08話
ルーク
騎士団の宿舎で目を覚まし、真っ先に彼女の元へと向かった。
薄曇りの灰色の空が広がっており、王宮の本館へと続く渡り廊下を急ぎ足で歩く。
頭の中で渦巻くのは、彼女の力が一体なんなのかということと、彼女自身の王宮での今後の扱いについてだ。
彼女は、長年王宮の一流練茶士たちが手を尽くしてきたものに対して、一晩で軽々と飛び越えるほどの力を見せてしまった。
彼女が救ったのはこれで二人目で、どちらも重病人だ。アシュベル王子に至っては他に例を見ない体質で、専用のお茶など開発されてすらいない。
彼女が練茶すればどんな病にも効く、という触れ込みだけで、かなりの騒ぎになるだろう。もし、その効果が体調不良や病だけではなく、外傷にも効くとしたら、事はもっと大きくなるはずだ。
先のことを案ずるたび、彼女をここに連れてきたのは間違いだったのではないかという思いと、誰か他の手に渡る前に保護できてよかったのではないかとふたつの考えが交差する。
私が支えなければ。
彼女の部屋の扉の前に立ち、深呼吸をする。
ちょうど出てきた侍女に朝食と身支度を終えたことを聞き、扉をノックした。
返事が聞こえて扉を開くと、彼女は窓際に立っていた。私を視認して「おはようございます」と微笑む。
アシュベル殿下の部屋から戻ると、彼女は力が抜けたようにぽす、とソファへ腰掛けた。よほど緊張していたのか、小さく息を吐き、目を閉じる。
今し方、殿下の希望で朝晩の練茶係としての役割が決まったばかりだ。
「殿下の発言は意外でした。あなたを指名するなんて」
「……はい、驚きました」
「よほど、体の具合がよくなったのでしょう」
私が向かいの席に腰掛けながらそう言うと、彼女は何かを考えるようにゆっくりと頷いた。
「それで、今後のことですが。申し訳ありませんが、しばらく、あなたは家に帰れない可能性が高いです」
「……そうですよね。殿下のお体のこともありますし」
「はい、それも一因ではありますが。おそらく、王宮の者たちはあなたの力について詳しく調べようとするでしょう」
少しの沈黙の後、彼女は俯き、「はい」と小さな声で返事をする。
本人が、感じていないはずはない。今自分が、どれほど大きな渦の中心に立っているのかを。
「あなたのお父上には、店の手伝いに出した従者づてにお伝えしています」
「そう、ですか」
「近日中にこちらへ来てもらい、家族で話せる機会を設けましょう」
「はい、……ルーク様、いろいろと、本当にありがとうございます」
彼女は不安そうな表情を覗かせながらも、気丈に微笑み、頭を下げた。
本当は今すぐにでも馬に乗せて自宅に帰し、いつも通り笑顔で店に立っていてほしい。このまま日常に戻してやれたら、彼女だけでなく、私の心もどれだけ楽だろうか。
「エトーリアさん」
「はい」
「私はこの後、報告に行かねばなりません。何かあれば、扉の外の護衛か侍女に申しつけてください」
「……わかりました。」
「遠慮せず、気を楽にして過ごしてくださいね」
「ありがとうございます。ルーク様、いってらっしゃいませ。」
立ち上がる私に合わせて彼女も腰を上げ、軽くお辞儀をして見送ってくれる。
少しでも安心してもらおうと浮かべた微笑みは、彼女の役に立っただろうか。
ライアス殿下の執務室へ向かうと、既に殿下ともう一人の男性が向かい合わせに座っていた。
「申し訳ありません、遅くなりました」
私の挨拶と同時に二人がこちらを見て、「あぁ、ルーク」「やぁ」と同時に声が飛んでくる。
「先にフィローに説明を進めていたところだ。エトーリアの様子はどうだい」
「特に変わりありません。些か不安そうではありますが」
「そうか……。まあ、いきなりのことで私も彼女には申し訳ないと思っているよ」
ライアス殿下は眉尻を下げ、私がフィロー様の隣に腰掛けるのを見届けてから「それじゃあ続きを」と会話を再開した。
フィロー様はライアス殿下の話を聞きながら、こめかみのあたりに人差し指をあて、眉間に皺を寄せている。
彼は王宮練茶士として長年この王宮に仕えてきた人物だ。
希少なエルフの血を引いているため耳の先は尖っており、若々しく、美しい肌と顔立ちをしている。
しかし彼の実年齢は誰も知らないという謎多き練茶士だった。彼はこの王国に元々あった練茶という技術を産業化した張本人であり、先代の王と共に国を大きく成長させた立役者だ。
様々な病に効果のある茶葉の配合を発見し、国中にその研究を広めてきた、練茶研究の第一人者でもある。
「練茶道具を調べたけど、特に変わったところはなかったよ」
「そうか。君が見ても何もないのであれば、道具ではないのだな」
フィロー様は長い金色の髪をなびかせ、「何か他に気づいたことは?」とため息混じりに私とライアス殿下へ視線を投げる。
軽い威圧感は常に彼が発しているもので、殿下に対しても隠そうとはしない。それは彼が持つ本来の性格である上に、国のトップ練茶士として君臨してきたプライドがそうさせるのだろう。この国にとって、それほど彼の地位は高いのだ。
「そういえば、彼女は……まじないをしていました」
「まじない?」
口を開いた私に対し、容赦無くフィロー様の眉間の皺が深くなる。
「単なる子ども騙しかとは思うのですが。幼い頃母親に教わったまじないを、練茶の最後にしていました」
「ふぅん。どんなまじない?」
「こう……星を描くような。もう少し複雑な模様に見えました」
「ああ、そうだった。星の角が5つではなく、もう少し多かったように思う」
「星、ね」
まじないに願いを込め、最後に息を吹きかける。
彼女の独特な行動を思い出し、フィロー様に伝えると、彼はふう、と一つため息をついた。
そんなものは意味がないと一蹴されると予想していたのだが、気づけば眉間の皺はなくなっている。
「詳しくは調べてみるけど、……ちょっと思い当たることがないわけじゃない」
「フィロー、本当か!?」
「まだ騒がないでくれ。確証があるわけじゃないんだ」
諌められたライアス殿下は「何かわかったことがあればすぐに知らせてくれ」とフィロー様に念を押した。「あぁ」と短く返事をした彼は立ち上がり、「じゃあまた」と長いローブをはためかせて、あっという間に部屋を出ていく。
ライアス殿下は私と顔を見合わせると、期待できるかできないか半々だなとでもいうように肩をすくめてみせた。
「そういえばルーク。王の指示でエトーリアに専属護衛をつけることになったよ」
「専属、ですか」
「あぁ、君を推薦しておいた。引き受けてくれるだろう?」
彼は私が断るはずなどないことをわかっている表情で質問する。
「もちろんです。ありがたくお引き受けします」
立ち上がり胸に手を当て、国への忠誠を誓う敬礼をした。
ライアス殿下は目を細め、「頼んだよ」と言葉をかけられる。
この人はどこまで私の気持ちをわかっているのだろうかと勘繰りたくなるが、やめておく。一瞬、別の従者や騎士をつけ、王宮側で彼女の身柄を管理するという話かと警戒したこともあり、内心ほっとしていた。
「それから、補佐につく騎士や侍女たちも君が選んでくれ。彼女のことは君がよくわかっているだろうから」
「はい。ありがとうございます」
「侍女長にも話をつけておくよ」
いくつか言葉を交わし、ライアス殿下の執務室を後にする。
扉の両脇に立つ護衛から少し離れたところで、大きく息を吐いた。




