第九十四話 裏切り者の玉座、そして血の対峙
バンコクの地下深く、熱気と湿気がこもる暗い通路を、コウとメイファンは慎重に進んでいた。彼らが辿り着いたのは、香港三合会タイ支部のアジトへと続く、最後の通路だった。通路の先には、重厚な鉄扉が立ちはだかっている。分厚い鋼鉄でできた扉には、複雑な電子ロックが施されており、力ずくで開けることは不可能だ。
「…力ずくじゃ無理か」
コウは、そう呟き、扉を睨みつけた。
「フン…、俺にできないことはないさ。この程度、楽勝だ」
メイファンは、そう言って、懐から小型の端末を取り出した。彼女の指先は、まるでピアノを弾くかのように、滑らかに端末を操作していく。画面に表示される複雑なコードが、彼女の驚異的なハッキングスキルを物語っている。彼女の目は、端末の画面に釘付けになっており、その横顔からは、絶対的な自信が窺える。
「…あと、10秒…」
メイファンは、そう呟き、端末の画面を見つめた。その言葉に、コウの心臓が、わずかに早鐘を打った。
「…5…4…3…2…1…ゼロ!」
メイファンが叫び、電子ロックが解除された。鉄扉は、重い金属音を立てて、静かに、そしてゆっくりと開いていく。
「…よし」
コウは、そう呟き、FN SCARを構え、扉の奥へと飛び出した。
扉の向こうは、広大な空間だった。天井は高く、中央には豪華な玉座が置かれている。そして、その玉座に、一人の男が悠然と座っている。男は、コウとメイファンを見て、ニヤリと笑った。
「…よく来たな、コウ、そして…メイファン」
男は、そう言って、コウたちを睨みつけた。その声は、驚くほど冷静で、まるでコウたちの到着を予期していたかのようだった。
「…チャン…!」
コウは、その男を見て、驚きと怒りのあまり、言葉を失った。玉座に座っていたのは、香港三合会タイ支部の幹部、チャンだった。
「どうした? そんなに驚いた顔をして。まさか、俺が、このアジトにいるとは思わなかったか?」
チャンは、そう言って、コウを嘲笑うかのように言った。彼の手に握られているのは、S&W M&Pシールド。小型で取り回しの良い拳銃だが、そのグリップは、チャンの手に馴染んでいるようだった。
「…チャン…! まさか、お前が裏切り者だったとはな…!」
コウは、チャンを睨みつけ、叫んだ。
「フン…、裏切り者だと? 違うな。俺は、香港三合会を、俺が支配するに相応しい組織にしようとしているだけだ。そのために、邪魔な奴らを排除しただけだ」
チャンは、そう言って、不敵な笑みを浮かべた。彼の目には、野心と狂気が宿っている。
「…お前の狙いは、組織の極秘データか!」
コウは、そう叫び、チャンに銃口を向けた。
「そうだ。このデータさえ手に入れれば、俺は、香港三合会を、俺の掌の上で操ることができる」
チャンは、そう言って、S&W M&Pシールドを構え、コウに銃口を向けた。
その時、空間の奥から、複数の足音が聞こえた。
「…来たぞ!」
コウは、身構えた。
空間の奥から、武装した男たちが、姿を現した。彼らが手にしているのは、H&K MP7。その銃口が、コウたち全員に向けられている。
「フン…、コウ。どうする? あなたの大切な居場所が、今、私の部下たちに破壊されようとしているわ。もし、あなたがここで私に降伏すれば、彼らの命だけは助けてあげてもいい」
チャンは、そう言って、ニヤリと笑った。
「…くそっ…! まさか、最初から…!」
コウは、チャンが、最初から自分たちを罠に嵌めるつもりだったことに、気づいた。彼が自分たちに情報を流したのは、アジトに引きずり込むための罠だったのだ。
「そうだ。俺は、お前たちを、このアジトに引きずり込むために、裏切り者の情報を流したんだ。お前たちを始末すれば、俺の野望を邪魔する奴は、誰もいなくなる」
チャンは、そう言って、高らかに笑った。彼の笑い声は、空間全体に響き渡り、コウたちの心に、深く突き刺さった。
コウは、チャンの言葉に、絶望的な表情を浮かべた。彼は、チャンが、自分たちのことを、最初から知っていたことに、改めて悟った。
「…コウ、どうする!?」
メイファンが叫んだ。
「…やるしかない! メイファン、援護する!」
コウは、そう叫び、FN SCARを構え、男たちに銃口を向けた。
「…フン…、無駄だ。コウ。お前たちに、俺は倒せない」
チャンは、そう言って、ニヤリと笑った。
その言葉を合図に、護衛たちが、一斉に発砲した。
タタタタタタタ!
H&K MP7の軽快な銃声が、空間に響き渡る。コウは、素早く遮蔽物に身を隠し、反撃を開始した。FN SCARの重厚な銃声が響き渡り、銃弾は、男たちの頭部や胸を正確に貫いていく。
「メイファン! 援護する!」
コウは、メイファンに叫び、反撃を開始した。
「わかってる!」
メイファンは、そう言って、グロック17を構え、男たちに応戦した。彼女は、コウの銃撃に合わせ、アクロバティックな動きで、銃弾をかわしていく。
銃撃戦は、熾烈を極めた。空間は、護衛たちの血と硝煙で満ちていた。しかし、護衛たちの数は、圧倒的だった。彼らは、コウとメイファンの銃撃をかわしながら、コウたちに銃弾の雨を降らせる。
「くそっ…! キリがねえ!」
コウは、そう叫び、歯ぎしりをした。
その時、チャンが、コウに向かって、S&W M&Pシールドを発砲した。
パン!
乾いた音が響き、銃弾は、コウの横をかすめ、壁にめり込んだ。
「…くそっ…!」
コウは、チャンの射撃の正確さに、驚きを隠せないようだった。彼は、チャンに銃口を向け、発砲しようとした。しかし、チャンは、護衛たちに守られ、コウの銃弾は届かない。
「…フン…、コウ。お前たちは、もう終わりだ」
チャンは、そう言って、高らかに笑った。
コウは、絶望的な表情で、チャンを睨みつけた。彼の心臓は、絶望と怒りで、早鐘を打っていた。




