最強パーティの俺は【正当防衛】で無敵なので、ドパガキ荷物持ちをいくら蹴っても問題ありません。
モンスターの群れを軽く一掃して剣を収めると、ルナから回復魔法がすかさず飛んでくる。
「さすがだな。ルナ」
「当たり前です。パーティの要である、レアスキル【正当防衛】を所有するロビン様を失うわけにはいきませんから」
受けた傷は見る見る内に塞がっていき、体感で1分もかからない内に戦闘前と同じ状態へと回帰する。
Sクラス神職者の行うヒールは伊達ではない。
「あっれぇ? 最強の戦士であるロビンが傷を負うなんて油断でもしてましたぁ?」
「ちっ……。相変わらずへらず口が得意だな! リリス!」
小賢しくも煽ってくるSクラス魔術師のリリス。
彼女なりの愛情表現だと理解しているので軽く受け流しながら先を急ぐ。
冒険者ギルドに属し、その頂点に立つ俺達は、現在ギルドからの要請を受けて、最近発生した未知のダンジョンの探索をしていた。
ギルドに所属する他パーティが安全にダンジョンを探索できるように、新たなダンジョンが発生すればまず俺達が先行して実態を解明するのが習わしだ。
なぜ俺達のようなパーティが下の人間のために働かなければならないのか甚だ疑問ではあるが、才能を持つが故の義務というやつだろう。
「おい、荷物持ち! さっさと殺したモンスターのドロップ拾っとけよ。てめぇが最上位である俺達の探索についてきたいって言ったんだろうが」
「そうですよ。足手まといになるならここでおいていきます」
「ん? ヘイトレッド、あんたまた怪我してんの? なんで、最後尾に居て戦わないあんたが一番負傷するわけ? クソザコ過ぎてウケるんですけど」
「もう治癒しませんよ。そのへんの草で止血でもしといてください」
「ヘヘッ……。すいません。急ぐので置いて行かないでください……」
前回の探索で死んだ荷物持ちの代わりにたまたま雇った暗くて卑屈な役立たず、ヘイトレッド。
見た目も冴えなければ何の能力も持たない無能力者。
その癖一丁前に俺達の探索に同行させてくれと泣きついてきた。
代わりの荷物持ちがいないから、仕方なく連れてきてやったがこんなことなら連れてくるんじゃなかった、と後悔し頭を抱える。
「すいません。それじゃあポーション一つ使ってもいいですか?」
「は?」
「ですから、ポーションを……」
「良いわけねぇだろうが。何考えてんだ?」
「はぁ。私が言ったのは貴方如きに貴重なリソースを使わせるなということです。全く頭の方も残念ですね」
驚嘆する。
あろうことか、こいつはヒールを貰えないとわかった瞬間、戦利品であるポーションを寄越せと宣っているのだ。
「で、でも。ヒールがないんじゃ、このまま荷物持ちなんて続けられないし……。ほら、見てくださいよ! この傷、血が沢山流れてて」
「自業自得だろうがよっ!!」
空気も読めず、陰気な顔でヘラヘラと媚びた作り笑いを浮かべる薄気味悪い男についに我慢の限界が来た。
地べたに座り込み、一息ついている横顔を全力で蹴り飛ばす。
「あーあ、ロビン君を怒らしちゃった。あたし知ーらない」
勢いよく吹き飛んでいった体を追いかけて更に勢いをつけて腹部を蹴り上げる。
何度も何度も何度も。
陰気な顔も、媚びた笑顔も、鈍臭い行動も、何もかも最初から苛ついていた。
「もう行きましょう、ロビン様。そのような者に構っていては無駄に体力を消耗してしまいます」
「ん……。あぁ。それもそうだな。まだ仕事の途中だったな」
「そうだよー。クソザコなんて放っておいてさぁ、早く終わらせて報酬貰ってストレス発散しよう」
「じゃあリリス。お前がゴミの代わりに荷物持ち頼むぜ」
何の反応も示さなくなったゴミを蹴り飛ばして、再びダンジョンを進み始める。
横では荷物持ちを任命されたリリスが、不満を漏らしながらも懸命に着いてきている。
口は悪いが魔術の腕は立ち、素直なやつだ。
「大きな扉ですね」
「あぁ、多分ボス部屋だろうな」
「ここまでの敵も大したの居なかったし、ちゃちゃーっと片付けちゃいましょう!」
「開けるぞ! 油断すんなよ! 」
掛け声と共に重苦しい扉を開いていく。
重厚な音を立てて開いた扉からは、背筋を震わせる冷たい空気が漏れ出し、嫌な悪寒を走らせる。
今までとは雰囲気が違うことに多少の警戒をしながら、先へと一歩足を踏み入れた。
すると、壁面に備え付けられた灯りが一斉に輝き、暗闇だったフロアの全貌を照らし出す。
姿を現したのは見たこともない、正体不明のモンスターだった。
角の生えた牛の頭部。人間とは桁違いな、鍛え上げられた巨体。手に持つ巨大な戦斧。
「ルナ。鑑定できるか」
「やってみます……。ッ!!!」
鑑定スキルを未知のモンスターにかけた瞬間、ルナが膝をついた。
「なになに!? 一体なにが起こったっていうのさ?」
「……見えない。何も見えないんですよ……っ!」
見えない。
鑑定スキルは通常、自分より格下の相手のステータスを表示するスキル。
つまり見えないと台詞が指し示す意味は。
「俺達より……格上?」
事実を確認するや否や、目の前のモンスターは俺目掛けて突進を始める。
受けた攻撃を相手に二倍にして返すレアスキル【正当防衛】を発動させて、盾を構えて攻撃に備え
「……えっ?」
一瞬。
奇妙な浮遊感を得た瞬間、地面に叩きつけられて肺の中の空気を全て吐き出してしまう。
盾、俺の盾はどこに。
低い視線で遠くに転がっている盾が見える。
苦しさに喘ぎながら酸素を求めて手を伸ばす。
「ロビン様! 撤退しましょう!」
チカチカとする視界はルナの声と同時に回復し、こちらへとゆっくり向かってくるモンスターを前に冷静さを取り戻す。
正当防衛は性質上、必ず相手の一撃目を受けてから反撃をしなければならない。
つまり相手の一撃目が必殺である場合意味をなさない。
悔しいが撤退するという選択肢以外は、一撃目でもう考えられなくなっていた。
「急げ! 今回はギルドへ報告して、また後日来ればッ…………!!」
背中を向けた瞬間、再び大きな衝撃を受けて前方へと弾き飛ばされる。
なんだあれは? 逃げる?
一瞬で距離を詰めてくるような相手からどうやって?
「ちょっと、ちょっと! なんかまずいんじゃないのぉ?」
軽口を叩きながら魔術を打ち続けるリリス。
未知のモンスターは一切怯むことなく、ゆっくりと前進を続ける。
考えろ。頭を回せ。生き延びるために何をすればいいか。
行き場のない思考の迷路の先に、一つの結論にたどり着いた。
死地で見出した活路に思わず口元がニヤける。
「リリス。天井を撃って奴を足止めしろ。それから全力で走るぞ」
「えぇ!? そんなんじゃすぐに追いつかれちゃうよ?」
「それでいいんだ。いるだろ? この先には丁度いい囮が」
「あぁ。そういうことですか。リリスさん、お願いします」
「なるほどねぇ……。それじゃあ派手なの行くよ!」
巨大な炎の玉が繰り出されて、瓦礫が積み重なると、モンスターの姿は見えなくなってしまった。
「今のうちだ! 急ぐぞ!」
元来た道を全力で疾走し、ようやくヘイトレッドと別れた場所にたどり着く。
呑気なことにまだ奴は気絶していた。
「起きろ、雑魚!」
「……あぁ、ロビンさん。戻ってきてくれたんですね」
「いいか、よく聞け。今からこっちに強力なモンスターがやってくる。それを足止めするのがお前の仕事だ」
「……へっ?」
察しの悪い惚けた表情にいい加減嫌気が差してくる。
「ロビン君はクソザコのお前に囮になれって言ってんの!」
「そういうことです。私達の役に立てるなんて光栄でしょう?」
ようやく状況を理解したのか青ざめた顔で、みっともなく足元に縋り付くヘイトレッド。
こいつはどこまで俺を苛立たせるんだ。
「嫌だ、嫌だ! 死にたくない! 助けてください、置いて行かないでください!」
「汚ねェ手で触んじゃねェよ!! そんなに着いて来たいなら着いて来ればいいだろ。俺達に追いつけるならな」
「じゃあねぇー。クソザコ君」
「貴方のことは立派に戦って死んだとギルドに報告しておいてあげますよ」
「そういうことだ。あばよ、最後の最後に役に立ったな。荷物持ち」
惨めに泣き叫ぶヘイトレッドの声を背中で聞きながら、安心感に包まれる。
ほんの少し足止めさえできれば補助魔法のヘイストで移動速度を上げて、逃げ切るぐらいは容易い。
これで俺達の生活はいつも通りだ。
ギルドには未知のモンスターの報告。
対策を練り、改めて挑戦すれば何てことはない。
迅速な撤退という判断。冒険者の頂点に立つ俺達に敗北は決してない。
━━━━ズドン。
まるで分厚いゴム板を一息で貫いたかのような鈍い打撃音。
「ンンンンンンンンンンンンンン!!! キモチイイいいいい!!」
次いで奇妙な叫び声。ダンジョン内に反響するけたたましい笑い声。
使えない男の断末魔としては変わったものだった。
役に立たない荷物持ちは、恐怖に気が触れて、すぐにやられてしまったのかと足をとめずに振り向く。
「どこまでも使えねぇ荷物持ちだな!!」
「違うよ……。ロビン君、あれ」
「嘘でしょう……」
ずるり。強靭なモンスターの腹から引き抜かれる血塗れの腕。
腕の太さからは到底開きようのない、大きな風穴から血が滝のように溢れ出す。
失われた腹部ごと、生命を奪われたモンスターは土埃を巻き上げて地面に沈む。
「条件は成ったァ……」
そこに立っていたのは、モンスターの血で染まった右手で髪をかき上げて恍惚の表情を浮かべるヘイトレッドだった。
先程まで卑屈な笑みを浮かべ、俺達に媚びへつらっていた男の影はない。
「さぁ……鬼ごっこを始めようぜェェェェッッッッ!!!! クソ野郎共!!!!!」
ただの陰気な荷物持ちだった者の声がダンジョン内に響き渡る。
いったい何が起こった?
状況だけ見れば俺達が全く歯が立たなかったモンスターを、ヘイトレッドが一撃で倒したようにも見える。
そんな馬鹿げた話があるかものか。
奴は正真正銘の無能力者。何のスキルも持たず、ただ優秀な冒険者に憧れ羨むだけの醜い寄生虫。
「はぁ? 鬼ごっこ? 頭おかしいんじゃないの。ってかお前さぁ、戦利品くすねただろ。キモっ」
「そうですね。でなければ説明がつきません。未知のモンスターを倒せたのはドロップしていた強力なアイテムを使用したからでしょう」
「あーあぁ、なるほどな。アイテムの力を自分の力と勘違いしたか? そんな愚かな盗人、ヘイトレッド君にはきつーいお仕置きが必要だなぁ。なぁ、お前ら?」
合点がいった。思い返してみれば戦利品を見る目がずっと怪しかった。
俺達に着いてくると言ったのもどさくさに紛れて戦利品を盗むため。
ポーションを勝手に使おうとした前科もある。
確定だ。
「そうそう! 盗人なんだから殺しちゃえば、モンスターと合わせて一石二鳥。ギルドも喜んで私達の株はさらにうなぎ上りってね!」
「珍しく冴えていますね」
「じゃあ殺っとくか」
一番近くにいたリリスが盗人に向けて火球を用意する。
唱えられた魔法は見る見る内に巨大化していき、AやBクラス程度の人間では決して耐えきれない強力なものとなっていく。
終わりだ。汚物は焼かれて消毒されてしまえ。
「……えっ?」
火球が放たれることはなかった。
巨大化した魔法は空間へと虚しく霧散し、小さな残り火が消えると再びダンジョン内は静寂と暗闇に包まれる。
「……な、に……これ」
放たれることがなかった火球と引き換えに、リリスの腹部には大きな風穴が空いていた。
噎せ返る程の血の匂い。穴はきれいな円ではなかった。
引き裂かれたように不規則で、縁はギザギザにめくれ、中からどろりとした血が絶え間なく流れ出していた。
それは最初は勢いよく噴き、やがて重力に引かれて太い筋になって滴っていく。
ずるり。荷物持ちの腕がゆっくりと引き抜かれると、既に生気を失った体が崩れ落ちる。
あのモンスターと同じだった。
「エークセレントッッッ! ブラボーッ!! デェリシャス!!! ああああ? これは違うかぁァァァ?」
「さすが最強の冒険者パーティ様! 死に方も一流! すんばらしィィィィ!!!」
興奮気味に血塗れの手で拍手をしながら、叫び続ける荷物持ちの言葉が耳に入らない。
奴は火球が放たれる直前、一足でリリスの懐に飛び込み、右手で腹部を抉り取った。
なんで、ヘイトレッドが?
出来るわけがないだろう。アイテムの力のはずだ。
そのはずなのに右手で腹部を抉り取るアイテムなんて思いつかない。
ガントレットか、鉤爪か。また別の何かか。
違う! あいつは素手じゃないか。
「ほらほら、早く逃げないと数え始めちゃうぞぉ? ひとぉぉぉぉぉつ!!!」
「ひっ……!」
「行きましょう! リリスさんはもう駄目です! 考えるのはあとです!」
ルナの声によって正気を取り戻し、促されるまま駆け出す。
荷物持ちの怒号に思わず情けない声が漏れてしまった。
屈辱だ。
今、俺を全力疾走させているのは奴から発せられる得体の知れない恐ろしさ
認めたくはないが、認めざるを得ない。
どんなインチキを使ったのか、俺達は追い詰められている。
「ふたあぁぁぁぁぁぁぁつッ!!!!」
「クソッ! クソッ!」
頭がおかしくなりそうだ。
捕まればリリスと同じ末路を辿って殺される恐怖。
何よりこの俺があんな無能力者で特別なスキルを持たない陰気な男に怯えているという事実が許せなかった。
だいたい数え終わるまでは動くんじゃねぇよ。
ルールも何もあったもんじゃない。
「調子に乗ってんじゃねぇぞ! 一度体勢を立て直したら必ずぶっ殺してやる!!」
振り向くこともせず、全力で駆けながら正面に怒りをぶつけるも、ヘイトレッドは喜ぶばかりだった。
「いいね、いいねェ!! どこまで楽しませてくれるんだ、お前達はよおおおぉぉッッ!!!」
異常だ。奴は悪態をつかれても怒るどころか楽しんでいる。
まるで誘われているようだ。
「ロビン、前方に大きな岩があるのが見えますか」
「あぁ? それがどうしたんだよ!!」
「あの岩場の陰に隠れましょう! ヘイトレッドをやり過ごすんです!」
後ろを振り向く。
曲がり角を曲がったばかりなので、狂気じみた笑い声とカウントは聞こえてくるが姿は見えない。
半ば飛び込みながら、岩場の陰で息を潜める。
荒い呼吸が漏れないように、口元を抑え、物音を立てずじっと通り過ぎるのを待つ。
「どこいったァ? みんな一生懸命で楽しいなァッ!」
腕から血を滴らせながら岩場の陰を横切っていく姿を見送る。
目に入った表情はまるで本当に鬼ごっこを楽しんでいる子供。どこまでも無邪気で純粋。そして狂気に満ち溢れていた。
頼む。そのまま通り過ぎてくれ。こちらに気付かずに、何事もなく。
心臓が早鐘の如く鳴り響く。音が外に漏れ出してしまわぬように小さく丸まって閉じ込める。
「行ったか?」
閉じていた目を恐る恐る開き、岩場の陰から様子を伺う。
隣で震えながら息を殺しているルナを起こして安堵する。
「おい、行ったみたいだぞ。それで、ここからどうする?」
「……えぇ。そうですね。ダンジョンの出口までは一本道。逃がしたと思い込んでそのまま帰ってくれればありがたいのですが」
「ひとまず最奥に戻るか? モンスターのドロップとリリスも気になる。もしかしたら間に合うかも知れない」
「そうしましょうか」
方針を固めて踵を返したその時だった。
「……ばぁっ!」
「きゃああああああああっ!!!」
ルナの絶叫がダンジョン内に木霊する。
振り返った俺達の目の前に立ち塞がったのは、満面の笑みを浮かべておどけるヘイトレッドの顔だった。
反射的に駆け出そうとする俺の腕を掴むルナと、更にその肩に手をかける血塗れの化け物。
「ま、待ってください……」
まさか見捨てるわけがないよな、という意味が込められた視線。
涙目になりながらも笑顔で訴えかけてくる表情に目を瞑り、爪が食い込む程の力の入った手を強引に振り解く。
「悪いな。お前の犠牲は無駄にはしない。あばよ」
「待ってください! 待て、待てよ! ふざけんなよぉぉぉ!!!!! ちくしょう! お前がピンチのときいつも助けてやったのは誰だと思ってやがるっ!!!」
背中越しに投げ掛けられる怨嗟の声。
喉が焼き切れそうな程の罵声を受けながら、再び駆け出した。
呼吸は整った。優秀な囮も出来た。
なんとか自分だけは出口に辿り着くだけの希望が見えてきた。
◇◇◇◇
「クソがああああッ! ふざけんなッ! 見捨てやがってッッ!!!」
「うんうん。わかる、わかるよぉ。突然仲間に裏切られて辛いよなぁ」
「ぅ、あ……」
声にならない音だけが漏れる。明確に感じる恐怖だった。
私を襲うのは、私を置いて逃げて行ったロビンへの怒りよりも未知の怪異と遭遇したときの恐怖。
あの牛頭のモンスターを見たときより恐ろしさを感じている。
震えが止まらない。身体は小刻みに震え、歯がカチカチと小うるさく鳴る。
純粋な力で死を予感させるモンスターとは別の悪寒が走っていく。
記憶の中にある陰気で卑屈な無能のヘイトレッドと、圧倒的な力を持ち狂った笑い声で追いかけてくるヘイトレッド。
その二人が脳内で致命的なズレを生み出し、薄気味の悪さを嫌でも意識させられる。
生き延びなくてはならない。
どんな手を使ってでもこの場を凌ぎきり、生還する。
「ね、ねぇ! ヘイトレッド。私とパーティを組みませんか? 貴方と私ならロビンなんて比べ物にならないぐらい、いいコンビになりますよ!」
「あァァァァァァァ?」
「ひぃ……! ごめんなさい、ごめんなさい! 見逃してくれたら何でもします! ほ、ほらっ、私の身体だって好きに使ってもいいですよ!」
気付いたときには胸元をはだけて誘惑しながら、全力で媚びていた。
情けなくて惨めで恥ずかしくて涙が溢れてくる。
Sクラスの神職者でありながら冒険者パーティの頂点に立つ私が、土下座で命乞いをしている。
耐えろ。今は耐えるときだ。
ここを乗り越えれば必ずチャンスはあるはず。
「は? なにそれ」
「なにって……」
「嘘でしょ。つまんなさすぎ。もう行っていいよ。じゃ」
心底興味を失ったかのように、笑顔は消え、真顔で背中を向けてしまった。
見逃された?
いったいなぜ、どの言葉が効いたのか分からない。
しかしそんなことはどうでもいい。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
去っていく背中に投げかける感謝の言葉。
もちろん本心からの言葉ではない。やつを徹底的に油断させるための演技。
私は復讐する。辱めたこいつにも、裏切ったロビンにも。
目の前の男を殺してからゆっくりとモンスターの魔石を回収し、冒険者パーティ唯一無二の頂点へと立ってみせる。
ロッドを両手で強く握りしめ、無防備な後頭部へ向けて全力のフルスイング。
「嘘に決まってんだろ、バーカ!!」
攻撃手段を持たない聖職者の物理攻撃とはいえ、意識外からの鈍器による強烈な打撃。
Sクラスならまだしも、無能力者なら一撃のはず。
「ヒット!」
ロッドを通じて返ってくる確かな手応えに、呆気なくダンジョンの地に倒れ込むヘイトレッド。
続けざまに耕す動きを模して、後頭部を連続で殴り続ける。
やがて息が切れる頃には動かなくなったヘイトレッドを前にして、私はようやく安堵する。
「やった、やりましたよ! ははっ、ざまぁ見やがれ陰気野郎! 散々舐めやがって」
ぴくりともしない背中を足蹴にして勝利を高々に宣言する。
これで名実ともに冒険者の頂点は私だ。
ロビンが逃げ出したモンスターの核と、こいつを仕留めたという事実があればロビンも頭が上がらないはずだ。
やった。私はやり遂げた。
「やっぱりそうだよなァァァ! 盛り上げるための演出って知ってたぜェェェェ!!!」
歪な動きで180度回転する血塗れの首。
大きく開かれた目は生気を取り戻し、爛々と輝いて再びダンジョン内にイカれた笑い声が木霊する。
「ば、化け物……」
「もっと楽しもうぜ?」
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
◇◇◇◇
後ろでルナの悲鳴が聞こえた気がする。
それでも一切足を止めるつもりはない。
知ったことか。パーティの要である俺が生き残りさえすればなんとかなる。
むしろ俺がいなければダンジョンの再攻略など不可能。
あいつらはそのために犠牲になったのだ。
安いものだろう。Sクラスたったの二人で正当防衛持ちを生かすことができたのだ。
見覚えのある別れ道に辿り着いた。出口は間近だ。
息も絶え絶えになりながら僅かな希望を頼りに駆け抜ける。
あった。出口だ。
外から差し込む日差しが眩しく、目を焼く光は、天からの助けのように思えた。
俺は、俺だけが生還するため外の世界へと足を踏み出した、その瞬間だった。
━━━━ロビン君、見ぃーつけた。
「一人で逃げるなんて酷いじゃないかァ……」
「なんでお前がここに!? ルナと一緒にいたはずじゃねえのかよ!」
「ルナ? ぁあ……?」
逃げ出したときより血塗れになった姿。
不気味な笑みを浮かべ、幸福を全身で受け止めるように天を仰ぐ化け物。
その姿こそがルナの末路を表していた。
「それじゃあ今日のメインディッシュと参りましょう! デレレレレレ、デン! 冒険者の頂点に立つパーティリーダー、哀れで愚かなチャレンジャー、ロォォビィン・ロォォーワンッ!!」
ふざけている。
芝居がかった口調でドラムロールを口ずさみ、この俺を哀れで愚かだと宣う。
「お前、鬼ごっこはどうしたんだよ! 数えながら動いてただろ! ルール違反だろ」
「はぁ? 鬼ごっことか何言ってんの、お前。遊びたいなら他所でやれよ」
「舐めてんじゃねぇぞ!」
駄目だ。こいつに話は通じない。
段々苛ついてきた。なぜこの俺がただの荷物持ちで陰気なクソ野郎に怯えて逃げ惑わなきゃならない?
散々コケにしやがって。
仮にも俺は最強と呼ばれたレアスキル持ちだ。
理解できないからと言ってゴミクズから逃げ惑う必要なんて最初からなかったんだ。
「ぶっ殺してやる!! 攻撃力強化、防御力強化、移動速度強化。身体能力重ねて強化。スキル正当防衛発動」
「クライマックスといこう! 盛大に盛り上げようぜェェェ!!!」
全ての能力を強化した最大火力の一太刀。
仕留められなくても構わない。正当防衛を発動させているので、相手からの反撃にも対応でき、反撃は相手自身を追い詰める。
「へったくそだなァ……。先輩、力ってのはこう使うんだよ。スキル【正当防衛】」
「……えっ?」
それはまるで気軽に友と握手を交わすように。
「あああああああああ!!!!」
右腕が引き千切られた。
関節が外れ、皮膚が裂け、筋繊維が断たれ、筋が切れる。
血が滝のように流れ落ち、激痛が脳を焼く。
「ンンンンン、グッドスメル! これは23年物、Sクラスの勇者の血! やはり傲慢な強者の血は芳醇で濃厚な香りがしますなァ……」
地面をのたうち回りながら、目を背けていた事実に後悔する。
モンスターを倒したのも、リリスとルナを殺ったのも、紛れもなくヘイトレッド自身の力だった。
認めてしまえば俺が俺でいられない気がしたから。
散々見下していた男に負けた。
その事実は精神を完膚なきまでに叩き折るには十分だった。
「通ーりゃんせ……通りゃんせ……」
力なく這いつくばる俺の頭を、ヘイトレッドは鷲掴みにして、歌いながら歩いていく。
徐々に光は遠ざかっていき絶望に飲まれていく。
もう戻れない。二度と日の光は浴びられないこと確信する。
「天神様の細道じゃ」
「嫌だ、嫌だっ! 死にたくない! 離せ、化け物!」
幾ら藻掻こうと決して手が離されることはない。
「……怒波餓鬼」
化け物となったヘイトレッドの姿に思わず口を衝いて出たのは、神話に出てくるモンスターの名だった。
内に溜め込む荒れ狂った怒りの奔流、それを波のように発散する快楽に飢えた鬼の名。
血に赤く染まった顔、有無を言わさぬ圧倒的な暴力。
ここは鬼の腹の中。
俺達は踊らされていたのだ。充分に満たせるだけの怒りを注ぎ込むために。
溜めた怒りを爆発させ、快楽へと昇華させる供物として。
「この子の七つのお祝いに」
引き摺られながら見たのは二つに別れたルナの身体。
モンスター、リリス、ルナ。
走馬灯のようにヘイトレッドへの自らの行いを思い出す。
もし、それぞれが罪に応じた罰を与えられていたのだとしたら俺はどうなる?
「助け……助けて!! ママァーーーーッッ!!!」
もはや腕の痛みや背中の痛みなど感じない。
全身を支配するのは純粋な恐怖。
恥も外聞もなく、失禁しながら鼻水を垂らし惨めに泣き叫ぶ。
「いきはよいよい……帰りは怖い」
妙に耳に残る歌が終わる頃、俺は正気であることを捨てた。
高評なら長編化します




