第五話：街の死角
ヴィクターと彼のボディガードたちを殺害してから数日後、ポート・ノーウェアの裏社会は混乱の渦中にあった。ブラッドハウンドのリーダーであるヴィクターが殺されたという事実は、彼らの組織だけでなく、他の勢力にも動揺を与えた。誰が、あのヴィクターを殺したのか。様々な憶測が飛び交う中、コウの名が静かに、そして確実に広まり始めていた。
フランクは、その日以来、コウに一切口を利かなくなっていた。コウの暴力性を目の当たりにし、もはや彼をただの交渉人だとは思えなかったのだ。フランクの心には、恐怖と、そしてわずかな羨望が混在していた。コウの強さが、この街で生き残るための唯一の答えだと悟っていた。
その夜、コウはジェイクの店で酒を飲んでいた。店の隅で銃の手入れをしながら悪態をつくフランクの言葉を、彼は静かに聞き流していた。彼の心は、復讐を成し遂げた虚無感と、これから何をすべきかという迷いで満ちていた。
その時、店の扉が静かに開き、一人の男が立っていた。全身を黒いコートで覆い、その顔はフードの影に隠れて見えない。しかし、彼が放つ異様なプレッシャーに、ジェイクとフランクは息をのんだ。
「ジェイク、お前に頼みたい仕事がある」
男は低い、地を這うような声で言った。ジェイクは、男の顔を見て、顔を青ざめさせた。
「あなたは…まさか、グリズリー…？」
グリズリー。彼は、ブラッドハウンドと対立する犯罪組織「アイアン・クラン」のリーダーだった。彼の名は、暴力と恐怖の象徴として知られていた。
「ヴィクターを殺したのは、お前か？」
グリズリーはそう言って、ジェイクの襟首を掴んだ。ジェイクは恐怖に震えながら首を横に振った。
「違う！私ではない！彼は…」
ジェイクが言葉を続けようとしたその時、奥の部屋からコウが姿を現した。彼は静かにグリズリーに近づき、言った。
「その男を離しなさい。ヴィクターを殺したのは、私です」
グリズリーは、コウの顔を見て、嘲るように笑った。
「なんだ、このガキは。ヴィクターを殺したのが、こんなガキだなんて、信じられねぇな。おい、tits野郎、お前は俺の獲物を奪った。その代償は払ってもらうぜ」
グリズリーは、コウに拳を振り下ろした。しかし、コウは素早く身をかわし、懐から取り出したナイフで、グリズリーの腹部を切り裂いた。グリズリーは苦痛に呻き、その場に膝から崩れ落ちた。
「なぜだ…なぜ、お前は…」
グリズリーは、苦痛に顔を歪ませながら、コウに尋ねた。コウは、グリズリーの言葉に何も答えず、彼の首筋にナイフを突きつけた。
「無駄な争いをする必要はないと言ったはずです」
コウはそう言って、グリズリーの首にナイフを突きつけた。グリズリーは、恐怖に満ちた目でコウを見た。
「なぜ…なぜ、俺を…」
「俺は、お前を殺さない」
コウの言葉に、グリズリーは驚愕した。
「代わりに、あなたは、この街の支配者となる。私と組めば、あなたは無駄な争いをせずに、この街の裏社会を支配できる」
コウは、そう言って、グリズリーに手を差し出した。グリズリーは、コウの手を掴むことなく、その場に立ち尽くしていた。彼の心は、コウの言葉に揺れ動いていた。
コウは、グリズリーの懐から、一枚の古い紙を取り出した。そこには、暴力教会の真の支配者と、その目的を記したものが書かれていた。そして、その情報には、イリーナに関する驚くべき事実も含まれていた。
「これは…」
グリズリーは、その紙を凝視し、顔色を変えた。彼の目には、怒りと、そして深い絶望が浮かんでいた。
「イリーナは、この街の闇を終わらせるために、暴力教会と手を組んでいた。そして、彼女は、この街の闇を終わらせた後、この街の新たな支配者となることを目論んでいる。あなたは、彼女の駒に過ぎない」
コウは、そう言って、グリズリーの心に最後の楔を打ち込んだ。グリズリーは、何も言えなかった。彼の心は、コウの言葉に打ち砕かれていた。
「私と手を組むか、それとも、イリーナの駒として死ぬか。選ぶのは、あなたです」
コウは、グリズリーに選択を迫った。グリズリーは、震える手で、コウの手を掴んだ。
「…俺は、お前と組む」
グリズリーは、そう言って、コウに忠誠を誓った。コウは、彼の忠誠を受け入れた。
この日を境に、コウは、ポート・ノーウェアの裏社会の支配者となった。彼の名は、暴力と恐怖の象徴となった。しかし、コウの心は、決して満たされることはなかった。彼は、この街で、これから何を求め、どこへ向かっていくのだろうか。
