第十六話:血のワルツ
シモンの死によってポート・ノーウェアに訪れた短い平穏は、まるで張り詰めた糸のように脆かった。その糸は、一週間も経たずに断ち切られた。ヴィンセントの残党を率いる新たなリーダー、「ゾーイ」の登場だ。ゾーイは、直接的な暴力ではなく、街の情報ネットワークを操ることで各勢力に揺さぶりをかけてきた。偽の情報や内通者の噂を流し、互いに不信感を募らせるように仕向けたのだ。
ジェイクは、事務所の重厚なデスクに座り、唸るような低い声でコウに命じた。「ゾーイの居場所を突き止めろ。奴はシモンと違って姿を見せねえ。俺たちの手の内を読んでいる。この街を支配しようってんなら、情報戦も制圧しなきゃならねえ」
「わかりました」コウは静かに頷いた。彼の隣で、メイファンはCZ Shadow2 Carryを弄びながら、つまらなさそうに言った。「ハッ、臆病なpiss野郎どもだぜ。俺の銃をぶっ放すこともできねえのか」
コウは自身のPCと、レイス商会のネットワークを繋ぎ、ゾーイが残党と交わした通信ログを解析し始めた。ゾーイは、暗号化されたチャットツールを使い、頻繁に通信相手を変えていた。しかし、コウは、その通信経路にわずかに残されたデジタルフットプリントを追跡し、一つの共通点を見つけ出した。
「これです。通信が最終的に行き着くのは、この廃ビルです」コウは画面に映し出された、街のはずれにある朽ちかけた廃ビルの画像を指差した。
「やっと見つけたか。このshit野郎ども、俺から逃げられるとでも思ったか?」メイファンがにやりと笑い、二丁銃の弾倉を確認する。
「待て」ジェイクが言った。「あまりにも簡単すぎる。奴は、お前たちの手の内を読んで、この情報をわざと流したのかもしれない」
「ああ、そうでしょうね」コウが冷静に答える。「おそらく、これは罠です。奴は僕たちを廃ビルにおびき寄せ、そこで一網打尽にするつもりでしょう」
「罠だと分かってて、行くのか?」ジェイクが問いかける。
「ええ。奴が用意した罠、その全てをぶっ壊して、奴の頭をぶち抜いてやりますよ」コウの言葉に、メイファンの目が輝いた。
「ハッ、俺の獲物を横取りするんじゃねえぞ、コウ。…まあいい。面白えじゃねえか。行こうぜ、クソガキ」メイファンは、コウの肩を叩き、廃ビルへと向かった。
廃ビルの前に着くと、静まり返っていた。建物の至る所に銃痕が残されており、過去の抗争の激しさを物語っていた。
「ここだ」コウが言った。「僕がハッキングで内部の監視カメラを無効化します。メイファン、先行してくれ」
「ふん、待つ必要はねえ。テメエは俺の後ろにいな」メイファンが言い放つと、迷うことなく扉を蹴破った。
銃声が響き渡った。メイファンの読み通り、待ち伏せが仕掛けられていた。四方八方から、ゾーイの部下たちが銃を構えて現れる。
「やっぱそう来たか!つまんねえな、fuck野郎どもが!」メイファンは叫び、二丁銃を乱射した。彼女の銃弾は、敵の頭を次々と撃ち抜いていく。
「メイファン、こっちだ!」コウが叫び、足元のコンクリートの破片を蹴り飛ばした。破片が敵の足元に当たり、その隙にコウはグロック17 Gen5を構え、銃弾を放った。コウの射撃技術は、ジェイクとメイファンとの訓練によって、以前とは比べ物にならないほど向上していた。
「ハッ、見直したぜ、クソガキ!」メイファンは楽しそうに笑い、さらに奥へと進んでいく。しかし、その先に待ち受けていたのは、彼女の銃弾を弾き飛ばすほどの巨体を持つ男だった。
「俺はロイドだ。ゾーイ様の護衛だ」男が静かに言った。ロイドは銃を使わず、両手に持った大きな斧を構えた。
「斧だと?時代遅れなpiss野郎だぜ!」メイファンが嘲笑し、ロイドの胸めがけて銃弾を放つ。しかし、銃弾はロイドの分厚いプロテクターに弾かれた。
「ふん、効かねえな。…tits野郎が」ロイドが挑発するように笑う。その言葉に、メイファンの顔つきが変わった。彼女は、誰かに性別で侮辱されることを何よりも嫌っていた。
「二度と俺をtits野郎と呼ぶんじゃねえ!」メイファンが叫び、ロイドに猛烈な勢いで突進した。彼女はロイドの懐に入り込み、至近距離から銃弾を頭部に放つ。しかし、ロイドはそれをかわし、斧を振り下ろす。メイファンは間一髪で躱したが、頬に浅い切り傷を負った。
「やっぱその程度か」ロイドが冷酷に言い放つ。
「クソ、なんて頑丈なやつだ」メイファンが舌打ちする。
「メイファン、避けろ!」コウが叫ぶ。彼は、ロイドの背後に回り込み、ロイドのプロテクターの隙間を狙って銃弾を放つ。その銃弾は、ロイドの肩に命中し、彼の動きを鈍らせた。
「よくやった、コウ!」メイファンは、その隙を逃さなかった。彼女はロイドの腕を掴み、彼を地面に叩きつけた。そして、動かなくなったロイドの頭部に、躊躇なく銃弾を数発撃ち込み、ロイドは即死した。
「ったく、手間かけさせやがって」メイファンは舌打ちし、ロイドの死体を一瞥すると、最上階へと向かった。
最上階の部屋は、一見、普通のオフィスのように見えた。しかし、部屋の中心に据えられた巨大なサーバーラックには、無数のケーブルが繋がっており、街の情報が全てそこを通っているようだった。そして、そのサーバーラックの前に、ゾーイが立っていた。
「…よくここまで来たわね、レイス商会の犬ども」ゾーイは、メイファンとコウを見て、冷笑した。「でも、もう遅い。このサーバーは街の全てを支配する。情報も、金も、人間も。お前たちのボス、ジェイクも、やがては俺の掌で踊ることになる」
「お前みたいなcunt野郎に、この街が支配できるとでも思ってんのか?」メイファンは怒りを露わにしながら、ゾーイに銃口を向けた。
「ハハハ…、お前たちに俺の頭を撃ち抜いたところで、このサーバーは止まらない。俺が死んでも、俺の意志を継ぐ者たちがいる。お前たちの負けよ」
「黙れ、クソッタレ」メイファンは、ゾーイの言葉に耳を傾けず、引き金を引いた。
ゾーイは、銃弾を浴びて倒れた。しかし、彼女が言った通り、サーバーは止まらなかった。無数の通信ログが、スクリーンに映し出される。
「…イリーナ、チャン、イヴリン…」コウは、サーバーに残された通信ログを見て、呟いた。「こいつらは、ゾーイと裏で繋がっていました。街の均衡を壊そうとしたのは、ゾーイだけではなかったんです」
「チッ、面倒なことになりやがったぜ」メイファンが舌打ちする。
今回の銃撃戦は、ゾーイという新たな敵を排除したが、同時に、ポート・ノーウェアの闇が、さらに深いものであることを明らかにした。彼らの戦いは、終わらない。終わらせることは、できないのだ




