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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

音の無い絵

作者: 弾宇一
掲載日:2026/08/03

〈物語のはじまり〉

 仁科ルイコがその音に引き寄せられ、辿り着いたのは…入口の塞がったトンネル。

 何十にも木材が打ち付けられたソコは、周囲とは違う空気が漂っていた。

(あぁ…来るんじゃ無かった。あの声…行方不明の妹、リリコの笑い声を追って…自転車に乗り、こんな山奥にまで来ちゃった。気色の悪いココに)

 カツン、カツン、カツン…

彼女の後から、足音がする。

(違う違う…きっと聞き違い。怖い怖いと思ってるから、こんな自然音にビビるだけ。私は負けない…)

 ルイコは気を紛らわそうと、あの時の事を思い出していた…


〈ルイコ主観:過去〉

 両親が、私達姉妹を捨てたと分かったのは…借金を取り立てに来たサングラスの男に、理不尽な暴行を加えられた時だった。

 「お願い…私はいいから、リリコには」

(カラダが、勝手に…動く)

 「お姉ちゃん、お姉ちゃん…エェ〜ン」

無我夢中で大暴れした後、錆びた包丁を手に…血まみれになった私を見て、泣きじゃくる妹。

 「トドメ…刺さなきゃ」

ブス、ブスブスブスッ!ザクッザクッ…グヂュグヂュ…

男を返り討ちにしながら…いつの間にか笑顔になっている自分が恐ろしい。

 

 その後、病院の精神科に拘束された私は、捕縛した胡散臭い刑事から、妹が施設に入れられた事を知る。

 名前は伏せられていたけど…新聞やTVで私は有名人。

(もう、あの娘と会えないのかな…)


 「悪い知らせがあります…」

そう言って、病室に無造作に入って来たのは、あまり美人ではない、中途半端に年を食った保護司の女…ソイツから嫌な話を聞かされ、興奮してしまう。

 「リリコが消えたんですか?まさか誘拐っ!」

食い下がる私を看護師達が抑えつける。

(コイツが言うには、園の者が目を離した隙に妹がいなくなったって…そして)

 「山中から、血のついた下着と靴が発見されたんだけど…遺体はまだ」

 「死んだって決めつけないでっ!」

私は信じない、あの元気な妹がそんな事になるなんて。

(その証拠にホラ、今もあの子の笑い声が聞こえる)

 「ウフフ…ハハハハハハ…」

 

〈病院内を俯瞰:その(あと)

 「うっ…気持ち悪い」

ルイコを不快にさせた女は、皆藤さとみ。面談の跡、病室の廊下で吐き気をもよおしていた。

 ギギギ…ギギギギ…

(何あのイヤな音…まだ耳に響いてる)

ムニュムニュ…ブニュグジュ…

 「なに?」

ふと自分の爪に目をやると、その隙間からミミズが這い出してくる…

 「うわぁっ!」

思わず振った手を壁にガンっとぶつける。

接触面は紫色に腫れ上がり…

 ムヂュムヂュ…グボグボ…

山のように盛り上がった部位はやがて裂け、大量の蛆虫が溢れ出す。

 「ぎゃっ!ぎやっ!」

狂った様に頭を振ると、さらに頭をぶつけ…   

 ボロッ…ボトッボトッ…

眼球が地面に落ちる、すると裂けた額と目の穴から…無数の蠅が。

ブイィィ〜ン…

 

 「うるさいな…」

プシュ〜!

部屋に入り込んだ蠅を殺虫剤で始末するルイコ。

 でも彼女は気づいていなかった。その死んだ蠅の顔が…保護司のさとみだった事を。


〈ルイコ主観:後日〉

 自宅へ帰る事を許された私は、あのいけ好かない女が自殺した事を知った…でも、ザマアミロとは思わ無かった。逆に可哀想とも、事情を知らない私がそう感じる権利は無いって思う。

(私には、リリコしかいない。あの子を探す事だけが生きる理由)

 退院後すぐに立ち寄った、施設から預かった妹のノートには…

[包丁を持った笑顔の女の絵と、足元に転がる目玉の描写。文字で、ミミズとハエ]と書いてあった。それが1頁目…パタッと閉じた後、しばらくは開かない事にした帰り道。

(ん?誰かにつけられてる)

背後の電柱に気配が…

(もっと、上手くやれよ。この暑い時期にコートって…私を捕まえたあの刑事だな)

 生活保護の資金で借りた安アパートに戻る。その一室で、カップ麺をすすりながら窓の外を見ると

(まだいる、ボサボサ頭の男。怪し過ぎるだろ…不審者通報したろか、警察に。なんてね)

 パンパンパンパンッ!

(安っぽい音、何か煙…クッサ、タバコか?)

 バタンッ

窓とカーテンを閉めきった。中までは入って来ないだろう。


〈刑事の運命:その続き〉

 尾行していた刑事は、保護司の不審死の疑惑をルイコに対して持っていた。

 「こちら、二宮。今、容疑者…イヤ、疑いのある娘、仁科の自宅前だ」

携帯で本署に連絡中。

 ブ〜ン…

 「シッシッ」

彼の回りを蠅がたかる。

 チュウウウ〜!

 「痛っ…」

首元にくっついたその虫は、人の顔をして…はみ出した神経を通じ、血を吸っていた。

 「お、おわぁぁ!」

手ではらいながら、狂った様に拳銃の空砲を打ち鳴らす。

 ゴロゴロッ

気がつくと…回転しながら、首の無い自分の胴体を、地面から見上げている。

 「ギ…ギギギギ…」

男が声にもならない音を発し、救急車で運ばれた先は…ルイコが入院していた病院。

 医師と看護師が遺体を囲み、検死をしている。

 「CTの結果ですが…脳が」

モニターに映る刑事の頭蓋骨の中は、空洞だった。

 ムチュムチュムチュ…

医師達は気づいていなかったが、彼等の足元を脳髄が徘徊している。

 そしてその物体は消えた。

 

 ジャ〜!

ルイコに妹の失踪を告げた後の時間軸…トイレで用を足していた保護司のさとみは、自分の股間に違和感を覚える。

 「何?このモゾモゾ…ま、気のせいか」

便器の中を蠢く脳味噌は、繊維の様ににバラけ、ミミズ化し…下着を下ろした彼女の中へと入ってゆく。時間と空間を無視して…

 病室の通路に飾ってある、壁掛けの風景画の中…古い田舎の家屋の戸から、ひとりの少女が少しずつ姿を現す。その目は閉じられ、そこから血が流れている。

 「フフフ…ギギギギギギ…」


〈リリコ主観:過去〉

 「何これ、きっしよく悪い」

 子供の頃…ワタシが絵を描いていると、いつも姉がやって来て取り上げた。

 ビリビリビリッ

 「お姉ちゃんヤメてぇ、クトゥルフ様が怒るよ」

 「おかしな絵ばっかり描いて、キモいんだよ」

彼女は、ワタシのイマジナリーフレンドの邪神の絵を破り、足で踏みつけ…ワタシの髪の毛を引っ張りながら、地面に顔を押しつけた。

 「ゴホッゴホッ…やめなさいルイコ、たった一人の妹でしょ」

病弱な母が止めに入る。

(て言っても口だけ、ワタシを解放するだけの力を持たない役立たず)

 「冷蔵庫にプリンあるから、ふたりでお食べなさい…」

 「いいの、ヤッタ〜」

ワタシから手を離し、冷蔵庫を漁るルイコは意地汚い。

 「ホラ、アンタの分よ」

 「あり…がと」

ボトッ…

プッチンの部分を目の前で折られ、地面に中身を落とされ…グシャッと潰れる。

 この時ワタシは、初めて殺意を覚えた。


 その後も諍いは絶えなかったが、何とかやり過ごし、姉が中学生になった頃…両親がワタシ達を捨て、金品を持って夜逃げしたんだ。

 「金、払えなきゃ…分かるな」

土足で上がり込む反社は、姉に詰め寄る。

 「私さ…ヤリマンだから、つまんないよ。妹は処女だから…ね」

(この女、何を言って)

 半笑いのルイコを見上げながら、背後から突き刺さる異物に…声にならない叫びをあげた。

 太股から流れる血が、画力がアップしたワタシの悪魔の絵に染みる…

 ドクンドクンッ!

(邪神様…このクソ女に、取り憑いて)

 白目を剥いて正気を失った姉は、ゆっくと炊事場から持ってきた包丁を上に掲げ男を…

 ドスドスドスドスッ!

 それを見たワタシは、笑い過ぎて血の涙を流す。


〈そして現在〉

 ルイコは、トンネルを塞ぐ板を外し中へと入ろうとする。

(痛っ…釘で少し指突いた)

 ヌチュヌチュ…

彼女が手に持つリリコのノートに、ヌルヌルした血液が付着した。

 ドクンドクンッ

心臓が早鐘を打つ…

(この感覚、あの時と同じ)

自らが殺人を犯した時の記憶と一致させ、また自意識を失うのではないかと恐怖する。

 「お姉ちゃん…助…けて」

(また声、空耳?そうだ…あの時既に、妹は死んでたはず。私の身代わりに酷い目に合って、息を引き取っていた。でも私が暴走した時、目の前で泣いていたのは誰?)

 ギギギギギギギギ…

(イヤな音、それとも声?)

 「ワタシだよ!」

ドンッ!

 ルイコの肩口に女の子の声と共に、手が乗る感触がする。

グヂュ…グヂュ…

 振り向いた時、見えた手首から下は無く…切り口から無数の触手が蠢いていた。

 「いゃああ〜!」

 ドンッ!

彼女を突き飛ばすサングラスの男。

 「間に合ったか…」


〈ルート:影男〉

 退魔師の資格を持つ俺は、ある姉妹を追っていた。仁科家のふたりの娘…そのどちらかが、魔に侵食されているという依頼を両親から受け、彼等を一旦遠くへ逃し…借金取りのやくざに扮して、娘達に近づこうと考えていた。

 「影男、これを」

路地裏で、女占い師の格好した師匠の霊黒が俺に神器を渡す。

 「鏡…ですか?」

 「真実を映す…かもね」

 「かもって」


 ドンドンドンッ!

 「開けろっ!」

悪役を演じ、戸を強く叩く俺。

(あ〜、手が痛い)

 バ〜ンッ!

(クソッ、ロックされてなかった…)

珍しい押戸の内側に吸い込まれた。

 「お姉ちゃん、怖いよ」

まだあどけない姉妹が…姉は妹を庇い、抱きしめている。

(イヤ、俺ホンマの悪人やん。イカンイカン、これを…)

 ピカーン

魔鏡にふたりを映して見た。

(姉は、誰も、抱きしめて…いない)

 「お前…死ぬよ」

 ブチッ!

その声の後…耳に激痛と、熱い感触。空間で咀嚼するその唇は…ヨダレと血を滴らせる。

(食いちぎりやがった、バケモノめ)

 鏡の内側に組みまれたナイフを取り外し、透明なシルエットに口だけのソイツに突き刺した…何度も何度も、執拗に。

 「お姉ちゃん、ヤメてっ!」

(そのはずだった俺は…いつの間にか入れ替わられ、姉のルイコに殺傷された、のか?)


〈再び現在〉

 「オジサン…死んだはずじゃ、てか私が殺したよね」

助けてくれた男は、かつてルイコが殺したはずの、ヤクザだった。

 ギギギギギギギギギギギギッ!

 「オジサン?誰の事言ってんの…ワタシだよ…お、姉、ちゃんっ!」

 「いやあぁぁ〜!」

男の顔は妹に変形し、首が伸び…口は頭の後ろ側まで裂け…さらに頭部が360度回転し…頭が割れ、脳味噌をブラブラはみ出しながら、目から緑色の液体を垂れ流していた。

 「ゲヘヘヘヘ〜!うっ…グぇぇ〜ゲボゲボゲボ…」

笑いながら、肉塊を吐き出す。

 ズルズルズル…

小さい人型をしたそれは、這い回っていた。

 「オギャ〜オギャ〜」

 「赤…ちゃん、おいで」

ルイコは、血まみれのソレを抱き抱えて胸に顔を埋めさせる。

 「オッパイ…」

ブチッ!ブシュ〜!

左胸を噛みちぎられ、血が噴出するが。

 「何で私の…緑色?ハァ…ハァ…」

ブゥゥゥ〜ン

ルイコの胸元から、蠅が数十匹飛び出す。

 「ハハハハハハハハハハッ!」

笑う虫達は、二宮刑事の顔をしていた。

 「もうやめてっ!リリコ…私が悪かったわ…許して…お姉ちゃんを」

(って、ナニコレ?胸が何ともなってない…それに、あの赤ん坊もいないわ。にしても、また…あの音)

ギギギギギギギギッ…

 

 ルイコは思い出していた。幼い頃の夏の日を…

 幼少のルイコとリリコは、古い茅葺屋根の祖母の家で蝉の声を聞きながら…居間でスイカを食べていた。

 ふたりは次々と食べ進めるうち…最後の一個になり、妹は姉の顔を見上げた。

 「コレ、リリコにちょうだい」

 「ダメよ、お姉ちゃんが食べるんだから」

 「ヤダヤダ…お母さん」

駄々をこねながら、母親の顔を見る。

 「今度プリン買ってあげるから、ね」

 「ちぇ〜」

親にそう言われ、しぶしぶ諦めるリリコ。


 (何でこんな事…今思い出すの)


 「はっ…」

ルイコが気づいた時、自分が普通にコンビニで買い物をしている事を自覚する。

 「どうせ…また幻覚ね」

家への帰り道。

カツカツカツ…

(何でアスファルトの地面なのに、こんな足音響くんだろ)

 ふと左右を見ると、壁が湾曲している。

 「ここ…あのトンネルの中?」

 バサッ

足に新聞紙が引っかかる。

[殺人犯の妹の少女、トンネル内で担当刑事に惨殺される]

の見出しが目に入った。

(犯人の顔…あの刑事だ)

 ブィィィィィ〜ン…

新聞の顔写真から、そのまま刑事顔の蠅が飛び出した…それは三つに分身し、もう一匹は保護司、最後はヤクザ退魔師の男の顔をしている。長い舌をベロベロ伸ばし…ルイコの顔を舐め回した。

 「臭いっ…グぇっ」

彼女は嘔吐する。そして頭を押さえ、うずくまっていると、背後に立つ人影が…首の無い、蠅に顔を持っていかれた三人の胴体が、手に血のついた包丁を持って彼女を狙っている。

 「イヤッ…助けて…助けて…ゴメンなさい…ゴメンなさい…」

言いながら、コンビニ袋をゴソゴソするルイコ。

 「これをっ!」

足元に、三連プリンを半狂乱で置く。

 ギギギギギギギギッ

突如、3メートルくらいに巨大化したリリコが現れ…三人をバリバリと喰い殺す。そして、蠅を足で踏み潰した。口から血と内臓をはみ出させつつ咀嚼し…

 「まっず…」

 「アワワワワ…」

金縛りに合って、動けないルイコに…首を延ばしてその真っ黒の瞳と裂けた口を近づけるリリコ。

 「わ〜い、三つもある。お姉ちゃん…アリガト」

子供の頃のカワイイ姿に戻ったリリコは、嬉しそうにプリンを手にしていた。

 「グスッ、えっ?」

 「バイバイ…」

涙を流すルイコに手を振り、光に包まれるリリコ。

 「待って…リリコ…リリコぉ〜!」

彼女が手を伸ばす先の、回転する螺旋に手は届かず…妹はスッと消える。

 

 ルイコは今現在…夜だと思っていたが、トンネルを出ると真っ昼間。ゆっくりと立ち上がった。

 「さ、帰ろ…」

 トンッ!

肩を叩く手…

 「一個足りないっ!」

握られた包丁だけが目に入り…それが誰かを知る由もなかった。


                 おしまい



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