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王宮練茶のエトーリア  作者: 若葉スイ


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01話

ルーク

その店は、随分と賑わっていた。


たった2週間前に訪れた時にはこんなにも人で溢れていなかったのに、と考えながら人をかき分け店内を進んでいく。


どうやら、街中に噂が広まっていることは本当らしい。


人手が必要になったためか、見慣れない女性が会計用のカウンターに立っていた。慌ただしい様子で客を捌いているのが目に見えて分かったが、これも仕事のためだと割り切って、声をかける。


「忙しいところ申し訳ありません。今日は、娘さんはいらっしゃいますか」

「え?あぁ、エトーリアですか?いますよ」


私が今日ここへ訪れた目的である、店の娘の名前を呼ぶ会計係の女性は、母親に近い年齢のようだった。初めて見た女性だが、肉親だろうか。それにしては、あまり似ていない。


店の裏から「はーい」と返事が聞こえると、ほどなくして、名を呼ばれた彼女が現れた。彼女は私の顔を見て、「あぁ」と笑顔を見せる。


「騎士様、いらしてたんですね」

「ええ。随分と賑わっていますね」


「そうなんです。ありがたいことに」と言いつつも、彼女は常連である私に対して少し申し訳なさそうな表情を覗かせる。たしかに、普段はゆっくりと買い物ができるのだが、今日は棚から商品を取ることさえ難しそうだ。


「今日は何を?いつものでよろしいですか」


彼女は柔らかな表情で聞いてくれるが、あいにく今日は買い物ではない。そう伝えると、はて、というように首を傾げた。


「あなたに大切なお話があってきました。少しお時間をいただけませんか」


これほど人が多い場所でできる話ではないのだ、と視線で訴えたが伝わっただろうか。


彼女は混雑する店内を見渡して僅かに悩んだ様子を見せたが、私の王国騎士という立場も鑑みてか「はい、少しであれば」と頷いた。




店の裏に通してもらうと、店内よりも様々な茶葉の香りが入り混じり、空気を濃く感じる。決して不快ではなく、ここにしばらくいると気が抜けていつの間にか眠ってしまいそうな、爽やかでどこか甘い香り。まるで王宮内にある練茶士用の塔に入った時のようだ。


「父は足りなくなった茶葉の仕入れに行っていて」と説明される。人払いをした方が良い話だというのは、私の顔色からなのか、薄っすら察してくれているようだった。


「どうぞ」と促され、真ん中のテーブルに三つ並べられた椅子のひとつに腰掛けた。


「この賑わいは、やはり噂の」私がそう切り出すと、彼女は「はい」と目を細め、困ったように眉尻を下げる。


「騎士様もご存じだったんですね」

「ええ。実は、その噂の真相を確かめに来ました」

「あ……そうでしたか。そんなお仕事もあるんですね」


大変ですね、とでもいうように彼女が感心しているので、そうではないと答える代わりに首を横に振る。


彼女はおそらく一時も店の仕事から離れられないくらいに忙しいに違いない。傍にある調合台の秤には、作業途中であったのだろう茶葉が載ったままだ。


「それで、子どもの病を治すお茶を作ったというのは、本当ですか」


単刀直入に聞くと、彼女はおもむろに視線を床に落として「うーん」と唸る。「はい、実は私が特別な力を持った練茶士なのです」という答えを想定していたわけではないが、その反応は正直なところ、予想外であった。


「わからないんです」

「……わからない、というのは」

「たまたま、だと思うんですよね」


聞き返す私に対して顔を上げ、自信なさげに答えた彼女に「そうですか」と相槌をうつ。


たまたま、という表現では説明できないことが起こったのだと、街中の人が噂をしているというのに、当の本人には実感がないらしい。



ある茶葉店の練茶士の娘が、一人の重病を抱えた子どもを救った。


そんな奇跡のようなニュースを耳にした民衆が、店に押し寄せている。


その噂は城内にも届き、騎士団で使用するものとは別にわざわざこの店に買い物をしにいくことが知られていた私が、調査役に任命されたのだ。


「では、重病の子どもがあなたの作ったお茶で元気になった、というのは」

「はい。近所のキトという子どもなんですが」


彼女は質問の仕方を変えた私に、民衆の言葉を借りれば「奇跡」が起きた日のことを話してくれた。



意識のない子どもに、唇に塗るほどのほんのわずかな量を繰り返し飲ませ続けた。しばらくすると、子どもが静かに目を覚まし、熱も下がった。医者に診てもらうと、先天性で抱えていた病さえも完治している可能性が高いと言われた、と。



「でも、その家にはいつもうちの店の茶葉が常備されていて、普段からずっと飲ませていたそうなんです」


だからたまたま、その日急いでブレンドした茶葉の配合が合致しただけなのではないかと思っている。

彼女はそう説明すると、「期待させてしまってすみません」と頭を下げた。


「本当に、そうでしょうか」

「……え?」


私の問いかけに彼女は顔を上げ、不思議そうに数回瞬きをする。まっすぐに見つめられるとつい、目を逸らしてしまう。大切な話をしているというのに、わずかに自分の鼓動が早まるのを感じた。



元々この店は「効果の高い茶葉を売っている」と評判がよかった。私が常連と認識されるほど来店する、本当の理由を隠し通すベールになるくらいには。



評判が良くなったのは、この店の娘、つまり彼女が練茶士として店を手伝い始めてからなのだという。


常連客として知り得た情報と、長年騎士として国の中枢に関わってきた勘が、はじめから噂は本当なのだと告げていた。



どんな理由か、どのような力かもわからないが、確かに起きた奇跡。



もうそれに縋るしかないほど、王宮内は今、暗く淀んだ重い空気に包まれているのだ。


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