彼女はカトレア、私の花
少しだけ百合の要素を込めました。
花の知識は浅いままですが、心を重ねて書いたつもりです。
もし違和感や気づきがあれば、バンバン送ってください、受けとめます。
一人暮らし、宙に舞う埃がカーテンの隙間の日差しによって光の粒のように舞う。
自分の無機質なマンションのワンルームが暗く、灰色な雰囲気を漂わせる。
カーテンを開けると光が明るく部屋を照らし、鳥の鳴き声、車のエンジン音に
背を伸ばす。
コーヒーを淹れ、ベランダでスマホを見ながらコーヒーを口に運ぶ。
それは充実している大学生のような朝だが、私には何か欠けている気がした。
身支度を整えて部屋を出る。
まだ朝なため、すべての音に気を配るよう、ゆっくりでペンギンのようになる。
外は人混みが賑わっていた。話されている言語は日本語なのに全てが雑音のように聞き取れない。
イヤホンをすると当たりは鎮まり、音楽が私を包む。
それでも、世界は灰色なままだった。
カフェの甘い香り、駅に籠る人いきれ、冬の冷たい乾燥した冷気が肌をかすめる。
周りのやるせなさに、呑まれているようだ。
花を抱えている?
灰色な世界に不自然に一部、色付いた花。
ふと風になびく、その姿に
「美しい」
自分はその花に目を奪われた。
ほのかに薔薇を思わせる甘さと、シナモンのように温かな香りに、紫の花。
ラベンダーだろうか、と一瞬思考がよぎる。
電車が滑り込む音とともに、彼女も同じ車両へと乗り込む。
密やかに漂う香りは、閉ざされた空間に広がり、私の心を覆った。
もし、同じ大学に通っていたら、そんな淡い願いが浮かぶ。
だが彼女は二駅手前で降りてしまい、香りだけを残して去っていった。
花を抱えたまま大学へ向かうはずもない、そう思えば当然なのに、胸には小さな落胆が広がった。
日差しが強く刺すが、吐く息がほのかに白く曇る。無機質な朝
今日は大学はない、アルバイトもない、なのに「また」この駅に来てしまった。
彼女が来た。
今度は甘く強い香り、これは私の好きな匂いだ。
今度こそ話しかけよう。
朝で人影がまばらなことに勇気を借り、ついに話しかける。
「あの、その花、なんて名前なんですか?」
彼女は少し驚いたようにこちらを向き、すぐ柔らかく答える。
「えっ?ああ、これはボロニアと言う花です、匂い気になりました?」
「実は私、こういう花の香りが好きで、香水があったら買ってみたいなって考えっちゃって」
「そうなんですか?実は私の実家が花屋をやっていて、今自宅にこの花を持って帰ってるとこなんです。もし興味があるなら、是非うちに来ませんか?」
その言葉に、少し胸が高鳴る。これは新たな挑戦だ。
「興味、あります」
「ならよかった」
その時、タイミングよく電車が到着し、私たちを出迎える様にドアが開く。
隣に座る彼女を、チラッと見る
私はずっと花に気を取られてたけど、彼女の横顔は思ったより魅力的だった。
つい、彼女と視線が合ってしまう、すぐ目をそらそうとするが
彼女は私に微笑み返す、その意外な反応に呼吸を忘れてしまう。
目的の駅に着くと私は彼女の一個後ろを歩く。
着くとそこは一軒家で、庭に色とりどりの花が溢れていた。
自分の家とは全く違う雰囲気だ。
庭に入り、隅から隅までゆっくりみて回る。
「ここが私の家です、花の香りとかを研究していて、花が好きなんです。
どうですか?もし気に入ってくれるなら、私と一緒に仕事をしてみませんか?」
唐突な勧誘で頭が真っ白になる
「えっ、私でいいんですか?」
「はい、あなたならいいんです。いつも同じ駅に、同じ時間にいるぐらい几帳面の、あなたなら」
ずっと見られてた、気づかれていた。
その目は、私を全てを見透かしているようだった。
自然に彼女から視線を逸らしてしまう。
「もしかして、私が話しかけることを待ってたんですか?」
疑問をぶつける
「いや、あなたは花をずっと見てるだけで、ただ花が好きな人なのかな?って。なんとなくです、そんな特に考えてませんよ、さぁ、入ってください」
微かな疑問が拭えぬまま家へ連れられる。
家に入ると、木のほのかな香り、あたりには観葉植物がいくつも置かれている。
全てが丁寧に手入れされているのか、葉は生き生きとした緑色をしていた。
「私はいつも、このリビングで研究開発してるので、あなたはここで助手をしててください。来れる日は連絡をするだけで大丈夫です。」
まだOKも何も伝えていないのに、
淡々と事が勝手に進む、私は何かを言おうとするが喉から先に言葉が出ない。
「あっ、そうだ、まだ名前を聞いていませんでしたね、私は彩香って言います、あなたは?」
彩香、その言葉はまさしく彼女のためにあるように感じた、
すると喉にあった壁がなくなり、自然に声が出る。
「私、、、私は、莉沙って言います。どうぞ、お願いします」
深くお辞儀をする。
心の中で何処か不思議な感覚がする。
また新たな自分を知れる、そんな気がした。
「莉沙、これからよろしくね」
彼女は力強く、優しい手で私に握手をした。
いつもの駅のホームにたどり着く、空は紅に染まり、すっかり日が暮れてしまった。
もう大学を終えて、今日はアルバイトはない、行こう。
ラインを開き連絡をする
莉沙「今からそっちへ向かいます」
彩香「わかった、待ってるね」
やってきた電車に乗り、揺られながら今までの情報を整理する。
何回か彼女のもとで、仕事をさせてもらっていくつか分かったことがある。
どうやら彼女は私より、いくつか年上で、同じ高校出身だった。
だが、彼女が通っていた大学は、私より良いところで、もう卒業して今は社会人。
ずっと夢に見ていた仕事に就職し、あんな立派な家に住むことができている。
きっと今の暮らしは充実していることだろう、そう思うと何処かデジャヴを感じてしまう。
彩香宅に着く頃にはもう夜だった。
お邪魔します、そう言ってドアを開けると、奥から、いらっしゃい、と聞こえる
リビングのテーブルに、さまざまな瓶を広げ、彼女はピペットを持って後ろ髪を縛っている。
彩香「来たね、今ちょうど、いい感じに配合できたと思うから、早速試しに嗅いでみて」
そう言うと、こちらに一つ瓶を差し出す。
鼻を近づけ嗅ぐ、その匂いは私があの時、好きと言った。
ボロニアの花の香りだった。
彩香「どう?あなたにぴったりな香りだと思うの」
いつもの暖かい微笑みの中に、子供のような無邪気さを感じる
莉沙「私のために、ありがとうございます、この香りとても好きです。」
彩香「ふふっ、そう言ってもらって嬉しいわ、これあげるけどお代、もらうわね」
勝手にタダでもらえると勘違いしてしまった。
慌ててバッグをあさる私に彼女は、冗談、冗談と笑う。
そして、私はいつもの仕事に取り掛かる、おもに書記として彼女の調合内容を文字に起こす。
彩香「ここはこの調合ね、しっかりメモしてね。結構自信作なの、また商品化も狙えるわ」
そう、彼女は一度、香水メーカーの調香師として成功しており、
そのおかげで暮らしには少し余裕があるのだ。
彩香「よし、今日はここまで」
彩香はそう言うとソファーに寝転ぶ。
彩香「あなたが来てくれたおかげで、最近の調子がいいわ、ありがとう。
私のわがままを聞いてくれて」
莉沙「いえ、私の方こそ、こんないい経験をさせてもらって、夢のような仕事が出来るとは
全く思っていなかったんです。それに、私は」
ちらっと目をやると、もう彼女はだらしなく寝てしまっていた。
私は彼女に薄い布団を肩までかけてあげると、
彼女に向けて言いかけてた言葉を投げかける。
莉沙「私は、あなたと一緒にいれてなんだか満たされるような気持ちになるんです。変ですかね」
朝、日差しが目に入り込む
なんだかいつもより鳥の鳴き声が強く、花のいい香りが、、、
バッ!っと勢いよく起きると、ここは寝室だった。
まずい、彩香さんの家で寝てしまった、だが寝た記憶がない。
彩香さんに布団をかけてあげて、それからの記憶がない。
すると、奥で彼女がシャワーを浴び終えて、歯を磨いているのが見えた。
彼女は自分が起きたのに気付いたのか、遠くから話しかける。
彩香「起きたね、ごめん、昨日急に寝ちゃって、実はあの後、すぐ起きたんだけど、そしたら君が机に伏せて寝ちゃってて、だからとりあえず、ここまで運んであげたんだよ」
今までにない、込み上げる感情に顔を隠すように布団に包まる。
私あの後寝ちゃって、寝室まで担いで運んでもらってたなんて、なんで私起きなかったんだろう。
莉沙「す、すみません。私の身勝手で寝場所を取っちゃって」
彩香「大丈夫、大丈夫、ソファーで寝ちゃった時、布団かけてもらったし」
私の感情がぐちゃぐちゃに交差する。
彩香「あの莉沙の寝顔可愛かったな〜、そうだ大学は大丈夫?」
莉沙「今日は大丈夫です」
一旦、一呼吸を置く
彩香「そう、なら今日一緒に花屋に行こうよ」
私はそれに二つ返事をした。
私たちがリビングに出ると
まだ、朝食を食べてない事に気がつく。
そこで私は、料理には自信があったため彩香さんのためにも、作らせて欲しいと頼む。
そういうと、彼女は自分も手伝いたいと言うが、その手伝いを押し切って、一人で料理を始める。
冷蔵庫にある食材は、どれも豪華で、私は目を輝かせてレシピを思案する。
そして完成したのは、ベーコンと野菜のソテーの目玉焼きだった。
一緒にテーブルを片付け、私の手作りの朝ごはんを並べる。
この朝ごはんは彼女と一緒に食べているからか、とても美味しく感じた。
彼女の美味しいと言う言葉に、胸が温まった。これで借りは返せたかな?
そして私達は、花屋に出かける準備を始めた。
彼女のクローゼットを開いて、あれこれとオススメを選んでもらううちに、思った以上に時間が過ぎていく。
最終的に私は可愛らしいワンピースに落ち着き、彼女は気取らないラフなスタイルに決まった。
鏡の前で並んで立つと、ちぐはぐなようでいて、不思議と釣り合っている気がした。
彼女の一押しの花屋は少し離れた場所にあり、しばらく長い間、電車に揺れることになった。
彼女は寝不足なのか、私の肩に寄りかかり寝てしまう。
私があの時見た、上品さと打って変わり、今では、彼女はただ無邪気な子供のようで、可愛らしかった。
いつしか、l私も彼女に寄りかかり、花の香りに包まれ意識が遠のいていく。
目的の場所に着き、電車を降りると、まだ目を擦る私とは打って変わって、彼女は目を輝かせていた。
花屋に着くと、ここでお互い探す花を別れて見つけることに。
私は、彼女と初めて会った時のあの紫の花を探す、今でも色褪せない思い出だ。
店員さんに声をかける。
莉沙「すみません、シナモンの香りのする。紫の花を探しているのですが、ありますか?」
店員に連れられ、一つづつ花をじっくり見て回る。
* オオイヌノフグリ
* カンアオイ
* コウテイダリア
* サフラン
* ジンチョウゲ
* ハナサフラン
* ハマジンチョウ
全て似ているようで違う。
目的の花は見つからない。そのもどかしさが、
私の記憶の中の花の美しさを、さらに際立たせる。
そう、私はクリスマスの日に、
大切な彼女に、私を変えてくれたあの花を、また持たせることを夢見ている。
彩香と合流する
彩香「いい花見つかった?」
私は苦笑いをし、首を横に振る。
彩香「そう、私はいくつか見つかったよ、けどお目当てのが無いね」
莉沙「お互い目当てのだけ見つかりませんね」
彼女達のそれぞれの想いが交錯する、
どれも不透明、だが確かにどこか近付くものがある。
私たちは10月に出会い、それから刻々と時を刻んでいた。もう12月。
12月上旬、私は彼女の家で助手をしていた。
彩香「次はこれをやって」莉沙「はい」
私はもう、彼女と同じ作業をさせてもらえるほどに成長した。
そのこともあり、より重労働になり疲れは確かに溜まっていた。
作業を一旦中断し、彩香が話しかける
彩香「お腹すいたね、何か食べようか」
そう言う彼女に率先して、私は台所へ向かう。
莉沙「ここは任せてください、料理には自信があるので」
そう言い材料を取り出す私の肩に手を置く
彩香「顔が疲れてるよ?いつもやってもらってばっかだから、今日は一緒に作ろう」
私はひどい顔をしているのか?気を使わせてしまったことに胸が痛む。
私はそれを悟らせないため取り繕う。
莉沙「はは、ここは全部作ってくれるんじゃ無いんですか?」
鍋にサラダ油を熱し、切った鶏肉、玉ねぎ、じゃがいも、にんじんを焦がさないように炒める。
水を加え、沸騰したらあくを取り、具材が柔らかくなるまで弱火~中火で約15分煮込む。
その間、私たちは互いの共通の好きな曲を口ずさみ、自分たちの世界に入っていた。
いったん火を止め、ルウを割り入れて溶かし、再び弱火で時々かき混ぜながらとろみがつくまで約5分煮込む。
牛乳を入れてさらに約5分煮込む。
完成だ
私たちは、初めて一緒に作った、シチューを台所で飲む。
喉を通り体の芯が温まるのを感じる。
私たちは、シチューを飲みながら、
これからについての話に、好きなドラマの話、好きな花の話と
常に話題が絶えることはなかった。
最初の私とはまるで真逆だ。あの頃は世界が色褪せ、孤独に埋もれていた
でも、今は欠ける感じはしない。
そしてついに25日を迎える、クリスマスだ。
外は雪が降り、辺りは白銀景色。
しかし、私はいつも通る道なのに、重い足取りだった。
緊張して、インターホンを渋る手を無理やり動かし、鳴らす
いつもはインターホンから、どうぞ、の声だけだったが、今回は玄関から出迎えてくれた、
彩香「来たね、さぁ入って」いつもより楽しそうな、彼女の変化に気づく
リビングのテーブルの上には、豪華なご飯が並んである。
莉沙「すごい、これ全部作ったんですか?」
彩香「いや、ほぼ頼んだやつ、けどシチューは莉沙と一緒に作ったのを思い出しながら作った、私の力作」
全部手作りではない事に拍子抜けをする、が、
私達だけの特別なシチューがあることが何より温まることだった。
席に着こうとコートをかけ、準備をする。
すると彩香はコソコソと背中に何かを隠し、
彩香「じゃん、これプレゼント」
白い綺麗な花を渡される。
彩香「この花はねクリスマスローズって言うんだ、花言葉は追憶、私の不安を和らげて、って意味があるの。私、実はね、あなたが来る前はずっと不安だったの、自分の身の回りに味方がいなくて、不安定な仕事で、憂鬱な日々で大好きな花も、だんだん色褪せてかんじちゃったの。
だけどあなたとあの駅で会って、花が好き、香りが好きって言ってくれて
そして今こう一緒にいてくれるようになってからから、ずっと毎日が楽しかった。
私との出会いを大切に、ずっと一緒に居てほしい」照れ臭そうに上目遣いをする彼女。
彼女も悩み抱えて生きていたんだ、私と同じ。
こんなにも、まっすぐと感謝をくれた経験は初めてだった。
私も初めてな経験ばっかり、込み上げる感情をグッと堪える。
一呼吸つくと。まっすぐと真剣に彼女を見つめる。
莉沙「じっ、実は私からもあるんだ」
背中のリュックから花を取り出す、それは紫の花ではなかった。
白色で、微かな甘い匂いがする。
莉沙「白いスイセンです。でも、本当に渡したかったのは、あなたを最初に見た紫の花、カトレアです。
でも、必死にあっちこっち探したけれど見つからなくて。
だから、いつか必ずその花をあなたに持たせる日が来るまでは、助手としてずっとそばにいさせてください。
これは私の気持ちの花です。受け取ってください。」
風がないのにふわっと浮き上がる感覚に包まれる。
彩香はその花を受け取り、いつもの微笑みを返す
「もちろん、これからもよろしくね」その声は細く幸せを呟く。
私、あなたの事が好きです
伝えられなかった、心の中で流れる言葉。私は目的の花も渡せず全てが中途半端だ。
けど、これからもずっと色褪せない「花」と共に生きていくことができる。
きっと私の花は、彼女なのだろうから。
花瓶にそれぞれプレゼントした花を飾る、ただ純粋な互いを想う気持ちがこの部屋を暖かくし、
確実に「追憶」に残るようなクリスマスだった。
桜のピンクの花びらが舞い落ちる。もうすっかり外は暖かい春になり、
窓の隙間の日差しが、玄関に飾られている、カトレアを優しく照らす。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
この物語は「花」を通した、小さな幸せの話でした。
莉沙の心情の変わり方、全く読めない彩香の心情を考えるのも面白いかもしれませんね。
最後の莉沙の告白、最後まで「助手」としていたい、つまりカトレアが手に入ったときにはもう、
決心しているのでしょうね。
皆さんの温かいコメント待ってます。