03話
ルーク
王国騎士団の部下たちが馬車に次々と荷物を積んでいく。やはり、荷積み用の馬車も用意していて正解だった。
病状も告げずに準備をしてもらったのだから、あらゆる効能を持つ多様な茶葉を持参するという彼女の判断は至極真っ当なものだ。王宮内にも練茶士専用の塔があり、そこに国内で流通している茶葉のほとんどは揃っているのだが、彼女の起こした「奇跡」の理由が本人にもわからない以上、材料から用意してもらう他ない。
「たくさんあってすみません」と部下に頭を下げている彼女に「いいんですよ。想定内です」と声をかける。
「さあ、あなたはこちらに。私も一緒に乗りますので」と、客人用の馬車の扉を開けて乗るよう促した。エスコートしようと手を差し出すと、彼女は不思議そうに私のことをまじまじと見つめている。
なにか、おかしなことでも口走っただろうか。それとも、一緒に馬車に乗ろうとする私に対して怪しまれているのだろうか。
「どうしました」
「……すみません。初めてそのお姿を拝見したので」
「少し見惚れてしまいました」と無邪気に微笑みながら言われ、不意のことに顔が熱くなるのを感じる。
確かに、この店に騎士団の正装で来たのは初めてのことだ。彼女は今後の経緯によっては王宮にとって重要な客人になる可能性があり、また、城に戻ってから会う相手を考えれば当然のことだった。
彼女の素直さに一瞬気を緩めてしまったが、今はこんな油断をしている場合ではない。自分を律するように「さぁ」と再び促すと、彼女はぎこちない動作で手を添えた。馬車に乗り込んだ彼女の後に続き、向かいの席に腰掛ける。
「あの、まだ詳しいことは聞かせていただけないんでしょうか」
彼女は不安げな色を滲ませ、正面に座る私に視線を向けた。
「はい、申し訳ありません。最高機密として扱うようにと言われていまして。城についてからご説明します」
「最高機密、ですか」
私がその言葉を発したばかりに、彼女の顔色は更に曇ることになる。
それはそうだ。城に行き、最高機密を知り、その後彼女が調合したお茶で効果が出なければ、どうなるか。国家機密を知った人間を「それではさようなら」と簡単に返せるような話ではない。昨夜騎士団に命令が降り、今朝、彼女の店を訪れるまで、私がずっと考えていたことでもあった。
「ご心配なく。もしものことがあれば、私が責任を取ります」
「責任、って……」
「あなたのことは必ず守ります」
私の言葉に、彼女は目を丸くする。
騎士に二言はない。
もしもの奇跡が起きなかった場合、自分がどう動くことになるか。既に一度、決心はついていた。
もちろん、第一に願っているのはその奇跡が実際に起こってくれることに他ならないのだが。
私がこの店の常連でなくても、他の誰かが彼女を城に迎えただろう。それでも、縁あって私がこの役目につくことができたのだ。私が彼女を城に連れていくという任務を任された以上、責任が伴うのは当然のことだと考えていた。
彼女を迎えに出る直前、騎士団の副団長に言われた言葉を思い出す。
「ルークのかわいい片思いが、こんなことになるなんてね」
「かわいい片思い」などしていたつもりはないのだが、私が店に通う一番の目的が彼女に会うためであったことは否めない。貴重な休みに、毎回店に通い、彼女に会うこと。いつも笑顔を見せてくれる彼女と、たった2,3の言葉を交わすこと。いつの間にかそれが楽しみで、大切な時間になっていた。
「だから安心して、あなたは仕事に集中してください」
「……わかりました。ありがとうございます」
「騎士様に責任をとらせなくて済むように、がんばりますね」そう言ってわらう彼女につられるように、口角が緩んだ。
「ルークです。私の名前」
「あ……そういえば初めてお聞きしました」
「城の中で騎士と呼ぶと、皆が振り返りますので」
「そうですよね、では」
「ルーク様」と彼女が私の名前を呼ぶ。今し方名乗ったばかりなのだから、呼ばれることはわかっていたはずなのに、覚悟と裏腹に嬉しさが溢れそうになり、心を整えるよう静かに息を吐く。
馬車が城内へ続く通用門をくぐったあたりから、彼女はしきりに深呼吸をしていた。
基本的に、特別なケースを除いて一般市民が城内に足を踏み入れることはない。彼女の場合、初めて城内を訪れるという経験に加えて、自分でも信じられない力を、国家に関わる人物のために求められているというプレッシャーまでのしかかっているのだから、その気持ちは十分に理解できた。
緊張しなくていいとか、大丈夫だとか、気休めの言葉がいくつも頭に浮かんだが、どれも意味のないことだと気づいて口にするのはやめておいた。
私が堂々と振る舞っているだけでも、幾分彼女にとって安心材料にはなるだろう。
馬車は城の中央庭園や大玄関を見ることなく、通用口のある城の裏側を進んでいく。最高機密として扱われるだけあって、彼女を迎え入れる際もできるだけ隠密に、という指示があったのだ。
彼女は通用口から入ることに対して特に疑問は抱かなかったようで、先に馬車を降りた私が手を差し出すと、乗った時を思い出したように微笑み、手を添えた。
「ここからは、私についてきてください」
通用口の扉を開け、そう伝える。「はい」という彼女の返事に頷き、背を向けた。普段の歩幅では彼女を急かしてしまうと思い、歩調を合わせるようにペースを落として足を進める。時折振り返って確認する彼女の表情は緊張で固まっていた。
これからもっと緊張することになるだろう、とわかっていながら案内をすることに、罪悪感を感じる。
階段を登り、数人の使用人とすれ違いながら長い廊下を歩く。ようやく目的地に辿り着いて、私が立ち止まり振り返った時には、彼女の表情は不安で満ちていた。
どれほど城に対しての知識がない者でもわかるに違いない。この廊下でさえ、通用口の様子とは全く違う、豪華な装飾で溢れる空間なのだ。この扉の先に広がる部屋を使用できる人物が、どの程度国にとっての重要人物であるかを察するに容易い。
「こちらが、第二王子の居室です」
「第二王子」と彼女が小さく繰り返した。私を見上げる目には本当にここへ入るのか、何かの間違いではないかと言いたげな色が浮かんでいる。
「あぁ、ルーク!ちょうどよかった。今着いたんだね」
「ライアス殿下」
私が振り返ると、颯爽と闊歩してくる長身男性の姿が見えた。
片膝をつく私の横で、彼女がスカートの裾を持ち上げ、同じように頭を下げているのがわかる。第一王子であるライアス殿下は、行事の際に国民の前に姿を現す機会も多く、彼女も認識していたのだろう。
「二人とも、顔を上げて。君がエトーリアだね」
普段と変わらぬ朗らかな笑顔を見せる殿下に対して、彼女は「はい」と絞り出すような声で返事をする。
「そんなに緊張しなくていい。さぁ、部屋に入ろうか」
「ライアス殿下、彼女にはまだ何も伝えておりません。重病人がいるとしか」
「うん、わかってる。僕から話すよ。何より、見てもらった方が早い」
殿下の言葉を受けて彼女を見ると、不安そうに私を見上げていた。「大丈夫」という代わりに頷いて見せる。二人の護衛が片側ずつ扉を開け、殿下に続いて私たち二人も部屋へと足を踏み入れた。




