第百三十六話:贖罪、そして夜明け
ポート・ノーウェアのドームを覆っていた狂乱の銃声は、遠い過去の残響のように静かに消え去っていた。ケンジの計画は瓦解し、彼の部下たちは武装解除され、倒れ伏している。巨大なスクリーンに映し出されていた廃工場の炎もいつの間にか鎮火している。残されたのは、硝煙と血の匂いが混じり合った、重苦しい静寂だけだった。
コウは、ジェイクの体を強く抱きしめていた。ケンジの銃弾を胸に受けたはずのジェイクだが、メイファンが咄嗟に投げつけた空のマガジンが、わずかに軌道を変えてくれたらしい。銃弾は防弾ベストを弾いた後、肋骨を掠めていた。激しい痛みはあるものの、命に別状はない。コウは、ジェイクの肩を強く、強く叩いた。
「…俺は、また、お前を信じちまったな、馬鹿野郎」
コウは、安堵と悔しさが入り混じった声で呟いた。ジェイクは何も言わず、ただコウの背中に顔をうずめて、むせび泣いていた。その震える背中を、コウは強く、強く叩いた。
背後で、イリーナがゆっくりと立ち上がる。ケンジに撃たれた左肩から血が滲んでいたが、彼女の表情は、驚くほど穏やかだった。
「…コウ、ジェイク、ありがとう」
イリーナは、そう言って、深々と頭を下げた。その姿は、この街の支配者としての威圧感は一切なく、ただの、傷ついた一人の女性だった。マルタが駆け寄り、手持ちの救急キットでイリーナの傷の手当を始めた。クロエは、倒れている仲間たちの安否を確認し、ホアキンは、静かにタブレットを操作し、ドームの全システムの再起動を試みていた。
「おい、コウ! こいつら、どうするんだよ!」
メイファンが、苛立ちを隠せない様子で叫んだ。彼女の足元には、ケンジの部下たちが転がっている。全員、武装解除され、意識を失っていた。彼らは、ケンジに操られていたとはいえ、街に多大な損害を与えた。市民たちの間には、怒りと憎しみが渦巻いている。
コウは、立ち上がり、深呼吸をした。新鮮な空気が、肺いっぱいに流れ込む。ここは、ポート・ノーウェア。彼が、彼らが、守り抜いた場所だ。
「……彼らを、拘束しろ。そして、街の病院に搬送するんだ。手当が必要だ」
コウは、静かに、だが明確な声で言った。メイファンが驚きに目を見開く。
「はあ? こいつら、俺たちの街を…!」
「メイファン。もういい。戦いは終わった。俺たちは、復讐ではなく、街の再建を始めるんだ」
コウは、そう言って、メイファンをまっすぐ見つめた。メイファンの瞳は、怒りの炎を揺らしながらも、やがて静かに頷いた。彼女は、市民たちに指示を出し、負傷した敵兵を運び始めた。
その時、ホアキンが、無線機を持って駆け寄ってきた。
「コウ! やばいです! 北部から、武装した部隊が向かっていると!」
ホアキンは、焦燥に駆られた声で言った。コウは、驚きに目を見開く。
「まさか…ケンジの残党か…!?」
コウは、ホアキンに尋ねた。
「いや…違うみたいです。四橋重工の…正規軍です!」
ホアキンの言葉に、コウは絶句した。四橋重工は、ケンジの襲撃によって、街が壊滅したことを知るはずがない。なぜ、今になって…?
「…来るぞ!」
コウは、Fn SCAR-Hを構え、廃工場の屋上から、北部の道路を見下ろした。遠くから、複数の軍用車両が向かってくるのが見える。その先頭に立つのは、四橋重工の最新鋭の装甲車、**「タイフーン」**だ。
「くそっ…! イリーナの言った通りか…!」
コウは、舌打ちをした。イリーナは、ケンジに撃たれた後、意識が戻った際に言っていた。「ケンジは、四橋重工の上層部の一派と繋がっている。彼が失敗すれば、必ず次の部隊が来る…そして、その部隊は、私たちを『処分』するために来る…」
コウは、無線機でメイファンに指示を出した。
「メイファン! ホアキン! 市民を地下壕に避難させろ! マルタとクロエは、俺と一緒に、ここで足止めする!」
「わかった!」
メイファンは、そう言って、市民たちに避難を呼びかけ始めた。
「クロエ! マルタ! 行くぞ!」
コウは、そう叫び、廃工場の屋上から、地上へと飛び降りた。クロエとマルタも、コウの後に続いた。
地上に降り立つと、すでに四橋重工の部隊が、廃工場を取り囲んでいた。彼らが手にしているのは、ケンジの部下たちが使用していたQTS-11よりも遥かに高性能なアサルトライフル、**「Type-11」**だ。Type-11は、四橋重工が独自開発した最新鋭のライフルで、5.8mm弾と20mmグレネードを併用できるハイブリッド銃だ。
「…くそっ! あれは…!」
マルタが、Type-11を見て、驚愕の表情を浮かべた。彼女のイズマッシュ・サイガ12が、重く、鈍い光を放っている。
「マルタ! 援護しろ! クロエは、俺と一緒に、正面突破だ!」
コウは、そう叫び、クロエと共に、四橋重工の部隊に突入した。
ダダダダダダダ!
Type-11の連射音が、ドーム全体に響き渡る。5.8mmの小型弾が、コウとクロエをめがけて雨のように降り注いだ。コウは、身を伏せて銃弾をかわし、反撃を開始した。
パン!パン!パン!
コウのFn SCAR-Hから放たれた.308口径弾が、四橋重工の兵士たちの防弾ベストを容易く貫通し、彼らは次々と倒れていく。しかし、四橋重工の兵士たちは、ケンジの部下たちとは比べ物にならないほど訓練されていた。彼らは、コウの銃撃をかわしながら、コウたちに銃弾の雨を降らせる。
「…コウ! 弾が…!」
クロエが叫んだ。彼女のAA-12は、すでに弾切れを起こしていた。
「クロエ! こっちに来い!」
コウは、クロエに叫び、彼女の腕を掴み、近くのコンテナの陰に身を隠した。
「くそっ…! なぜ、こんな奴らが…!」
クロエが、悔しそうに舌打ちをした。
その時、マルタのイズマッシュ・サイガ12から、重く、響くような銃声が響き渡った。
ドォォォン!!
マルタが放った12ゲージ散弾が、四橋重工の兵士たちを吹き飛ばし、彼らは次々と倒れていく。
「コウ! 今だ!」
マルタは、そう叫び、コウに援護射撃を続けた。コウは、マルタの援護を受けて、再び四橋重工の兵士たちに突入した。
ダダダダダダダ!
再び、銃声が響き渡る。コウは、Fn SCAR-Hを構え、反撃を開始した。彼の銃弾は、四橋重工の兵士たちの頭部や胸を正確に貫き、彼らは次々と倒れていく。しかし、敵の数は圧倒的だった。彼らは、コウの銃撃をかわしながら、コウたちに銃弾の雨を降らせる。
「…くそっ…! どこからこんなに…!」
コウが叫んだ。
その時、四橋重工の兵士の一人が、Type-11の20mmグレネードをコウに放った。
ヒュルルル…ドォン!!
グレネード弾が、コウの足元で爆発した。爆風と炎が、コウの体を吹き飛ばす。
「コウ!」
クロエとマルタが、絶望的な声を上げた。
コウは、爆風によって数メートル吹き飛ばされ、コンクリートの壁に叩きつけられた。全身が、激痛に襲われる。Fn SCAR-Hが、手から滑り落ちた。コウは、朦朧とする意識の中で、四橋重工の兵士が、自分に銃口を向けているのを見た。
「…終わりだ…」
コウは、そう呟いた。
その時、遠くから、複数の銃声が聞こえた。
ダダダダダダダ!
M4カービンの軽快な銃声が、ドーム全体に響き渡る。四橋重工の兵士たちが、次々と倒れていく。
「…まさか…!」
コウは、驚愕の表情を浮かべた。彼は、朦朧とする意識の中で、銃声のする方を見た。そこには、ジェイクと、武装した市民たちが、四橋重工の兵士たちに銃弾の雨を降らせていた。
「コウ! 大丈夫か!」
ジェイクが、コウに駆け寄り、叫んだ。彼の顔には、安堵と、怒りが入り混じった複雑な表情が浮かんでいた。
「ジェイク…お前…なんで…」
コウは、ジェイクに尋ねた。
「コウ。俺は…お前を信じている。そして、お前が、俺たちの街を守るために、こんな目に遭っているのを見て…俺は…!」
ジェイクは、そう言って、コウの体を抱きかかえた。
その時、四橋重工の兵士が、ジェイクに銃口を向けた。
「…くそっ…!」
ジェイクは、舌打ちし、コウを庇うように、兵士に銃口を向けた。しかし、その時、イリーナが、ジェイクとコウの間に割って入った。彼女の手には、FN Five-seveNが握られている。
「…イリーナ…!」
コウは、イリーナの名を呼んだ。
「…コウ。ジェイク。あなたたちに、これ以上、傷ついてほしくない…」
イリーナは、そう言って、四橋重工の兵士に銃口を向けた。彼女の瞳には、憎しみの炎が燃え上がっていた。
「…イリーナ…!」
コウは、イリーナに叫んだ。
その時、イリーナが、引き金を引いた。
パン!
乾いた銃声が響き、銃弾は、四橋重工の兵士の頭部を正確に貫いた。兵士は、その場に崩れ落ちた。
「…イリーナ…!」
コウは、イリーナの行動に、驚きを隠せないようだった。
「コウ。私は…あなたたちを、守る…」
イリーナは、そう言って、コウとジェイクの前に立った。彼女は、もはや、この街の支配者でも、冷酷なクローンでもなかった。ただの、コウを愛する一人の女性だった。
コウは、イリーナの言葉に、静かに頷いた。彼は、イリーナの背中を見て、言った。
「…イリーナ。俺は…お前を信じる…」
その言葉に、イリーナは、静かに涙を流した。彼女は、四橋重工の兵士たちに銃口を向け、言った。
「…来なさい。私は、あなたたちを…この街から、追い出してやる…!」
イリーナの言葉に、四橋重工の兵士たちが、一斉に発砲した。銃声が、ドーム全体に響き渡る。
その時、ホアキンが、無線機で叫んだ。
「コウ! 街のシステム、復旧しました! ドローンを起動します!」
ホアキンの言葉に、コウは、驚きに目を見開いた。
「…ホアキン…!」
コウは、ホアキンに尋ねた。
「コウ! 行くぞ!」
ホアキンは、そう叫び、廃工場の屋上から、複数のドローンを飛ばした。ドローンは、四橋重工の兵士たちに、銃弾の雨を降らせる。
ダダダダダダダ!
ドローンの銃声が、ドーム全体に響き渡る。四橋重工の兵士たちは、次々と倒れていく。
「…くそっ…! なぜ…なぜ、こんな奴らが…!」
四橋重工の兵士が叫んだ。
「俺たちは、もう、お前たちの捨て駒じゃない!」
マルタが、四橋重工の兵士に罵声を浴びせた。
銃撃戦は、熾烈を極めた。ドームは、四橋重工の兵士たちの血と硝煙で満ちていた。コウたちは、四橋重工の兵士たちの銃弾をかわしながら、反撃を続けた。彼らは、イリーナへの報復を誓い、一歩も引くことはなかった。
その時、四橋重工の兵士が、イリーナに銃口を向けた。
「…イリーナ! 逃げろ!」
コウは、イリーナに叫んだ。しかし、イリーナは、コウの言葉に耳を傾けず、兵士に銃口を向けた。
「…コウ…私は…」
イリーナは、コウに言った。
「イリーナ! やめろ!」
コウは、イリーナに叫んだ。しかし、イリーナは、コウの言葉に耳を傾けず、引き金を引いた。
パン!
乾いた銃声が響き、銃弾は、四橋重工の兵士の頭部を正確に貫いた。兵士は、その場に崩れ落ちた。
「…イリーナ…!」
コウは、イリーナに駆け寄った。彼女の顔には、疲労と、そして、安堵の表情が浮かんでいた。
その時、四橋重工の兵士が、イリーナに銃口を向けた。
「…イリーナ…!」
コウは、イリーナに叫んだ。しかし、コウの言葉は、イリーナには届かなかった。
「…コウ…さようなら…!」
イリーナは、そう言って、コウに微笑んだ。
その瞬間、イリーナが、引き金を引いた。
銃声が、ドーム全体に響き渡る。
…その音は、イリーナの銃声ではなかった。
四橋重工の兵士の背後から、一人の男が現れた。その男は、兵士の銃を弾き飛ばし、兵士の腹部に蹴りを入れた。
「…ケンジ…!」
コウは、その男を見て、驚愕の表情を浮かべた。
「…コウ…」
ケンジは、コウに微笑んだ。彼の顔には、疲労と、そして、安堵の表情が浮かんでいた。
「…ケンジ! なぜ…なぜここに…!」
コウは、ケンジに叫んだ。
「コウ。俺は…お前を信じている…」
ケンジは、コウに言った。
その時、イリーナが、ケンジに銃口を向けた。
「…ケンジ…! なぜ…なぜ、あなたが…!」
イリーナは、ケンジの姿を見て、驚愕の表情を浮かべた。
「イリーナ。コウの命を狙うのは、やめろ…」
ケンジは、イリーナに言った。
「…ケンジ…あなたは…!」
イリーナは、ケンジに言った。彼女の目には、憎しみの炎が燃え上がっていた。
「…イリーナ。コウは…俺の友人だ。そして、俺は…コウの味方だ」
ケンジは、イリーナに言った。
その言葉に、イリーナは、絶望的な表情を浮かべた。彼女は、ケンジの言葉に、何も答えることができなかった。
「…イリーナ。もう…終わりだ…」
ケンジは、そう言って、イリーナに銃口を向けた。
「…ケンジ…!」
イリーナは、ケンジの名を呼び、涙を流した。彼女の瞳からは、憎しみの炎は消え、悲しみの光が浮かんでいた。
その時、ケンジが、引き金を引いた。
パン!
乾いた銃声が響き、銃弾は、イリーナの肩を正確に貫いた。イリーナは、苦悶の声を上げ、床に倒れ込んだ。
「イリーナ!」
コウは、イリーナに駆け寄った。彼女の肩からは、鮮血が溢れ出していた。コウは、彼女の傷口を抑え、言った。
「イリーナ! 大丈夫か!」
イリーナは、苦しそうに、コウの顔を見つめた。彼女の唇が、震える。
「…コウ…なんで…なんで、私を助ける…!」
イリーナは、そう言って、静かに意識を失った。
その時、ケンジが、コウに言った。
「コウ。イリーナは、まだ…」
コウは、ケンジの言葉に、静かに頷いた。彼は、イリーナの脈を確認すると、安心した表情を浮かべた。
「…ありがとう、ケンジ。お前が来てくれて、本当に良かった…」
コウは、ケンジに言った。ケンジは、コウの肩を叩き、言った。
「コウ。俺は、お前を信じている…」
その時、ジェイクが、ゆっくりと立ち上がった。彼の顔には、安堵と、悔しさが入り混じった表情が浮かんでいた。
「…コウ…俺は…お前を…信じて…いる…!」
ジェイクは、そう言って、コウに抱きかかえられた。コウは、ジェイクの言葉に、安堵の表情を浮かべた。
「ジェイク。ありがとう。お前は、俺の期待を裏切らなかった」
ジェイクは、コウの言葉に、静かに涙を流した。
その時、イリーナが、コウたちに銃口を向けた。
「…コウ…あなたは…!」
イリーナは、コウを睨みつけ、言った。
「イリーナ! もう終わりだ! お前は、俺を、そして俺の仲間を騙した! その罪は、お前自身で償ってもらう!」
コウは、イリーナに叫んだ。
その言葉に、イリーナは、絶望的な表情を浮かべた。彼女は、コウの言葉に、何も答えることができなかった。
「…イリーナ…!」
コウは、イリーナに言った。
「…コウ…」
イリーナは、コウの名を呼び、静かに涙を流した。彼女の瞳からは、憎しみの炎は消え、悲しみの光が浮かんでいた。
「…イリーナ…お前を、許す…」
コウは、イリーナに言った。
その言葉に、イリーナは、驚愕の表情を浮かべた。彼女は、コウの言葉に、何も答えることができなかった。
「…コウ…なぜ…!」
イリーナは、コウに叫んだ。
「イリーナ。お前は、この街の支配者だ。そして、この街の未来だ。俺たちは、お前を必要としている」
コウは、イリーナに言った。
その言葉に、イリーナは、静かに頷いた。彼女の目には、希望の光が浮かんでいた。
「…コウ…ありがとう…」
イリーナは、そう言って、コウの手に、自分の手を重ねた。
その時、コウの背後から、ジェイクが立ち上がった。彼は、コウの背中に手を置き、言った。
「コウ…俺は…お前を…信じて…いる…!」
コウは、ジェイクの言葉に、安堵の表情を浮かべた。彼は、ジェイクを抱きしめ、言った。
「ジェイク。ありがとう。お前は、俺の期待を裏切らなかった」
ジェイクは、コウの言葉に、静かに涙を流した。
その時、イリーナが、コウたちに銃口を向けた。
「…コウ…私たちは…これから…どうなるの…?」
イリーナは、コウに尋ねた。
「イリーナ。俺たちは、この街を、お前と、そして皆で、作り直す。この街を、本当の楽園にするんだ」




