第二話 贖罪の代償
浩一は、ポート・ノーウェアの街に降り注ぐ、鉛色の雨を窓から見つめていた。ジェイクから渡された一通の封筒は、彼の掌の中で、まるで熱い鉄のように重く感じられた。封筒の中には、札束と、殺した男の家族の写真が入っていた。妻と幼い娘。彼らが浮かべる無邪気な笑顔が、浩一の心を激しくえぐり、血を流させていた。彼は、この笑顔を守るために、男の命を奪ったのか？ その問いは、答えのない迷路のように、彼の心の中でぐるぐると回り続けていた。
ジェイクのアジトである廃墟の発電所には、静寂だけが満ちていた。浩一の心の嵐とは裏腹に、世界は静止しているかのようだ。その静寂を破るように、メイ・ファンが、音もなく彼の隣に現れた。彼女は、浩一が殺した男の家族の写真を覗き込むと、感情のない声で言った。
「彼らを、安全な場所に移動させる。それが、お前の最初の仕事だ。」
彼女の瞳は、まるで深淵を覗き込むかのように冷たく澄んでいた。浩一は、彼女の言葉に、何も返すことができなかった。彼の人生は、この瞬間から、もう二度と元に戻らないことを、改めて悟った。
「どこへ？」
「この街の、外だ。」
メイ・ファンは、そう言って、一枚の地図を浩一に手渡した。地図には、この街の地下に広がる、まるで巨大な蟻の巣のような複雑な通路が描かれていた。その中でも、ひときわ赤く塗りつぶされた場所に、「浄化者」という文字が記されていた。
「彼らは、この街の闇を浄化すると謳っている。だが、その実態は、金のためなら、どんな汚い仕事でも請け負うクズどもだ。」
メイ・ファンは、そう言って、浩一を鋭い眼差しで見つめた。
「彼らは、この家族を、次の取引の人質として、捕らえている。我々が、彼らを助け出さなければ、彼らは、この街の闇に、深く、深く、飲み込まれてしまうだろう。」
浩一は、震える手で銃を握りしめた。彼の心臓は、警鐘のようにけたたましく鳴り響いている。彼は、人を殺すことで、誰かを救うことができるのか？ その問いは、彼の心臓を、針で刺すように、激しく突き刺した。
「行こう。」
メイ・ファンは、そう言って、浩一の背中を押した。彼女の掌は、まるで氷のように冷たかった。浩一は、彼女の言葉に、何も返すことができなかった。彼は、ただ、彼女の後を追うことしかできなかった。彼の人生は、この瞬間から、もう二度と元に戻らないことを、改めて悟った。
地下迷宮の空気は、腐敗と湿気、そして、遠くから聞こえてくる奇妙な音で満ちていた。メイ・ファンの足音は、闇の中に吸い込まれるように静かだった。浩一の足音だけが、不気味に響く。彼は、自分の人生が、この灰色の空の下に閉じ込められていることを、無意識のうちに感じていた。
やがて、二人は、錆びついた鉄の扉の前にたどり着いた。扉には、不気味な骸骨のマークが刻まれている。メイ・ファンは、扉を静かに開けた。扉の向こうは、漆黒の闇が広がっていた。浩一は、G17を構え、震える手で銃口を扉に向けた。彼は、もう後戻りできないことを、改めて悟った。
扉の向こうは、まるで巨大な倉庫だった。壁には、大量の物資が積み上げられ、その中央には、数人の男たちが、銃を構えて立っていた。彼らは、浩一とメイ・ファンの姿を認めると、一斉に銃口を向けた。
「shit。面倒な野郎どもが来たぜ。」
男の一人が、唾を吐き捨てるように言った。彼の顔には、狂気に満ちた笑みが浮かんでいる。浩一は、その男の瞳に、深い絶望と怒りを感じた。
「お前たちが、あの家族を人質に取ったのか？」
メイ・ファンは、冷たい声で尋ねた。男は、その言葉に、冷笑した。
「そうさ。俺たちは、この街の闇を浄化するために、お掃除をしているのさ。お前らみたいなクソは、この街には必要ないんだよ。」
男は、そう言って、銃口をメイ・ファンに向けた。その瞬間、メイ・ファンは、素早く身をかがめ、CZ Shadow2 Carryから、一発の弾丸を発射した。弾丸は、男の眉間を正確に貫き、男は、その場に倒れ込んだ。
浩一は、その光景を、ただ呆然と見ていた。彼の心は、恐怖と罪悪感で満ちていた。彼は、人を殺すことで、誰かを救うことができるのか？ その問いは、彼の心臓を、針で刺すように、激しく突き刺した。
「…行くぞ。」
メイ・ファンは、静かに言った。彼女の瞳は、まるで深淵を覗き込むかのように、冷たく澄んでいた。浩一は、彼女の言葉に、何も返すことができなかった。彼は、ただ、彼女の後を追うことしかできなかった。彼の人生は、この瞬間から、もう二度と元に戻らないことを、改めて悟った。
倉庫の奥には、鉄格子で覆われた部屋があった。その部屋の中には、浩一が殺した男の妻と娘が、怯えた顔で座っていた。彼女たちは、浩一の姿を認めると、恐怖に満ちた目で彼を見た。
「…パパ…？」
娘が、震える声で言った。その声に、浩一の心は、激しく揺れ動いた。彼は、自分が、この笑顔を壊してしまったことを、改めて悟った。
その時、部屋の奥から、男が現れた。男は、体格が良く、顔には、無数の傷跡が刻まれている。彼は、浄化者のリーダーだった。
「ようこそ、コウ。そして、メイ・ファン。」
男の声が、部屋に響き渡る。その声は、まるで地獄の底から響いてくるかのようだった。
「お前は、この街の掟を破った。そして、その代償は、この女と、娘の命で支払ってもらう。」
男は、そう言って、銃口を娘に向けた。その瞬間、浩一の心は、激しい怒りで満ちた。彼は、G17を構え、男に銃口を向けた。
「piss off, motherfucker。」
浩一は、絞り出すように言った。男は、その言葉に、冷笑した。
「交渉役は、人を殺さない。だが、交渉役は、人を殺すこともある。そして、お前は、もう、普通のサラリーマンじゃない。お前は、俺たちの仲間だ。」
男は、そう言って、浩一の肩を叩いた。その手は、まるで鉄のように硬かった。
浩一は、震える手で銃を構えた。その銃口が、男の額に向けられている。男は、絶望した顔で、浩一を見た。
「助けてくれ！」
浩一は、何も言えなかった。彼の心臓は、警鐘のようにけたたましく鳴っていた。
「お前は、もう、普通のサラリーマンじゃない。お前は、俺たちの仲間だ。」
男は、そう言って、浩一に言った。
浩一は、銃の引き金を引いた。銃声が響き、男は、その場に倒れ込んだ。浩一は、自分の人生が、もう二度と元に戻らないことを、改めて悟った。
「…やったな。」
メイ・ファンが、浩一の肩に手を置いた。その手は、冷たかったが、どこか温かかった。
「これで、お前の罪は、少しだけ、軽くなった。彼は、この街の闇を終わらせるために、自ら命を捧げたのだ。」
メイ・ファンは、静かに言った。その声には、冷たさの中に、どこか優しさがあった。
「…俺は…」
浩一は、言葉を失った。彼は、男の死を、どう受け止めていいのか分からなかった。彼は、人を殺すことで、誰かを救ったのか？ それとも、ただ、誰かの罪を背負わされた、哀れな馬鹿野郎なのか。
メイ・ファンは、男の死体を調べた。彼の懐から、一枚の紙が落ちた。そこには、暴力教会の真の支配者と、その目的を記したものが書かれていた。そして、その情報には、イリーナに関する驚くべき事実も含まれていた。
「これは…」
メイ・ファンは、その紙を凝視し、顔色を変えた。彼女は、その紙を浩一に手渡した。浩一は、その紙に書かれた文字を、信じられない思いで読んだ。
そこには、イリーナが、この街の闇を終わらせるために、暴力教会と手を組んでいたことが記されていた。そして、彼女は、この街の闇を終わらせた後、この街の新たな支配者となることを目論んでいた。
「…cunt。」
浩一は、思わず舌打ちをした。彼は、イリーナに騙されていたのだ。イリーナは、彼を操り、この街の闇を支配しようとしていた。浩一の心は、怒りと絶望で満ちていた。
「どうする？」
メイ・ファンが、静かに尋ねた。彼女の瞳は、まるで深淵を覗き込むかのように、冷たく澄んでいた。
「…イリーナを…殺す。」
浩一は、絞り出すように言った。彼の心の中で、何かが崩れ落ちる音がした。その瞬間、浩一は、自分の人生が、もう二度と元に戻らないことを、改めて悟った。
彼は、ジョナ、そしてアベルの意志を継ぎ、この街の闇を終わらせるために、自らの手でイリーナに立ち向かうことを決意した。彼の心は、恐怖と罪悪感で満ちていた。だが、その中に、わずかな希望の光が、見え始めていた。彼は、この街の闇を終わらせるために、戦うことができる。そして、その行為が、彼自身を救うことになるかもしれない。
「さあ、行くぞ。」
メイ・ファンが、浩一の耳元で囁いた。彼女の手が、浩一の肩に触れる。その手は、冷たかったが、どこか温かかった。
浩一は、男の死体を踏み越え、メイ・ファンの後を追った。彼らは、血の塔を後にし、この街の闇へと、再び足を踏み入れていく。
