第百十九話 帰還の船、そして残された者たち
ポート・ノーウェアの港から、一隻の貨物船が静かに夜の海へと滑り出していた。船の甲板には、コウ、メイファン、そしてホアキンが立っていた。彼らの顔は、安堵と疲労、そして、この街に残してきたものへの複雑な感情で満ちている。
「コウ、もう大丈夫だ。俺が、お前たちをベネズエラに連れて帰る」
ジェイクは、そう言って、コウの肩を叩いた。彼の声は、コウにとって、何よりも心強いものだった。
「…ありがとう、ジェイク…!」
コウは、ジェイクの顔を見て、涙を流した。彼は、ジェイクが、自分たちを助けに来てくれたことを、心から感謝していた。
「コウ、俺は、お前がこの街で、どんな苦労をしたのか知っている。だが、もう過去は忘れろ。これから、俺たちで、新しい人生を始めるんだ」
ジェイクは、そう言って、コウを抱きしめた。
コウは、ジェイクの言葉に、何も答えることができなかった。彼の心には、まだ、この街で起こったこと、そして、クロエとマルタへの想いが、渦巻いていた。
「コウ…」
メイファンが、コウにそっと寄り添った。彼女の顔には、安堵の表情が浮かんでいた。
「…メイファン、ホアキンは…?」
コウは、メイファンに尋ねた。
「無事だ。もう、大丈夫だ」
メイファンは、そう言って、コウを安心させた。
ホアキンは、船の甲板に座り込み、ただ静かに海を見つめていた。彼の目には、涙が溢れている。
「…俺は…俺は…!」
ホアキンは、そう呟き、泣き崩れた。彼は、自分のせいで、コウたちを巻き込んでしまったことを、悔やんでいるようだった。
「ホアキン、もう自分を責めるな。お前は、悪くない。悪いのは、この街だ」
コウは、そう言って、ホアキンの肩を叩いた。
「だが…!」
ホアキンは、なおも自分を責めようとした。
「いいから、もう忘れろ。俺たちで、新しい人生を始めるんだ」
コウは、そう言って、ホアキンを抱きしめた。
その時、船の甲板に、一人の男が姿を現した。彼は、この船の船長だった。
「ジェイク、準備ができた。いつでも出港できる」
船長が言った。
「ああ。頼む」
ジェイクは、船長にそう言って、コウたちを連れて、船内へと向かった。
コウは、船の窓から、ポート・ノーウェアの街を見つめていた。街の光は、まるで、遠い星のように、美しく輝いている。しかし、その光景は、コウにとっては、まるで地獄のようだった。
「…さよならだ…」
コウは、そう呟き、ポート・ノーウェアに別れを告げた。
一方、ポート・ノーウェアの港に残されたクロエとマルタは、ただ呆然と、沖へと向かう船を見つめていた。彼女たちの心には、怒りと絶望が渦巻いている。
「…クロエ…! なぜ、見逃したんだ…!?」
マルタが、震える声で尋ねた。
「…見逃したわけじゃない。俺たちは、彼を…彼らを捕らえることができなかっただけだ」
クロエは、そう言って、悔しそうな表情を浮かべた。
「なぜ…! なぜ、あいつは…!」
マルタは、コウの裏切りを、まだ受け入れられないようだった。
「…もう、いい。俺たちは、イリーナ様に、このことを報告しないと」
クロエは、そう言って、スマホを取り出した。しかし、その時、クロエのスマホが震えた。見ると、イリーナからメッセージが届いている。
『クロエ、マルタ。港での一件、報告は不要です。』
メッセージを読んだクロエは、驚いたように目を見開いた。
「…なぜ…?」
マルタが尋ねた。
「…イリーナ様は、このことを、最初から知っていた…?」
クロエは、そう呟き、イリーナの真意を測りかねていた。
「…そんなはずはない! イリーナ様が、コウを逃がすはずがない!」
マルタは、そう叫んだ。
「…わからない…。だが、イリーナ様は、何かを考えている…」
クロエは、そう言って、沖へと向かう船を、ただ見つめていた。




