16話
フィロー
訓練を始める前に、彼女に”願いのまじない”は行わないようにと忠告して、王宮で消費される分の茶葉のブレンド作業を手伝ってもらっていた。
僕が仕入れ分の領収書や王宮内の各部門から届く注文書を処理している間に、彼女が黙々と練茶する姿を横目に見る。
幼い頃から店を手伝っていただけあって、その作業の正確さと速度は王宮練茶士に見劣りしないように見えた。もし何かが違うとすれば、一般的な町の茶葉店では扱われないような珍しい材料についての知識くらいじゃないだろうか。
このままだと、一度彼女の店に手伝いに出たきり一向に帰ってくる気配のない、二人の部下の顔などもう忘れてしまいそうだ。
しばらく書類作業をしたおかげで処理を終え、机の左側から右側に移動した紙の山に、大げさにため息を吐いた。
椅子から立ち上がり、彼女のいる作業台へと向かう。
「どう、残りはあとどれくらい?」
「もうこれで最後です」
「へえ、早いな」
僕が出す感嘆の声にも特に興味はないようで、彼女はひたすらに手元を動かす。
ルークには「別に同席しなくてもいいよ、僕がいるんだし」と言ったのだが、真面目な彼は頑なに入り口に立つことを選び、暇そうだったので、彼女が練茶したものを次々と容器に詰める仕事を与えてやった。
「それ、夕方には侍女たちが取りにくるから、わかるように札をつけておいて」
「……フィロー様、私はあなたの部下ではないのですが」
「じゃあ、騎士団に戻って訓練でもしてきたら?」
「私の役目は彼女の護衛だと言っているんです」
「いいじゃない、ここは僕のテリトリーだよ。彼女の身の安全は保証されていて、君は暇なんだから」
僕とルークが喧嘩腰で会話している最中にも関わらず、「終わりました!」とエトーリアが気楽な声を出す。こちらへ歩いてきて、「ルーク、これもお願いします」と当たり前のように茶葉を差し出すものだから、僕は吹き出しそうになるのを堪えて顔を背けた。
「はい、わかりました」
「エトーリアには随分素直だね」
「……何が言いたいんです」
「仕方ないよ、君が僕の部下をふたりとも連れて行っちゃったんだから」
「僕にも優しくしてよ」と付け足すと彼の額にピキ、と線が入る。これを飼い慣らしていた騎士団団長に手懐け方を聞くべきだろうか、なんて考えて、エトーリアへと向き直った。
「さ、じゃあ始めようか。一旦休憩する?」
「いえ、大丈夫です。よろしくお願いします」
律儀に深々と頭を下げる彼女が、「今日からフィロー様が師匠ですね」と微笑むものだから、まるでよく懐いた小動物のように愛らしくて、わしわしと無言で頭を撫でた。
「エトーリア、もっと抑えていい。まっすぐ、その願いだけに集中してごらん。」
昨日遅くまで読み耽った古い本の知識と、エルフの血を基にした直感を頼りに、彼女に言葉をかける。茶葉を掬い、目を閉じる彼女を覆うように大きな光が、ぐわんと大きく揺れた後、徐々に小さくなっていく。
確証はないが、茶葉に収まりきらないほどの光は必要ないのではないか、というのが僕の立てた仮説だった。彼女の願いの光を浴びた茶葉はそれを吸収し、容器に詰められる頃には普通の茶葉となんら変わりない見た目になる。
いま彼女に作らせているのは、これから先一週間分のアシュベル王子用の茶葉だ。
“彼を救いたい”という願いがあまりにも強いようで、彼の広い居室を覆ってしまうほどの眩しい光を放っていたのには驚いた。
彼女が倒れた状況を鑑みるに、まずはこれをコントロールできるようにならないと、国の役に立つための他の茶葉など、作る余裕は全くないと考えた方が良い。
「師匠、どうでしょうか」
「もう少し、手に集中してみて」
僕の言葉を受けて、彼女がふう、と長く息を吐く。それと同時に、ゆらゆらと揺れていた光が彼女の両手に集まった。いつのまにか、力を操る感覚が生まれているのだろうか。
見えているとはいえ、その力の操作感を僕が理解してやることはできない。
「うん、それでいい。その感覚を覚えておいて」
「はい、」
彼女は茶葉に息を吹きかけ、願いの動作を終える。まとっていた光が茶葉に吸い込まれていった。
「明日からそれが自然にキープできるように練習しよう」
「わかりました」
「体に何か異常は?」
「ありません、元気です」
両手を胸の前に出してぎゅっと握って見せる彼女に頬を緩めると、彼女もまたつられるように微笑んだ。僕がもっと若かったら、きっとルークやアシュベル王子のように夢中になっていたかもしれない。
出会ったのが今でよかったかもな、と考えながら、まだ僕に押し付けられた作業を真面目に続けているルークにちらりと視線を流した。
そういえば国王にはまだ会ったことがない、と口にしたのは彼女だった。
アシュベル殿下のために、体調に合わせた3種類の練茶を済ませたところで、僕が淹れてやったお茶で休憩をとっていたところだ。ルークは”残念ながら”、騎士団に呼び出されて行ってしまった。
「あの子はなかなか僕たちの前には出てこないからね」
「”あの子”って……もしかして国王のことですか」
「そう。赤ん坊の頃から見てるのに今更”王”って言われても」
エトーリアの侍女が差し入れに持ってきた茶菓子をつまみながら会話をする。人間にはよく年齢を聞かれるものだが、彼女はそういった好奇心むき出しの質問をしてこない。
「王妃様は、殿下たちが小さい頃に亡くなられたんですよね」
「そうだね。アシュベル王子を産んですぐ。」
「そう、ですか」
「アシュベル王子と同じ症状だったんだ。生きるための体温が保てなくなって、そのまま」
お腹にアシュベル王子がいることがわかってから、日に日に王妃の体調は悪化していった。
城の者たちはお腹の子のせいではないかと囁くようになり、生まれた彼に同様の体質があるとわかって、王妃が亡くなった時には「やはり」と口を揃えて言った。
「そんな……ひどい、」
「人間なんてそういうものだよ」
あれからもう随分と経っているのに、自分で口にしても不快な記憶だった。
そんな中で育ったアシュベル王子が、人と関わるのを避けるようになるのは当然の流れだったと言っていい。
「だから、僕はあの子が君に出会えたのは運命だと思ってる」
「運命、ですか」
「そう、君の存在はあの子にとって大きなものになる。これは変われるチャンスだ」
僕がまるで独り言のように発した言葉に、彼女は神妙な面持ちをしながらもあまり理解はしていない様子だった。
君はルークとアシュベル、どちらを選ぶんだろうね。
もしくは、どちらでもない、他の誰かか。
心の中でそう問いかけて微笑むと、彼女がわずかに首を傾げた。




