第九話:最後の交渉人
コウは、マックスから受け取った旧式のハンドガンを手に、静かに立ち上がった。彼の瞳に宿るのは、もはや復讐の炎ではない。それは、ケンジや先生、そしてジェイクの死を無駄にしないための、強い意志の輝きだった。彼は「ボス」にはならない。ただ、この街で、生きるために戦うのだ。
店の外から、爆発音が響き渡る。イカロスの攻撃だ。フランクは、店のシャッターを閉め、ライフルを構える。彼の顔には、恐怖と、しかしコウを信じる希望の光が浮かんでいた。
「フランク、マックス、準備はいいか」
コウは、ハンドガンを構え、二人に言った。フランクは、震える声で答えた。
「はい…いつでも」
「コウ様、俺たちは…あなたについていきます!」
マックスは、そう言って、ライフルを構えた。
コウは、店の裏口から外へと出た。路地裏は、すでにイカロスの兵士たちに囲まれていた。彼らは、アサルトライフルやグレネードランチャーを構え、コウたちを待ち伏せしていた。
「コウ、お前はもう終わりだ! イカロスの力を見せてやる!」
イカロスの幹部、レオと名乗る男が、コウの前に姿を現した。彼は、ニヤリと笑い、コウに銃口を向けた。
コウは、レオの言葉に何も答えず、ハンドガンを構えた。彼の動きは、以前とは全く違っていた。彼の銃を持つ手は、まるで体の一部であるかのように、自然で、無駄な動きが一つもなかった。彼は、ケンジと先生から教わった、銃の基本に忠実だった。
「…無駄だ、コウ。お前が持つのは、ただの旧式銃だ。俺が持つのは、最新鋭のFN SCAR-Hだ。勝てるわけがないだろう」
レオは、嘲笑しながら言った。しかし、コウはレオの言葉に耳を傾けなかった。彼は、一瞬の隙をついて、レオに発砲した。弾丸は、レオの腕を掠め、彼の肩に突き刺さった。レオは、苦痛に呻き、その場に膝から崩れ落ちた。
「なぜ…なぜだ…!」
レオは、信じられないという表情でコウを見た。コウは、レオに駆け寄り、彼の首筋にナイフを突きつけた。
「俺は、お前を殺さない。だが、二度と俺の前に姿を現すな。もし現れたら、その時は…」
コウは、そう言って、レオを睨みつけた。レオは、恐怖に震え、何も言えなかった。
コウは、レオを解放し、イカロスの兵士たちに向き直った。
「…レオは、お前たちを騙している。彼は、この街の平和など望んでいない。ただ、自分の欲望を満たすために、お前たちを利用しているだけだ」
コウは、そう言って、イカロスの兵士たちに語りかけた。兵士たちは、コウの言葉に戸惑い、銃を下ろした。
その隙に、フランクとマックスが、イカロスの兵士たちに銃口を向けた。
「お前たち、武器を捨てろ! さもないと…!」
フランクは、叫んだ。兵士たちは、コウとフランク、そしてマックスの銃口に怯え、武器を捨てた。
「…コウ様…」
フランクは、コウの強さに、再び恐怖を覚えた。コウは、レオと、そしてイカロスの兵士たちを、言葉と暴力で圧倒したのだ。
その時、一発の銃声が響いた。弾丸は、フランクの頭を貫き、彼はその場に倒れ込んだ。
「…フランク!」
コウは叫んだ。しかし、フランクは、コウの言葉に答えることなく、息絶えた。
「…イカロス…お前ら…!」
コウは、怒りで我を失い、イカロスの兵士たちに発砲した。彼は、手にしたハンドガンを連射し、次々とイカロスの兵士たちを殺害していった。
その銃弾は、まるでコウの怒りを表すかのように、正確に、そして残忍にイカロスの兵士たちを襲った。しかし、彼は、ただ感情のままに撃っているわけではなかった。彼は、イカロスの兵士たちが銃を構える隙を与えず、彼らの動きを先読みし、正確に狙撃していた。
マックスは、コウの戦いを見て、驚愕した。コウの動きは、まるで熟練した傭兵のようだった。彼は、銃声と銃弾が飛び交う中、まるでダンスを踊るかのように、優雅に、そして致命的にイカロスの兵士たちを殺戮していった。
銃撃戦は、数分で終わった。イカロスの兵士たちは、全員が死体となって地面に転がっていた。コウは、血に塗れたハンドガンを手に、静かに立ち尽くしていた。彼の目には、もう何も映っていなかった。
「コウ様…」
マックスは、コウに近づき、震える声で言った。しかし、コウはマックスの言葉に反応しなかった。彼は、ただ静かに、地面に横たわるフランクの死体を見つめていた。
「…フランク…俺は…俺は、また…」
コウは、フランクの死体を見下ろし、涙を流した。彼は、この街で生きるために、また一人、大切な人間を失ってしまった。
その時、一人の男が路地裏に現れた。男は、顔に深い傷跡があり、どこかコウに似た雰囲気を纏っていた。男は、コウの前に立ち、言った。
「コウ、お前は…もう、俺が知っている渡部浩一じゃない。お前は、人を殺し、街を支配するモンスターになったんだ。俺は、もうお前を信じられない」
コウは、男の顔を見て目を見開いた。その男は、かつてコウとケンジの師であった「先生」だった。
「…先生!なぜ…なぜ生きている!?」
コウは、信じられないという表情で先生を見た。
「俺は、お前が信じていた「真実」とは、全く違う。俺は、お前を裏切ったわけじゃない。ただ、お前を成長させるために、できる限りのことをしただけだ」
先生は、そう言って、コウに真実を語り始めた。彼は、コウが復讐を成し遂げるために、ヴィクターやグリズリーと戦うことを知っていた。だから、彼はコウを「裏切った」ふりをして、コウが一人で立ち向かう力を身につけるように仕向けたのだ。
コウは、先生の言葉に打ちひしがれた。彼は、自分が信じていた「真実」が、実は全くの嘘だったことを知った。彼は、自分の復讐が、先生の犠牲の上に成り立っていたことを悟った。
「先生…俺は…俺はなんてことを…」
コウは膝から崩れ落ち、先生に許しを求めた。しかし、先生はコウを許さなかった。彼は静かに言った。
「もう遅い、このfuck野郎! お前はもう、俺が知っている渡部浩一じゃない。お前は、人を殺し、街を支配するモンスターになったんだ。俺は、もうお前を信じられない」
先生はそう言って、コウに銃を向けた。
「俺は、お前を止めるためにここに来た。このcunt野郎の暴力は、もう見飽きた」
コウは静かに立ち上がり、言った。
「先生、俺を信じてくれ。俺は…俺は変わる。もう誰も傷つけない。先生を…守るために」
しかし、先生はコウを信じなかった。彼は引き金を引いた。その瞬間、コウは素早く動き、先生の銃を叩き落とし、懐から取り出したナイフで先生の腹部を刺し貫いた。
先生は苦痛に呻き、その場に崩れ落ちた。
「なぜだ…なぜ、俺を…」
「俺は、もう誰にも裏切られたくない…」
コウはそう言って、先生の胸にナイフを突き刺した。先生は、そのまま息絶えた。
コウは、血の海に倒れる先生を見下ろし、涙を流した。彼は、自分がこの街で生きるために、最も大切な師を殺してしまったことを悟った。
「俺は…一体、何のために…」
コウは、この街で生きるために、自分自身を殺し、モンスターになった。しかし、彼が手に入れたものは、ただの空虚感と孤独だった。彼は、この街で、これから何を求め、どこへ向かっていくのだろうか。




