彼女が持っているこの本もディアダ語で書かれていたようだ。

「ありがとう。生物学なんて読むんだね、話が合いそうだ」

 そう言うと、ノエルは彼女に本を返す。文字を読み取るのにかなり苦労したようだ。シェリーはノエルから本を受け取ると、またベッドのところに戻ってきた。

「読みたければ後で貸す」

「本当かい? ありがとう」

 二人が会話するのを聞きながら、クライドはぼんやりと天井を眺めた。するとやがて、アンソニーが立ち上がってクライドのところへやってくる。退屈をもてあましたようだ。分厚い眼鏡をかけた目が、こっちを見つめている。思わず笑い出すクライド。笑ったせいで、頭痛がさらに激しくなったように感じる。

「ひどいなあクライド、そんなに笑わないでよ」

 少し不機嫌そうにそう言って、アンソニーは眼鏡をずり上げる。その動作のせいでまた笑ってしまう。身を捩り、頭痛に顔を顰め、それでもまだ笑っているクライドを見て、シェリーは呆れたようにため息をつく。アンソニーと同じように、ノエルも不機嫌そうだった。

「そうだよクライド。元はといえばそれ、僕の眼鏡なんだから」

 確かにそうだが、ノエルにはこの眼鏡が定着しているのであまり違和感がない。それがアンソニーとノエルとの決定的な違いだった。同じ眼鏡をかけているのに、こんなに受ける印象が違うとは。

「ごめんごめん、ついおかしくて」

 笑いすぎて痛む腹と酷い痛みに悩まされている頭を抱え、クライドは笑った。そんなクライドを見下ろし、グレンが柔らかな微笑を浮かべた。その微笑を見つめ、シェリーが不思議そうな顔をしている。

 そのままじっと、シェリーはグレンの横顔に見入っていた。そっとその様子を見て、クライドはいろいろなことを思う。シェリーは何を思っているのだろう? グレンは何を思っているのだろう? シェリーは持ち前の特殊な魔法で、ひょっとしたらグレンのことをもっと知りたがっているのかもしれない。

「うん? どうした、シェリー」

 じっと見られていることに気づいたのか、グレンがシェリーを振り向いた。その拍子に、グレンとシェリーの視線がまともにぶつかった。見る見るうちに、シェリーの頬が赤く染まる。

「な、なんでもないっ!」

 裏返った声でそういって、シェリーは俯いた。クライドはそんなシェリーを見て、首をかしげる。一体何があったというのか。グレンの変な過去でも覗いてしまったのかもしれないと思うと、何だかおかしい。この男にはありすぎるぐらい面白い過去があることは、クライドもよくわかっている。

「あれ、今何時?」

 俯いたシェリーのことなど全く気にもしていない様子で、グレンはそう言った。ノエルが腕時計を覗き込んでいる。小さな文字盤を読むのに苦労しているようだが、何とか文字が読めたようだ。

「九時だよ」

 冗談かと思った。

 この旅が始まってから、まだ数時間しかたっていないのだ。なのに、もう三日も歩きとおしたように感じる。クライドは天井を見つめ、ため息をついた。初日から、驚きと不安の連続だ。一体この先、どうなってしまうのだろう?

「え、もうそんな時間になるのか?」

 そう言うと、グレンはクライドを見下ろした。ぼうっとした視界にグレンが飛び込んできたので、クライドは慌てて笑みを取り繕う。自分でも、この笑みが弱弱しく頼りないものになっているであろうと自覚できた。

グレンが悲しそうな顔をした。そして彼は、クライドの目を見つめて無理するなとつぶやく。頷いて、クライドは目を閉じた。そうしていると、少しは楽になるのだ。

「そろそろ夕飯にするか」

 シェリーの声で目を開ける。すると、目の前が一瞬暗くなって頭痛が酷くなった。うめき声を上げ、クライドは保冷材を額に押し付ける。

「ご馳走してくれるの? ありがとう!」

 無邪気に笑うアンソニー。その笑顔を見て、シェリーもにっこり笑った。シェリーは笑うととても可愛い。ベッドの上から、クライドは彼女を見つめていた。笑うと可愛いが、彼女が何を考えているのかわからない時がたまにある。人の過去が読めてしまう魔法のせいだろうか。見たくないのに見えてしまうのは、きっと幸せなことばかりではない。

「アンソニーだっけ? 手伝ってくれるか?」

 そう言って、シェリーはアンソニーを見つめた。にこりと笑い、アンソニーは頷いた。二人が台所に向かうのを見届け、クライドはまた目を閉じた。

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