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第三十二話 血の塔の番人

浩一とメイ・ファンは、ポート・ノーウェアの北部へと向かっていた。冷たい風が吹き荒れ、錆びた鉄骨が立てる軋む音が、まるでこの街の嘆きのように響き渡る。空は、もう太陽の光を失い、濃い鉛色に染まっていた。街のネオンサインは、まるで狂った幻覚のように瞬き、その光は、彼らの行く手を照らすどころか、かえって歪んだ影を地面に落としていく。


彼らの目的地、「血の塔」は、遠目に見ても異様な存在感を放っていた。かつては巨大なオフィスビルだったのだろうが、今はその外壁のほとんどが剥がれ落ち、内部の鉄骨が複雑な骨格のようにむき出しになっている。窓ガラスは全て砕け散り、黒い穴が無数に開いて、内部の暗闇を覗かせている。それは、この街の暴力と腐敗が凝縮された、巨大な墓標のようだった。


「…本当に、ここなのか?」


浩一は、掠れた声で呟いた。老人がくれた地図に記された場所は、この悍ましい廃ビルだった。ジェイクは、この場所にいる「番人」を殺し、次の情報を手に入れろと命じた。しかし、浩一の脳裏には、老人が語ったジョナの言葉が、そして、自分が殺した男の家族の笑顔が、焼き付いて離れない。彼は、自分がジョナの使命を引き継ぐために、この血塗られた道を歩んでいると信じたい。だが、ジェイクの冷徹な命令が、その信念を揺るがす。


「ここだ。気をつけろ。奴らは、狂った畜生どもだ。」


メイ・ファンの声が、浩一の耳元で響く。彼女は、浩一の隣で、無言で銃を構えている。彼女の瞳は、まるで深淵を覗き込むかのように、冷たく澄んでいた。彼女にとって、この血の塔は、ただの仕事場なのだろうか。それとも、彼女もまた、何かの使命を背負っているのだろうか。


ビルの入口は、巨大な口を開けた怪物のようだった。二人は、その口の中へと吸い込まれていく。内部は、薄暗く、埃と血の匂いが混じり合っていた。床には、乾いた血痕が、不気味な模様を描いている。天井からは、錆びた鉄骨が不規則に突き出し、まるで怪物の肋骨のように見えた。


彼らが一階の中央広間に足を踏み入れた瞬間、四方から男たちの声が響いた。


「おい、てめえら、何しに来やがった?」


「新しい生贄か?」


声の主たちは、浩一とメイ・ファンの前に姿を現した。全員が、暴力教会のローブを纏い、武器を手にしている。彼らの顔には、狂気と愉悦が入り混じった笑みが浮かんでいた。彼らの目は、まるで獣のようだった。


「…クソッ。」


浩一は、思わず舌打ちをした。ジェイクの言う通り、彼らは交渉の余地がないイカれた連中だった。浩一は、震える手で銃を構えた。彼の心臓は、警鐘のようにけたたましく鳴り響いている。彼は、もう一度、人を殺さなければならない。


メイ・ファンは、浩一の横で、無言で銃を撃った。その銃声は、広間の空気を切り裂き、一人の男が、頭を撃ち抜かれてその場に倒れ込んだ。残りの男たちは、メイ・ファンの冷徹な行動に一瞬怯んだが、すぐに狂気の笑みを浮かべ、二人へと襲いかかってきた。


「殺せ! 殺せ! 殺して畜生!」


一人の男が、狂ったように叫びながら、浩一に斧を振りかざした。浩一は、間一髪でその攻撃を避けると、男の腹部を蹴り、銃を構えた。男は、腹部を押さえながら、憎しみに満ちた目で浩一を見た。


「このボケナスが…!」


男が、再び斧を構えようとした瞬間、浩一は、銃の引き金を引いた。銃声が響き、男は、その場に倒れ込んだ。浩一は、自分の人生が、もう二度と元に戻らないことを、改めて悟った。


浩一の心臓は、激しく高鳴る。彼の心は、恐怖と罪悪感で満ちていた。だが、その中に、わずかな使命感の光が、見え始めていた。彼は、この街の闇を終わらせるために、戦うことができる。そして、その行為が、彼自身を救うことになるかもしれない。


「まだだ。行かなければならない。」


メイ・ファンが、浩一の耳元で囁いた。彼女の手が、浩一の肩に触れる。その手は、冷たかったが、どこか温かかった。


彼らは、壁伝いに、地下へと続く階段を探した。地図によると、番人は最上階にいるという。浩一は、メイ・ファンの後ろを、ただ無言で歩いた。彼の心は、恐怖と罪悪感で満ちていた。


やがて、彼らは、最上階へと続くエレベーターを見つけた。しかし、それは動かない。エレベーターの扉には、血で描かれた暴力教会のシンボルが、不気味に浮かび上がっていた。


「ここからは、階段だ。気をつけろ。」


メイ・ファンは、そう言って、浩一にナイフを渡した。浩一は、無言で頷き、ナイフを握りしめた。


階段を上っていくにつれて、空気が重くなっていく。湿った空気と、腐敗した匂いが、彼らの鼻を突く。壁には、乾いた血痕が、不気味な模様を描いている。それは、まるで、この塔が、生きた者の血を吸って、成長しているかのようだった。


やがて、彼らは、最上階の扉にたどり着いた。扉には、鉄の鎖が巻きつけられ、重い錠前がかけられていた。メイ・ファンは、その錠前を、無言で撃ち抜いた。錠前が砕け散る音が、静寂な廊下に響き渡る。


「…行くぞ。」


浩一は、覚悟を決めた。彼は、メイ・ファンと共に、扉を開け、中へと踏み入った。


部屋の中央には、一人の男が立っていた。彼は、浩一が殺した男のシンボルである、暴力教会のシンボルを身につけていた。彼の顔は、まるで岩のように固く、その目には、一切の感情が見られなかった。


「よく来たな。正義の殉教者を殺した男よ。」


男は、そう言って、浩一に微笑んだ。その笑顔は、浩一が殺した男の笑顔と、瓜二つだった。


「…あんたが、番人か?」


浩一は、震える声で尋ねた。男は、静かに頷いた。


「私の名は、アベル。私は、この街の闇を終わらせるために、この塔を守っている。だが、君が、この塔の闇を終わらせてくれるなら、私は喜んで、この命を捧げよう。」


アベルは、そう言って、浩一に銃を向けた。


「だが、君が、この街の闇を終わらせる資格がないのなら、私は、君を殺さなければならない。」


アベルの言葉は、浩一の心に、深い絶望を突きつけた。彼は、この街を変えることができるのか。それとも、ただ、誰かの罪を背負わされた、哀れな馬鹿野郎なのか。


浩一は、震える手で銃を構えた。その銃口が、アベルの額に向けられている。アベルは、絶望した顔で、浩一を見た。


「助けてくれ!」


浩一は、何も言えなかった。彼の心臓は、警鐘のようにけたたましく鳴っていた。


「交渉役は、人を殺さない。だが、交渉役は、人を殺すこともある。そして、お前は、もう、俺たちの仲間だ」


ジェイクは、そう言って、浩一の肩を叩いた。その手は、まるで鉄のように硬かった。


浩一は、銃の引き金を引いた。銃声が響き、男は、その場に倒れ込んだ。浩一は、自分の人生が、もう二度と元に戻らないことを、改めて悟った。


「お前は、もう、普通のサラリーマンじゃない。お前は、俺たちの仲間だ」


ジェイクは、そう言って、浩一の肩を叩いた。その手は、まるで鉄のように硬かった。


「お前は、もう、普通のサラリーマンじゃない。お前は、俺たちの仲間だ」


浩一は何も言えなかった。彼の心の中で、何かが崩れ落ちる音がした。その瞬間、浩一は、自分の人生が、もう二度と元に戻らないことを、改めて悟った。

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