17話
ルーク
フィロー様から、このお茶を騎士団員に飲ませるようにと茶葉を預かり、訓練所へ向かっていた。
「せっかくだからエトーリアも連れて行ったら?」と彼が一言付け足したせいで、「いいんですか!」と目を輝かせる彼女を自室へ帰らせることができなくなって、今は王宮と宿舎を繋ぐ渡り廊下を二人並んで歩いている。
彼女がフィロー様の下で”修行”するようになって今日で三日目。
私には彼に見えている”光”を視認することはできないが、隣を歩く彼女がこの数日間と比べても元気そうなことはわかる。
見えない故にフィロー様の言葉を信じる他なかったが、訓練は確実に彼女の体を守ることに繋がっているらしい。
「どうしてそんなに楽しそうなんです」
「皆さんにお会いすれば、ルークのことがもっとよく知れるのかなと思って」
「一体何を聞くつもりですか」
私が軽く眉間に皺を寄せると、見上げた彼女はふふ、と笑う。
城に来てから四六時中私と行動を共にしているというのに、もっと知りたいと言うなんて。嬉しく思う感情を隠すように、正面を向いた。
訓練場へ到着すると、すでに今日のメニューを終えて休憩している面々と、まだ残って模擬戦をしている面々がおおよそ半分ずつ、といったところだった。王宮内と違って、男性しかいないここはむさ苦しく、できれば彼女を近づけたくはない場所だ。
模擬戦の様子に目を奪われている彼女を保護するように、「行きますよ」と声をかけ、ぴったりと隣を歩く。
「あれ、ルークさんだ!」
「ルーク!俺と一戦やってくれ」
「おい、誰か連れてないか?」
一人に気づかれると、あちこちからぱらぱらと声がかかる。
無視を決め込んで団長の元へと歩き続ける私に、彼女が「呼ばれてますよ……?」と心配そうに言う。
「相手をしているとキリがありませんから」
「そう、なんですね、」
戸惑う彼女が歩き続けるよう背中に軽く手を当てながら、奥で模擬戦を見学していた騎士団長の姿を見つけ、「ジェラルド団長」と声を張った。
反応した彼が私たちに気づき、驚いた表情の後に「やあ」と右手を挙げる。
「ルーク、おかえり。どうしたんだ」
「フィロー様にお茶を差し入れるよう言われて持ってきました」
「へえ、珍しいな。あ、彼女が例の?」
「はい」
右の手のひらで彼女を指し、紹介する。エトーリアはドレスの裾を持ち上げ、綺麗な所作で挨拶をした。
私よりも背の高い彼を見上げ、穏やかに微笑む。
「こちらこそ、よろしくお願いします。ルークはうちのエースだから、安心してくださいね」
「はい、いつも気遣ってくださるので、とても頼りにしています」
初対面の二人の間で自分のことについて会話されていると、むず痒くなるのはなぜだろうか。そう考えていると背後からぱたぱたと軽やかに誰かが駆けてくる足音がした。念の為彼女を庇うように手を伸ばし、振り返る。
見知った顔が見えて、ため息を吐く。この人がいないことを願ったが、やはり無理だったか。
「ルーク!俺にも声かけてよ!」
「あなたより団長が先ですよ」
「もーまたそういう冷たいセリフを……って、わあ!君がエトーリアちゃんだね!」
いつにも増して騒がしい、と冷たい視線を送りながら、身を乗り出してくる副団長から彼女を遠ざけようとする。
あなたが余計なことを言いそうだから避けていたんですよ、と目で訴えかけるが、彼の視線はエトーリアに釘付けだった。
「うんうん、かわいい!いい子そう!ルークがす……」
もごもご、と私の手のひらに抑えられた口がまだ喋らせろといっている。出会って数秒で何を暴露しようとしているのだ、この男は。
私の左手をはらいのけ、「はあ、苦しいって!」と抗議してくるのを、彼女が呆気に取られた表情で見ていた。
「オリバーさん、あなたはちょっと黙っていてください」
「なんで!?あ、エトーリアちゃん、俺がオリバー。副団長だよ!」
よろしくね、と満面の笑みを向けられ、彼女は「よろしくお願いします」と慌ててお辞儀をする。
ははは、と笑い声をあげている落ち着き払ったジェラルド団長とは裏腹に、騎士団No.2とは思えない奔放な振る舞いで有名なオリバー副団長。
明るく無邪気な普段の様子とは打って変わって、模擬戦になると団長以外の誰も敵わない実力の持ち主だから厄介だ。
「ルーク、お茶なら向こうで淹れるといい。みんな喜ぶだろう」
「お茶?もしかしてエトーリアちゃんが練茶したやつ?」
「そうですが、その呼び方はなんとかしてください」
「なんで、”エトーリアちゃん”じゃだめ?」
オリバーさんは彼女に首を傾げてみせ、肯定的な返事を引き出そうとする。
彼女よりも先に「ダメです」と私が言うと、大人げなく頬を膨らませてみせた。
彼のこの距離の近さは誰かに限ったものではなく、相対する者全員に向けられる。
それが騎士団員だろうが、侍女だろうが、ライアス殿下の奥方だろうが、関係ない。その調子の良さが、彼の外見と相まって侍女や王宮に出入りする女性たちに大人気らしい。
だからこそ、彼女を騎士団に近づけたくない理由のひとつがこの人だった。
「エトーリア様。行きましょう、向こうに食堂がありますから」
オリバーさんから笑顔を向けられている彼女の手を取り、彼から引き離すように強引に歩を進めた。
彼女と手分けして淹れたお茶のカップを、トレイいっぱいに載せ、団長命令で食堂のテーブルに着席して待っている騎士団員たちに配っていく。
彼女はあまり人前に出したくなかったので、キッチンで待機してもらっている。
配膳するとはいえ、列ごとに一番近いテーブルにトレイを置けば自分たちで奥まで行き届けるシステムだ。
「エトーリアちゃんともっとお話させてよー」と拗ねている副団長は放っておいて、先にお茶を口にしたメンバーからが口々に感想を述べるのに耳を傾けた。
「このお茶、うまいな?」
「なにか甘い香りがする」
「あぁ、フィロー様が監修したとは思えん」
「あの子が淹れたってことは、特別なお茶なのか?」
味の評判は良いらしい。それは当然だ、彼女が練茶したのだから。
問題はその、効果にある。
「……なんか、体が軽くなったような気がしないか?」
「いや、俺も実はそう思ってたんだ」
「今日一日、訓練したよな?」
「朝起きた時より体調がいいんじゃないか」
じわじわと聞こえ始めてきたその効果を立証する声に、自分が何をしたわけでもないのに、少しだけ得意げな気分になる。
ただ、それは少なからず彼女の体を犠牲にしたものであるという事実は、どうしても頭の大部分を占めていた。
やはり、効果はあるようだ。
フィロー様は彼女の練茶について、ここ数日で分かった特徴のひとつとして「茶葉の効能の最大化」を挙げていた。
彼女は元々店で練茶していた頃から、客にとって飲みやすい美味しいお茶であるよう、ブレンドする際に果実や香りづけの花を混ぜていたらしい。他の店や王宮のお茶よりも美味しいと感じていたのには、そんな理由もあるのかと知った。
通常の練茶士は、目的の効能を引き出すため、配合量に対してめいっぱいの茶葉を使う。
効果を強く求められる王宮の練茶士であれば尚更その傾向が強い。
要は、果実や香りづけの花など、いわゆる「余計なもの」を入れる隙がない、ということだ。
しかし彼女の場合、少量の茶葉でも願いの力で最大限にその効能を引き出すことができるため、茶葉の配合量が減っても通常のブレンド以上の効果をもたらす、という見解だった。
フィロー様曰く、今回騎士団に持ってきたこのお茶は、疲労回復の効果がある茶葉を、嗜好用の茶葉にほんの少しだけ混ぜたものらしい。
まったく効能の異なる茶葉では願いの力は発揮されず、効能さえ合致すれば願いの力によって最大限の効力をもたらす。
「おい、これは……一体なんなんだ」
お茶を飲み干したジェラルド団長が、信じられない、という様子で呟き、彼女がいるであろう方向に目をやった。




