04話
エトーリア
そこは、とても冷たい空間だった。
窓からは夕陽が差し込んでいるのに、部屋に足を踏み入れた途端にひんやりと冷たい。その冷気の元を探すまでもなく、静まり返った部屋に置かれた大きなベッドに視線が向いた。
そこに横たわる銀髪の男性がひとり。彼こそが、私がここに呼ばれた所以であるとすぐにわかった。
私たちが部屋に入っても反応はなく、目を閉じたまま。
人のものとは思えないほどの白い肌だった。
ベッドに近づき、病状を把握しようと体を前に傾けた瞬間、「エトーリア」と名を呼ばれ、左手を掴まれる。はっとして見上げれば、数十秒前に初めてお会いしたライアス殿下が私を見ていた。
わずかに口角を上げ、目を細めた優しげな表情の奥に、深い悲しみの色が見えた気がした。殿下は私の手を離し、口をひらく。
「あれが、僕の弟だ」
「弟……」
ルーク様へ視線を向けると、「第二王子、アシュベル殿下です」と付け足された。
応えるように2回頷いてみせる。
最近第二王子の姿が見えないことは、街でも時折話題に上がっていた。しばらく前までは軍を率いて戦へ向かい、無傷の堂々たる姿で帰還するのを私たちも目にする機会があったからだ。
ライアス殿下は「この状態になってしまうと、触れるのも危険なんだ。気をつけて」と私が王子に近づくことを許可してくれた。引き止められたのは私のためだったのだとわかり、「わかりました。ありがとうございます」と頭を下げる。
言われた通り、一歩ずつ慎重に進んでいく。近づくたび、徐々に周りの空気が冷えていくのが分かった。
彼の横に立った時には、吐く息が白くなるほどに。
本当に生きている人間なのかと疑ってしまうくらい、ベッドに横たわるその顔には血色が感じられなかった。
けれど確かに、彼の胸はわずかに上下に動いていて、呼吸しているのだとわかる。
「見ての通り、弟は珍しい体質でね」
ライアス殿下がベッドを挟んだ向かいで、眠る彼のことを見つめながら口を開いた。
「元々、人よりも体温が低いくらいのものだったんだけど。ここ数年でかなり悪化してしまって」
ライアス殿下は、これまでは王宮の練茶士が調合したお茶でなんとか進行を抑えていたこと、最近急激に悪化し、ついに目を覚まさなくなってしまったことを説明してくれた。
以前にも意識を失うことはあったけれど、今回のように1週間も眠ったままになることはなかった。冷気を放つほどの体温で、どうして生きていられるのか不思議だと医師にも言われた、と。
おそらく、もってあと5日。
そう告げられたのが今朝のことだった。
「あと5日……」
「既に手は尽くしたんだ。そんなところに、君の店の話を聞いてね」
ライアス殿下は私に微笑みかけるけれど、表情には疲れの色が見える。きっと、アシュベル殿下のことを皆で何日も見守ってきたのだろう。
「突然こんな話を聞かされて驚くのも無理はない。だけど、君が、私たちの最後の希望なんだ」
彼は私をまっすぐに見据えて、その深く青い瞳に縋るような色を映していた。そこにあったのは、王族として私たち民衆に向ける威厳のある姿ではなく、兄として、愛する弟を失いかけている一人の男性の姿だ。
「……すぐに準備をします。ルーク様、道具はどちらに」
「ええ。ここに運ばせます」
いつの間にかすぐ傍に立っていた彼は、扉の先に「入れ」と声をかける。外で待機していたようで、数人の騎士が見慣れた私の道具と茶葉を運び入れてくれた。
これほど豪華絢爛という言葉が似合う室内に、自分の道具が並んでいく違和感は否めない。部屋の入り口近くに揃えてもらったそれらに近寄り、いかなる状況にも対応できるよう持ってきた材料の中から、適切と思われる茶葉をいくつか手に取った。
人が氷のように冷たくなる。
こんなケースを見たのは初めてのことで、ただ「体を温めること」に特化したものを選択したに過ぎない。
王宮の練茶士たちが今までずっと付き添って対処してきた病に対して、今日初めてアシュベル殿下にお会いしたばかりの自分が何かできることがあるのだろうか、という気持ちが湧き出てくるのは否めなかった。
それでももう、やるしかない。
効能ごとに茶葉を選び、最後にふと目に止まった材料も手に取った。
甘い果実を乾燥させたもので、茶葉全体の苦味を抑えることができるものだ。
よく効くお茶は顔を歪ませてしまうほど苦いものが多い。きっと殿下が日々飲んでいたお茶は、趣向性よりも強い効果を重視したものだっただろうから。それに、もしかしたらこの甘い香りは刺激になり、殿下の意識を取り戻す手助けになるかもしれない。
ライアス殿下の表情が物語っているように、アシュベル殿下は多くの人に愛されている。
市民の中にも、アシュベル殿下の武勇やお姿を楽しみにしていた人々も多いのだ。
この現状を知ったら、きっと皆ライアス殿下と同じように悲しみ、戻ってきてくれと願うだろう。
私が淹れるお茶で、彼への様々な人たちからの愛が伝わるように。この果実に、そんな思いを託したかった。




