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王宮練茶のエトーリア  作者: 若葉スイ


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13話

アシュベル

彼女の朝の練茶を見学し終えたフィローは、一度頭を抱えるように長いため息を吐く。

それから、彼女に2つの言葉を残した。


1つ目は、「茶葉が足りなくなったら香茶宮へとりに来ていい」という業務的な伝言。


2つ目は、「王子の練茶は週に1度にしなさい」という彼にしては幾分鋭い声色の指示だった。


「昨日は1日1回と言ったけど、それは忘れて。いいね、週に1回、まとめて作るんだ。あぁ、毎日2回お茶を淹れに来るのは構わないよ。王子も楽しみにしているようだから」


そんなセリフを一気に捲し立て、こちらが反論する隙もなく、やってきた時よりも随分思い足取りで去っていった。


一体何なのか。彼には何が見えているのか。

はい、と彼の背中に返事をして残された彼女の方を見た。きょとんとしていた彼女は俺と目が合うと、きっと自分が一番困惑しているだろうに、少し首を傾げ、ふわりと微笑んでみせる。








その夜、フィローは公務を終えた俺と兄貴を呼び出した。伝達役である国王の側近と、事情を知っておいた方がいいとルークも同席させている。


彼女についての話だということは察しがついたが、彼が話す内容のほとんどを俺以外の3人が知っていたのには驚いた。俺の体を気遣って、知らせるのを先延ばしにしていたのだという。


「あまりにも力を使いすぎだ」


フィローはそう言って、深いため息を吐いた。俺への練茶を1週に1度にしろと言ったのは、彼女の持つ「願い」の力が、彼の予想を超えて莫大に使われているからなのだという。彼にだけ見えるというその光を、見えない俺たちは想像するほかない。


「しかし、1度に練茶する量が増えるのは、効果自体に影響はないのか?」

「無いだろうね。むしろ効率的になるんじゃないか。明らかに自分では力の大きさを調整できていないようだから」


兄貴が口を挟むのにも、フィローは当然だという様子ですらすらと答えた。


「だから、明日から僕が修行をつけることにするよ」

「修行?」

「そう。力の調整ができるようにならなければ。あのままだと恐らく、王国の役に立つ前に体がやられてしまう」

「な、……あいつはそんな状態なのか!?」


俺が立ち上がり声を荒げるのと正反対に、「そんな、」と短く小さな声で呟いたルークは座ったまま呆然としていた。


王の側近は顔色ひとつ変えない。こいつはいつもそうだ。兄貴は「困ったな」と言い、ふうと息を吐く。


「そういうことなら、頼んだよフィロー」


兄貴の口調は、すべてを知っていたとはいえ、あまりにも反応が軽いのではないか、と眉間に力が入った。


彼女は俺のために自分の体を犠牲にしている。

あんなにも笑顔で、穏やかに、命を削っている。


「アシュベル。俺たちにはお前が一番なんだ」


俺が今にも掴み掛かろうとしているのがわかったのか、兄貴はこちらを向き、言い聞かせるように言った。王族と、一般市民のその命は決して平等ではないと言われたのだと、瞬時に察してしまうくらいには俺もこの城で長く生きたようだ。


フィローが兄貴に向かって「エトーリアは王子の体調に合わせて練茶していると言っていたから、状況に対応できるよういくつか用意させておくよ」と補足する。


「それで、ある意味ここからが本題なんだけど」

「本題?」

「そうだよ、よく聞いて」


つまりは俺に座れということだ、とフィローの視線で認識した。渋々、ソファに腰を下ろす。


「古書によると、テア・ヴィータの力は、純粋な願いにしか発揮されないらしい」

「純粋な願い?どういう意味だ」

「少なくとも、彼女に力があるとわかって、王とライアス王子の頭に浮かんでいるのは2つだろう」


“治療、そして増強。”


フィローの言葉に、兄貴が真剣な面持ちで、躊躇いはなく「そうだね」と応える。それは考えるまでもなく、国力強化の話だとわかった。


広く一般市民に使うなんて穏やかな話ではない。

彼女の練茶によって、彼女を犠牲にする代わりに強化しようとしているのは、国軍だ。


「彼女に、”戦に勝つお茶を作れ”と命令して、素直にそう願うと思うかい?」

「……願わないだろうな」

「願うはずがありません」


兄貴が冷静に答える声と、ルークの静かに怒りを込めた声が重なった。

彼も護衛として、彼女に1番近くで接することで人柄は理解しているのだろう。

この場において、他の誰よりも俺と近しい気持ちでいることはわかる。


「ちなみに、僕は彼女が戦に加担するよう説得するつもりはない」

「……どういう意味だ?」


兄貴が聞き返すのに、フィローは一瞥をくれる。


「僕が争いを好まない性格なのは知っているだろう」

「……あぁ、そうだったな」

「ただ、上手くいけば君たちの想像するように、この国は飛躍的に強くなるだろうね」


王族の考えることなんていつも同じだ。

何世代にも渡って国を担う一族を見守ってきた横顔が、そう言っているように見えた。


ちらり、と俺に視線をやるフィローと目が合い、何も悪いことはしていないのに、咎められたような気になる。幼い頃からそうだ。なにもかも見透かされているのではないかと、俺はその目が少し苦手だった。


「アシュベル王子。君が彼女の体のことを気に病む必要はない」

「それは、……」

「彼女の面倒は僕が見る。君も、彼女が人間であることを忘れないでやってくれ」

「当たり前だ」


力強く返事をすると、彼はほんのわずかに口角を上げた。それから、王の側近の男に視線を移す。


「王には、こう伝えてくれ。僕が全て上手く管理するから、急がずに待っていてくれ、と。」

「承知いたしました」

「そう遠くない将来、必ず国の役に立つように育て上げるよ」


フィローがわざとらしく目を細め、微笑んでみせる。

側近の男は胸に手を当てて敬礼をするが、おそらく今日のことは他にも話すだろうということは安易に予測できた。

それでも、フィローがこう進言しただけで、もし父上が彼女から得られる結果を急いでいたとしても歯止めになる。彼は俺たちよりもはるかに、王の扱いに長けていた。









“お前は助けてもらっている身なのだから、王族であれど彼女の味方でいろ。”


フィローの言葉は、そういう意味だったのだろう。

何を本心で話しているか見えづらい男だが、なぜかあの時だけは彼の体に流れている血液を、その人間味を確かに感じた。

彼女への朗らかな接し方からして、単純に彼女を気に入っているのかもしれない。彼がたまに見せる”珍しい研究対象として囲っておきたい”という欲求を隠しているようには見えなかった。


もうすぐ、夜の茶を淹れに彼女がやってくる時間だ。

ルークがあの会についてどこまで話しているかわからないが、今まで通りに接することができる自信はない。


俺よりも小さく華奢なあの体を削りながら、俺の体を治すための茶を作っている。

自分が、彼女を犠牲にしている。


一人になった途端に、その事実が押し寄せてきた。


まだ彼女と出会って数日だというのに、今では顔を見ることが楽しみになっていた。

何も知らないまま、彼女の笑顔に胸が温かくなる感覚を覚えていた。

いつのまにか、彼女が傍にいることを望むようになっていた。


人と接することさえ避けていた自分が、彼女と出会って日々変わっていくのを感じている。


第二王子として、兄貴に万が一のことがあった時のためのスペアとして生まれ、教育を受けてきた俺には、何かを望むことなどないと、思っていた。

望まれること、求められることは剣の強さも、政治的な賢さもすべて叶えてきた。



たったひとつ、望んだ途端に、これか。



静寂に満ちた広い部屋でひとり、誰にも聞こえない呟きを口にした。


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