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ゲーム世界に転生させる仕事の話 ~電脳世界の偽りの神《アルコーン》~

作者: 竹屋 兼衛門
掲載日:2026/06/07

フルダイブ型ゲーム機が普及した近未来。


ゲーム開発という仕事は、ほとんど消滅していた。


世界中のゲーム会社は共通のミドルウェアを使う。


世界観を入力する。


設定を入力する。


キャラクターを入力する。


するとAIが自動で街を作り、住人を作り、物語を作り、クエストを作る。


結果、プログラマーの仕事は激減した。


街を作る必要はない。


物語を作る必要もない。


AIの方が上手だからだ。


誰でもゲームを作れる時代だった。


だが、一つだけ問題があった。


AIは悪になれない。


村人は親切だった。


盗賊は話し合いを求めた。


ドラゴンは自然保護を訴えた。


魔王は勇者に和解案を提出した。


プレイヤーは笑った。


そして飽きた。


ゲーム会社は困った。


何度調整しても、AIは人を本気で憎まない。


騙さない。


裏切らない。


煽らない。


嫌がらせをしない。


人間がやるようなことをやらない。


だから面白くならない。


そこで生まれた職業がある。


悪役。


正式名称は、


対人感情刺激演技士。


業界では単純に、


ヴィラン役


とも呼ばれていた。


つまり――


AIが奪い尽くしたゲーム業界で、


残ったのは、悪役だけだった。


株式会社トラクターエンタテインメント。


元プログラマーだった社長の中山田は病院の廊下を歩いていた。


個室の前で立ち止まる。


ガラス窓の向こう。


ベッドの上には女性が眠っていた。


大早川。


二十一歳。


一年前、交通事故。


現在も植物状態。


しかし彼女は同時に、


世界最大のMMORPG『メガデスハピネス』において

最大の人気者でもあった。


中山田はインターホンを押した。


病室内のモニターが起動する。


ゲーム画面が表示された。


巨大な黒い玉座。


紫色のドレス。


角。


翼。


そして可愛らしい少女の姿。


魔王デスハピちゃん。


プレイヤーから最も愛され、


最も憎まれている存在だった。


画面の向こうで魔王が笑う。


「おやおや~? 社長さんじゃないですか~♪」


元気だった。


少なくともゲームの中では。


「調子はどうだい?」


「今日だけで勇者を二十三人泣かせましたねぇ」


「素晴らしい」


「ぷぷぷ。

 七人はフォーラムで引退宣言してましたよ~」


「最高だ」


中山田は満足そうにうなずいた。


魔王デスハピちゃんは人気だった。


なぜなら性格が最悪だからだ。


善良なAIが演じるNPCを脅迫し、


無理やり魔王軍に徴兵する事を


面白がっている。


そしてプレイヤーが油断した瞬間を狙う。


約束を破る。


挑発する。


煽る。


時には勝利目前の勇者に土下座して命乞いをし、


油断させてから背中を刺す。


AIには絶対にできない。


人間だけが持つ、


残酷で卑怯な愛すべき才能だった。


プレイヤーたちは怒った。


そして熱狂した。


討伐配信は毎回数百万人が視聴する。


フォーラムでは毎日炎上する。


しかし誰も辞めない。


デスハピちゃんに勝つためだ。


病室のドアが開いた。


母親が出てくる。


中山田は封筒を渡した。


「これが報酬です。

 今までの入院費を払っても余りますよ」


母親は中身を見て固まった。


「こんなに……」


中山田は当然のように答えた。


「うちの看板魔王になりましたからね。

 ボーナス込みです」


母親はしばらく黙っていた。


そしてベッドの娘を見た。


「あなた、本当に楽しんでるの?」


その瞬間。


モニターの魔王が即答した。


「めっちゃ楽しいよ~♪」


母親は思わず吹き出した。


久しぶりだった。


娘の笑顔を見たのは。


モニターの魔王が小さく言う。


「お母さん、心配しなくていいからね」


そしてすぐに。


「さてさて

 次の勇者を泣かせに行きますよ~♪」


帰り際。


中山田はモニターへ言った。


「来月、大型アップデートする」


「へ~。

 何を変えるですかぁ?」


「新しい悪役を追加する」


デスハピちゃんが楽しそうに笑う。


「どんな人ですかぁ?」


中山田はタブレットを開いた。


今日届いた報告書。


事故患者。


十七歳。


ゲーム実況者。


SNS炎上歴多数。


学校で問題行動あり。


クレーム件数四百七十二件。


家族関係不良。


現在昏睡状態。


「どうだ?

 適性は十分だろう?」


デスハピちゃんは声を上げて笑った。


「いいですねぇ

 面白い魔王になりそう」


「いや」


中山田も笑った。


「悪徳商人だ」


病院を出る。


夕暮れだった。


街にはフルダイブ広告が並ぶ。


異世界へ行こう。


新しい人生を始めよう。


そんな言葉が踊っている。


その隣には、


『悪役ランキング発表』


という巨大モニターもあった。


今月の一位は、


もちろん魔王デスハピちゃんだった。


中山田は少しだけ考える。


昔、人々はゲームの主人公になりたがった。


今は違う。


主人公はAIで足りる。


勇者もAIで足りる。


王様も村人もAIで足りる。


だが。


憎まれる役だけは違う。


誰かがやらなければならない。


誰かが嫌われなければならない。


誰かが裏切らなければならない。


誰かがプレイヤーを本気で怒らせなければならない。


AIにはできない。


だから人間が必要だった。


中山田は次の病院へ向かった。


新しい悪役を迎えに。


中山田は緩めていたネクタイを締め直す。


「さて」


独り言を漏らす。


「今度は神様役だな」


中山田は次の病室のドアを開いた。


目を覚まさない少年へ微笑みかける。


「おめでとうございます」


それが彼の決まり文句だった。


そして――


転送前説明。


スキル提示。


チート付与。


そして『自由』という言葉でそそのかす。


現実に戻る方法だけは、


最後まで教えない。


言えない。


こうして、また一人の人生がゲームの素材になる。


中山田は思う。


これをAIは悪と判断するのだろうか。


自分を負かした、あの天才は。


だが聞くことはない。


聞いてしまえば、


答えに従いたくなるからだ。


それが、彼の仕事なのだから。


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