02話
エトーリア
髪色と同じ濃紺のジャケットを羽織り、腰には剣を携えている。
たまに街で見かける他の騎士様は重厚な鎧を身につけていてどこか近寄りがたい空気感を纏っているけれど、うちの店によく来てくれる彼は今日も普段と同じような服装だった。彼は繊細で美しい顔立ちをしていて、鎧を着ていなくても人目を引く人だ。帯剣さえしていなければ、その上品でしなやかな動作は上級貴族のようにも感じられる。
「実は、あなたを城に連れてくるようにと命令が出ています」
騎士様の言葉に私が思わず目を丸くして何も言えずにいると、「突然のことですみません」と添えられた。立場は明らかに彼の方が上であるというのに、私のような平凡な街娘にも低姿勢で接してくれる。優しくて穏やかな方だという私の中でのイメージは、こうして初めて腰を据えて会話した今も変わっていなかった。
「今すぐではないですが、できる限り早く、と」
彼の顔色が曇り、「急を要するのですか」と私が聞くのに深く頷いた。
「詳しくはまだ話せないのですが。重病人がいるのです」
「王宮内に……?」
おそらく、それが国にとっての重要人物であろうことは彼の表情から察することができた。今も、王宮で病に苦しんでいる誰かがいる。
王国中の病人の数は計り知れないとはいえ、私の手の届く範囲で、さらに噂という不確かな情報だけを頼りに、助けを求めている。
私はただの街の茶葉店の娘で、奇跡と呼ばれるような力は持っているわけがないのだけれど、その事実を目の当たりにして、断るという選択肢はなかった。
もし失敗したら、助けられなかったらどうなるのだろうか、という嫌な想像が、ちらりと頭を過ぎる。相手は、王室の関係者なのだ。一度考えてしまうと「もし」という恐れが頭の中で広がっていくけれど、それを振り切るように、「行きます」と声に出した。
「……良いのですか?」
「あの、助けられる保証はありませんが、それでもよければ」
確証がないのなら良い、と言われるのではないかとほんの少し考えていた。裏腹に、騎士様はほっとしたように短く息を吐く。それから、口角に力を入れるようにきゅっと唇を結び、立ち上がった。
「ありがとうございます。では、明日迎えに来ます。必要な荷物は馬車で運ばせますので、まとめておいていただけますか」
「明日で良いのですか?」
「……はい?」
「今も、その方は苦しんでいらっしゃるんですよね」
「……ええ、それは、そうなのですが」
「あなたの都合もあるでしょうから」と続け、彼は静かに目を細めた。彼が心配してくれているのはきっと、店の状況だ。
今も、数日前から会計係を手伝ってくれているネリッサおばさんの元気な声と、お客さんが話す声が引っ切り無しに聞こえている。この店を訪れる人たちの中にも、きっと美味しいお茶や日常的な効能を求めるだけでなく、病や怪我に苦しんでいる家族がいるかもしれない。
それでも、在庫は夜のうちに十分に蓄えてあるし、父もそろそろ戻ってくるはずだ。人手は必要だけれど、必ずしも私が店にいる必要はないだろう。
騎士様にもそう伝えると、「ありがとうございます」と彼はわずかに口角を上げて微笑んだ。こんな風に優しく笑う人なのだな、と初めて見たその表情に思わず見惚れそうになる。
いつも買い物をしてくれる時には、真剣に商品を選んで、きりりとした面持ちのままほんの2,3言、言葉を交わすだけだったから、新鮮だ。
「では、一度城に戻って、馬車と人を呼んできます。誰か、茶葉店で働いた経験のある者を数人連れてきましょう」
「本当ですか、それは父も助かります」
これだけ街中に茶葉店があるのだから、城内で働く人々の中にはそのような経歴を持つ人もいるのだろう。
普段ののんびりした店の様子をよく知っている彼だからこその心遣いに、お礼を言う。「これくらいしかできませんが」と穏やかな表情で応える彼に、首を横に振った。
「騎士様が戻られるまでに、準備をしておきます」
「ええ。では後ほど」
彼は私に会釈をして、混雑する店の方へと戻っていく。
後ろ姿が人々の波に溶け込んでいくのを見ながら、頭の中ではすでに、馬車に積む茶葉のことを考えていた。




