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王宮練茶のエトーリア  作者: 若葉スイ


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20/21

19話

エトーリア

先ほど「おやすみなさい」と出ていったはずのアナが寝室に戻ってきたと思ったら、何か楽しいことがあったのだとすぐにわかるくらい、表情筋が緩んでいた。

香茶宮から借りてきた本に栞を挟み、ぱたんと閉じる。


「エトーリア様!聞いてください」

「アナ、そんなに嬉しそうにして、何かいいことがあったんですか?」


んふふ、と意味深に肩をすくめてみせる彼女は、椅子に座る私の前で立ち止まる。


「エトーリア様、どんなお召し物がお好きですか?」

「え?服……?」

「はい、いつものドレス、何かご不満とかないですか?」


既に着心地のいいネグリジェに着替えてしまった後なので、うーん、と宙を見て考えた。


そもそも、ドレスというものをここへ来て初めて着用したために、慣れないという点では確かにちょっとした不満はある。腰回りがきついので、茶葉園の手入れをするのに屈みにくいし、ひらひらとした袖口は練茶の時に邪魔になってしまう。ふんわりした裾部分はかわいいけれど、香茶宮の急な階段を登り降りする時につい踏んでしまいそうになる。


ただ、用意してもらった高価な服について不満を口にすることは憚られる、と考えたのは表情に出ていたようで、アナは私の顔を覗き込んで「あるんですね」と悪戯っぽく口角をあげた。


「とても綺麗で、私が着るにはもったいないくらいなんですが……不満というか、作業をする上で不便なことは、少し」

「そうだったんですね。そういうのは、もっと早く言ってください。なんとかしますから!」

「ご、ごめんなさい」


頬を膨らませるアナに反射的に謝ると「怒っているわけじゃないですよ」と笑われる。


「実は、アシュベル殿下からのご質問なんです」

「殿下が?」

「はい。先ほどお会いして、エトーリア様にお召し物へのご不満がないか聞いておくようにと」


得意げにすらすらと話すアナに私がきょとんとしていると、「アシュベル殿下は本当にエトーリア様のことがお好きなんですよ」と最近よく聞く台詞を口にした。彼女が期待する意味での「好き」とはちょっと違う気がするのだけれど、何と答えて良いか迷っているうちに、アナが「どんなのがいいですか?」と次の言葉を続ける。


「そう、ですね……ブラウスとかシンプルなスカートはよく着ていたので、そういった動きやすいものがいいです」

「わかりました。こんな風に、エトーリア様がご希望をおっしゃってくださるの、初めてですね」


「私、嬉しいです」と満面の笑みになった彼女に、私もつられるように頬を緩めた。彼女がこうして等身大に私と会話してくれる日々でなければ、きっともう少し寂しい思いをしていたのだろう。アナのような人に出会うことができて、私は幸せ者だ。


「では、私からしっかりお伝えしておきますから」


ありがとう、と伝えはしたものの、殿下に私の希望をお伝えしてどうなるのだろう。街の服飾店への外出許可をいただけたりするのだろうか。

それとも、王宮内に出入りを認められている店があるのだろうか。











その疑問は、翌日の夕方には解消されれることとなった。


フィロー師匠のところで訓練を終え、私がルーク様と自室に戻ると、居室は様変わりしていた。まるで街の服飾店のように部屋が真新しい衣類で埋め尽くされているのだ。

自室に一歩入ったまま呆気にとられている私に、「おかえり」と聞き慣れた声がして、はっとする。


ソファに座るアシュベル殿下がこちらを見て微笑んでいた。


「これは……?」

「お前のために用意させたんだ。好きなものを選んでいい。」


「気に入るものがなければ仕立てることもできる」と付け加えられたものの、圧倒されたまま中々言葉が出てこない。


アシュベル殿下が立ち上がり、こちらへ歩いてくる。


「どうしたんだ」

「すみません、驚いてしまって……あの、ありがとうございます」

「あぁ。ゆっくり選ぶといい」


殿下が微笑んでくれたことで、幾分落ち着いて状況が掴めてきた。

部屋を見渡してみれば、服飾店の店主さんらしき中年の男性が隅に立っている。アナはそれに並ぶように行儀良く腰の前で手を合わせて立っているけれど、目がきらきらとして、殿下がいなければ今にも私に抱きつきそうなくらい嬉しそうだ。


「殿下、アナと一緒に選んでもいいでしょうか?」

「もちろん。好きにするといい」


殿下に許可を取って彼女を振り返ると、よくぞ呼んでくれたという表情でこちらへ早足でやってくる。


「エトーリア様、こちらに可愛らしいブラウスがたくさんあるんです」と既に品定めしていたらしい彼女に、背中を押された。










「このスカート、かわいい色ですね」

「いいですね!このブラウスもエトーリア様に似合いそうです」


そんな会話をしながら、どれくらいの時間が経っただろう。

ある事実に気づいてしまった私がアナへ耳打ちする。


「この服、全部値札がついていませんね」

「……そうですね」


同じくアナが小声で返事をしたのとほぼ同時に、「決まったか?」とアシュベル殿下の声がかかった。

彼が私の隣に立ち、アナはすっと一歩後ろへ下がる。


「あの、殿下。ここまでご用意いただいて大変申し訳ないのですが……」

「なんだ?気にいるものはなかったか」

「いえ、どれもとても素敵です。ただ……私にはおそらく手の届かない品物かと、」


王宮へ来てからというもの、自分で何かを買うという行動をしていないせいで忘れていたけれど、店を出る時に持ってきたお金はほんの少ししかない。店の売り上げから自分のお小遣いを捻出する日々だったことも、なんだか遠い昔のように思える。


ここでの暮らしは何不自由ないけれど、こんなに贅沢品を買うほどの余裕はない。


殿下のせっかくの気遣いを無駄にしてしまうことが申し訳なくて、視線を合わせられず、俯いた。


「店主、これと、これ。あとそこの棚のものも、全部くれ」

「はい、かしこまりました」

「えっ」


私の言葉とは裏腹に売買取引が進んでいることに、驚いて顔をあげる。「あとそっちも」と続ける殿下に、慌てて呼びかけた。


「アシュベル殿下、あの、」

「あんなにはしゃいでたんだ。おおむね気に入ったんだろう?」

「はい、それはそうなんですが、」


エトーリア様、といつの間にか背後に立っていたアナが耳打ちする。「殿下が贈ってくださるんですよ」と。


「え?!いえ、そんな、殿下。私、一生かかってもお返しできません」

「返す必要はない。いつも世話になっているからな」


殿下は涼しい顔で「そんなことを気にしていたのか」と笑う。


「それに、金の話をするなら、お前の給金はそれほど安くはないはずだぞ。なあルーク」

「はい」


店主さんがいるからなのか、私とアナの様子をすぐ近くで見守ってくれていたルーク様が口をひらく。


お給金が出る、という話は、考えてもいなかった。

呆気に取られている私に、ルーク様が「申し訳ありません。今夜、正式にお話しするつもりでした」と頭を下げる。


「自由に使える金はあったほうがいいだろう。早めに渡すよう言っておく」

「ありがとうございます……でも、殿下。やっぱり選ばせてください」


「こんなにたくさんは、いただけません」と殿下の目をまっすぐ見て言うと、彼は意外だと言うように眉を上げた。それから、ふっと息を吐いて「わかった」と短く言う。


「また別の機会に、今度はお前と街へ買いに行くのも楽しそうだからな」


殿下はそう私に微笑みかけてくれ、その優しい眼差しにどきりとした。こんなにも温かな表情を向けられ、そんな発言をされると、さすがに私も勘違いしてしまいそうになる。


第二王子と庶民が街で買い物なんて想像しがたいけれど。


「これにします!」

「たったそれだけでいいのか?」

「はい、充分です。とても気に入ったものを選びましたから」


私がブラウスとスカートを3枚ずつ選ばせてもらうと、アシュベル殿下は「やっぱり少ないのでは」という反応だったけれど、私の意志を尊重してくれた。


部屋を出ていく彼に、もう一度お礼を言おうと駆け寄る。彼はその気配に足を止め、振り返った。


「アシュベル殿下、お気遣い本当に嬉しいです。ありがとうございます」

「あぁ」


短く答えた彼がさっと視線を逸らす。わずかに耳が赤いように見えて、体温が上がっているのがわかる。症状が改善している証拠だ、と嬉しくなり、口角が上がってしまう。










部屋に持ち込んだ商品をすべて片付け、最後自分の鞄を手にした店主に声をかけた。殿下がいる間外で待っていたルーク様が何事かと立ち上がる。


「あの、せっかくこんなに持ってきていただいたのに、私の我儘ですみません」

「いえいえ、お気になさらないでください」


優しそうな店主のおじさんは目を細め、「お気に召すものがあってよかった」と言ってくれた。


「ぜひ、お店を教えていただけませんか?かわいい服がたくさんあったので、ぜひまた伺いたいんです」

「ええ、もちろん。地図を描きましょう」


いつの間に用意してくれていたのか、アナがさっと紙とペンをテーブルに置く。店主さんは「できる侍女さんですねえ」と笑いながら、その紙にさらさらとペンを走らせた。


「はい、こちらです。ぜひまたいらしてください。サービスしますよ」


ほっほっほ、と大らかな笑い声を上げた店主さんは、被っていた帽子をとり、胸に当て頭を下げる。


彼を見送った後、アナとルーク様はそれぞれ私を見て、小さく意味深なため息をついた。


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