幸福のゆくえ
チョット読みづらいです。ごめんね!
はじめまして、またはこんにちは。私は普段、詩や短編物語を書いています。特段文字そのものに深い興味があるわけではなく、自分の気になった文字のみを追いかける性質があります。せっかち。
……ドパガキならぬドパ中年です。
もともとこんな性格だから、読書は精神の病気になってからほぼやれていません。1番後悔しているのが『小説』を読まなかったことですね。新書ばかり読んでいました。学生の頃はそれが格好いいと思い込んでいたんです。
さて。
本日は『幸福のゆくえ』というタイトルを打ちましたので、そのことについて、現状の私目線で語ろうと思います。
興味のある人だけ、見ていってください。
◇
今。
私は精神障碍者としてB型作業所に通っています。暑い日寒い日。頑張って通所しても、雇用契約を結んでいないため工賃はカナリ低いです。
どれだけ低いかと言うと、学生の頃に1日で稼げていた金額を1ヶ月かけて稼いでいる感じです。
家もガタが来ていて、荒れているところも多く親も高齢で、いつ会社に肩叩きされてもおかしくない。
そんな一見すると不幸じゃないかと思える私生活ですが、なんと私は幸福を感じることが多いのです。きっと、病気になる前よりも確実に幸福を感じています。
病気前の私の性格は、どっちかと言うと無キャ寄りの無能でした。学生になってはじめて自分が無能であることを知ってしまったのです。
というのも、受験がゴールだった私は入学したあとに無気力になって休みがちになりました。とにかく楽しくなかった。なぜ楽しくないのかは、今ならわかります。
・自分の興味に素直にならなかった。
・もっといろんなものに興味を持って取り組むべきだった。
もし過去の私に教えてあげられるなら、「くだらない動画なんて見ずに近くの寺見て回ってみてよ!」とか「勇気出して色んな人と関わればいいのに!」とか言いまくります。
変なプライドがあるクセに無キャで無能だから、大学では良い成績を残せませんでした。その後いろんなストレスが重なり精神疾患を拗らせます。厄介ですねまったく。
最初はもう人生終わったと思いました。
でも、案外福祉や医療が手厚くて、親もたくさん支えてくれたおかげで作業所に通えるくらい復活したんです。
ずっと。
引き篭もっていました。
だからか、スーパーに行って期間限定のお菓子を買うだけでその日は幸福感に満ち溢れました。幸せのハードルが下がったんです。
しかし、病気が改善されていくと『お風呂に入れた日』や『料理で親を喜ばせた日』等、どんどん幸福が湧いて出てくるんです。
障碍者になる前は、お風呂も買い物も勿論ですがやっていました。でも、大学で無キャ無能を極めていた私は毎日が楽しくなかったです。
コンビニのサンドイッチ1個で食事終わり。
あとは適当に派遣バイトを。
そんな日々だった気がします。内弁慶なので親ともよく喧嘩をしていました。
それでも、自分には何かの才能がある。周りが気づいていないだけみたいな意識があったんです。障碍を持ち、そのことを一旦忘れることにしました。
そうしたら、私のやりたいことが見えてきました。
親が気分転換にと連れて行ってくれた北海道展で食にハマり、自分でも作りたくなって自炊し、ネットで話題になっている映画を観に行き……、
それが知らぬうちに幸福になっていたんです。
最近は作業所に通い始めて、外に出る機会も増えました。新商品のお菓子、手の込んだ自炊、食材の目利きなど、今まで挑戦してこなかったことにどんどん取り組んでいます。
学生の頃の私があのまま歳を取っていたら、何にも出来ない超無能無キャニートになっていた可能性もあります。
そんなことを思いつつ。幸福も数を味わうと鈍麻していくもので。お風呂に自炊を熟した休日に満足しつつも、すぐに願いが思い通りになると不安にもなるものなのです。
時には不幸でいることのほうが心地よく思えて。でも、やっぱり幸福を感じたい。ワガママなんです私は。
纏まりのないエッセイになってしまいました。言いたいことはコレだったのかなぁと思いつつ。カタチにはなったから投稿しますね。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
皆様の幸福が、永く続きますように。




