第四話:復讐の代償
ポート・ノーウェアの暗い港に吹きつける潮風が、コウの頬を冷たく叩いた。彼の心は、先ほどまで燃え盛っていた復讐の炎が消え失せ、底知れぬ虚無感に襲われていた。手には、今しがたレイス商会の船長を刺し貫いた血濡れのナイフ。その刃は、かつての渡部浩一という男が、もう二度と戻れない場所へと踏み出したことを告げていた。
ジェイクの店に戻ると、フランクがいつものように悪態をついていた。
「おい、交渉人さんよ。こんな遅くまでどこで油売ってたんだ? 言葉で稼ぐのもいいが、街の闇を知らねぇと足元を掬われるぜ、このtits野郎が」
コウは何も答えず、ただ静かに奥の部屋へ向かった。彼の沈黙に、フランクは戸惑い、何かを言おうとして言葉を飲み込んだ。フランクは確かにコウを疎ましく思っていたが、彼のただならぬ気配に、本能的な恐怖を感じていた。
翌朝、街はレイス商会の船長が何者かに殺害されたという噂で持ちきりだった。誰もが、裏社会の抗争だと噂し、ブラッドハウンドの仕業ではないかと囁き合った。しかし、コウは知っていた。それは、彼自身の復讐の結末だということを。
数日後、ジェイクの店に、ブラッドハウンドのリーダー、ヴィクターが再び姿を現した。彼は、店に入ってくるなり、鋭い視線でジェイクを睨みつけた。
「おい、ジェイク。あのcuntの居場所はどうなった?」
ジェイクは恐怖に震えながら、コウの視線をチラリと見て、言葉を濁した。
「それが、まだ…」
ヴィクターはジェイクの嘘を見抜き、不機嫌な顔で奥にいたコウを指差した。
「おい、お前。あの男の居場所を知っているな?」
コウは静かにヴィクターの前に進み出た。
「ええ、知っています。彼は、もうこの世にはいません」
ヴィクターは一瞬、何が起きたのか理解できなかった。彼は眉をひそめ、コウを嘲るように言った。
「まさか、このpissが俺より先にあのfuck野郎を殺したとでも言うのか?」
「そうです。彼を殺したのは、私です」
コウの言葉に、ジェイクとフランクは息をのんだ。ヴィクターは、静かに笑い始めた。その笑いは、次第に大きなものとなり、店の空気を震わせた。
「面白い。本当に面白い。まさか、俺が復讐しようとしていた男を、お前のような交渉人が先に殺すとはな。だが、お前は俺の獲物を奪った。その代償は払ってもらうぜ」
ヴィクターはそう言って、コウに襲いかかった。しかし、コウの動きは、ヴィクターの想像をはるかに超えていた。コウは、ヴィクターの拳を紙一重でかわし、懐から取り出したナイフでヴィクターの首を素早く斬りつけた。
ヴィクターは、何が起きたのか理解できないまま、自分の首から血が噴き出すのを見た。彼は驚愕の表情を浮かべたまま、その場に崩れ落ちた。
ヴィクターの死に、彼のボディガードたちは動揺した。彼らは、リーダーを失い、恐怖と怒りに駆られてコウに銃を向けた。
「この野郎! ヴィクター様を殺しやがって!」
コウは、銃を構えるボディガードたちに向かって、静かに語りかけた。
「あなたたちは、ヴィクターの道具でしかない。彼はあなたたちの命を、自分の欲望のために使おうとしていた。もう、誰かの道具として生きる必要はない。自由になりなさい」
コウの言葉は、まるで魔法のようにボディガードたちの心を揺さぶった。彼らの顔から怒りが消え、戸惑いが浮かび上がった。その一瞬の隙をついて、コウは素早く動き、一人をナイフで刺し、もう一人を首を捻じ曲げて殺害した。
血の海に倒れるヴィクターとボディガードたちを見下ろし、コウは何も感じなかった。それは、ただの作業であり、この街で生きるための避けられない選択だった。
コウは、ジェイクとフランクのいる方へ振り返った。二人は、目の前で起きた出来事に言葉を失っていた。フランクは、コウがただの「交渉人」ではないことを悟り、顔を青ざめさせていた。
「コウ、お前…」
ジェイクは震える声でコウに話しかけた。コウは静かにジェイクを見て、言った。
「私は、ただ生きるために、私にできることをしただけです。この街で生きるには、時には力が必要になる。それが、この街のルールです」
コウの言葉に、ジェイクは頷くしかなかった。彼は、コウがかつての渡部浩一ではないことを、そしてこの街で生きるための覚悟を決めたことを理解した。
この日を境に、コウの存在は、ポート・ノーウェアの裏社会で新たな意味を持つことになった。彼は、言葉の力だけでなく、暴力という力をも手に入れた。彼の名は、「交渉人」から「裏社会の支配者」へと変わりつつあった。
しかし、コウの心は、決して満たされることはなかった。復讐を成し遂げ、力を手に入れた彼の心には、ただ虚無感だけが残っていた。彼は、この街で、これから何を求め、どこへ向かっていくのだろうか。