第百十四話:路地裏の反撃
コウは、倒れながらも意識を完全に手放してはいなかった。額を掠めた銃弾は、彼の側頭部を深くえぐり、鋭い痛みが走る。だが、その衝撃は、同時に彼の脳を覚醒させた。視界の端に映る、マルタとホアキンに銃口を向ける男たちの姿。その瞬間、彼の心臓は激しい怒りと、家族を守るという本能的な衝動で脈打った。
「…クロエ!マルタを連れていけ…!」
掠れた声で叫びながら、コウは左手で腹部の傷口を強く押さえ、右手で愛銃のFN SCAR-Lを掴む。男たちがマルタに気を取られている一瞬の隙をつき、彼は震える足で立ち上がった。彼の表情は、もはや人間のそれではなかった。そこにあるのは、獲物を狙う獣のような、純粋な殺意の光だけだった。
「…何だと…!?」
男たちは、死んだはずのコウが立ち上がったことに驚愕し、動揺する。この一瞬の隙が、コウにとっての命運を分けることになった。
彼は素早くFN SCAR-Lのセレクターをセミオートからフルオートに切り替え、マガジンをチェックする。残弾は少ない。一発も無駄にはできない。彼は男たちのリーダー格の男を標的として定めた。
「…無駄だ、たかが一発で…」
男が嘲笑した瞬間、コウの銃口から火を吹いた。タタタタタタッ! 弾丸が、男の体を貫通する。男は顔を歪ませ、その場に崩れ落ちた。彼の目から光が消え、その手から銃が滑り落ちる。コウは、もう一人の男に狙いを定め、引き金を引いた。タタタッ! 弾丸は男の胸に命中し、彼の体は大きくよろめき、壁に背中を打ち付け、そのままズルズルと地面に滑り落ちた。コウは、さらに残りの男たちに狙いを定める。
クロエは、コウの覚悟を悟り、即座にマルタとホアキンを抱え、路地裏の奥へと走り出した。
「コウ…!」
マルタの悲痛な叫び声が、コウの耳に届く。だが、彼にはもう振り返る余裕はなかった。彼の頭の中には、銃の撃ち方、そして生き残るための戦術が、まるでコンピュータのプログラムのように浮かび上がっていた。
「…俺が…時間を稼ぐ…!」
コウは、残りの男たちに立ち向かう。しかし、銃撃戦はまだ終わっていなかった。新たな男たちが、路地裏の入り口から次々と姿を現す。彼らは、先ほどまでの男たちとは比べ物にならないほど、練度が高かった。その動きは無駄がなく、銃声も正確だ。
「…くっ…!」
コウは、壁の陰に身を隠しながら、弾丸の雨をかわす。彼の腹部からは、止まらない出血が、彼の体力を容赦なく奪っていく。視界は霞み、銃を持つ手は、まるで鉛のように重くなっていた。
「…このままじゃ…」
彼は、絶体絶命の窮地に陥っていた。
その頃、クロエはマルタとホアキンを連れ、路地裏の複雑な迷路を走り抜けていた。ホアキンは、マルタの腕の中で、恐怖と混乱に震えていた。
「…クロエ…どこへ…?」
マルタは、息を切らしながら問いかける。
「…メイファンのところへ…!」
クロエは、そう答えながら、さらに足を速める。彼女の頭の中には、コウの言葉がこだましていた。
「…時間を稼ぐ…!」
彼女は、コウの覚悟を無駄にしないためにも、何としてでも家族を安全な場所へ連れて行かなければならなかった。彼女は、倒れた男から奪ったMP5サブマシンガンを背負い、走りながら、周囲の状況を警戒する。
「…大丈夫…きっと…大丈夫よ…!」
彼女は、自分自身にそう言い聞かせながら、走る。だが、その心臓は、激しい不安で、激しく脈打っていた。
一方、コウは路地裏の奥へと男たちを引きつけていた。彼の体は、もはや限界に達していた。それでも、彼は決して諦めなかった。
「…俺は…死なない…!」
彼は、壁に背中を預け、震える手で最後のマガジンを装填する。そのマガジンに残された弾丸は、わずか数発。この数発で、彼は男たちを食い止めなければならない。
彼は、深呼吸をし、神経を研ぎ澄ます。そして、路地裏の角から、男たちの気配を察知した。
「…三人…か…」
彼は、銃を構え、男たちが角から現れるのを待つ。
「…行くぞ…!」
男の一人が、角から姿を現した瞬間、コウは引き金を引いた。タタタッ! 弾丸は男の胸を貫き、男は叫び声を上げ、その場に倒れ込んだ。
しかし、残りの二人は、コウの銃声に即座に反応した。彼らは、コウのいる方向へと銃弾の雨を浴びせる。コウは、再び壁の陰に身を隠す。だが、彼の右腕を、一発の銃弾が貫通した。
「…ぐっ…!」
コウは、激痛に顔を歪ませる。彼は、左手で銃を構え、男たちに応戦する。だが、その動きは鈍く、銃弾は男たちには届かない。
「…終わりだ…!」
男の一人が、コウに銃口を向けた。その時、彼の耳に、再び足音が聞こえてきた。
「…何者だ…」
男たちは、警戒しながら、その足音の方向へと銃口を向ける。現れたのは、コウたちを追っていた、ロベルトとパブロの部隊だった。
「…こんなところで…」
パブロは、顔をしかめながら、コウを見つめる。
「…生きていたのか…」
ロベルトは、コウの無事を確認し、安堵の表情を浮かべる。
「…今は…それどころじゃない…!」
コウは、そう叫び、男たちを指差す。
「…彼らは…ホアキンを狙っている…!」
ロベルトとパブロは、コウの言葉に驚愕する。
「…ホアキン…!?」
彼らは、コウと協力し、新たな男たちに立ち向かうことを決意した。
「…行くぞ…!」
ロベルトが叫び、銃撃戦が再び始まる。三つの勢力が、狭い路地裏で激突する。銃声が響き渡り、火薬の匂いが充満する。
コウは、腹部の傷をかばいながらも、ロベルトとパブロの援護を受け、男たちに応戦する。彼の左腕は、もはや感覚がなかった。それでも、彼は決して銃を手放さなかった。
「…絶対に…ホアキンを渡さない…!」
彼の心の中には、ただ一つの思いしかなかった。家族を守るという、揺るぎない決意。
銃弾が飛び交う中、コウは、男たちの隙を突き、銃を構える。しかし、男の一人が、彼の背後に回り込んだ。
「…コウ…!」
ロベルトの叫び声が、コウの耳に届く。コウは、振り返ることができなかった。男の銃口が、彼の後頭部に向けられる。
「…死ね…!」
男が引き金を引いた瞬間、ロベルトの銃弾が、男の腕を貫いた。男は銃を取り落とし、激痛に顔を歪ませる。その隙をつき、パブロが男の頭を打ち抜いた。
「…感謝する…」
コウは、ロベルトとパブロに、静かに礼を言う。
「…礼はいい…!」
ロベルトは、そう答えながら、新たな男たちに立ち向かう。
銃撃戦は、さらに激しさを増していく。コウは、ロベルトとパブロと協力し、男たちを一人ずつ倒していく。彼の銃声は、もはや狂気そのものだった。男たちの体が、次々と地面に崩れ落ちていく。
しかし、その時、コウの銃声が止まった。残弾が、ゼロになったのだ。
「…くっ…!」
彼は、舌打ちをする。その隙をつき、男の一人がコウに銃口を向けた。
「…終わりだ…!」
男が引き金を引いた瞬間、コウは、彼の銃弾をかわすように、地面に転がり落ちた。
「…馬鹿な…!」
男は、信じられない表情で、コウを見つめる。
コウは、震える手で、銃を投げ捨てた。彼は、最後の力を振り絞り、男へと向かって突進する。男は、コウの行動に驚き、一瞬、硬直する。その一瞬の隙が、彼の命運を分けることになった。
コウは、男の懐に飛び込み、首筋に鋭いナイフを突き刺した。男は、激痛に叫び声を上げ、その場に倒れ込んだ。彼の目から光が消え、その手から銃が滑り落ちる。コウは、男の顔を見つめ、静かに呟いた。
「…お前は…もう…俺の敵じゃない…」
彼は、立ち上がり、残りの男たちを見つめる。彼の瞳には、もはや怒りの光はなかった。そこにあるのは、ただ、静かな虚無感だけだった。
「…終わりだ…」
彼は、そう呟き、その場に倒れ込んだ。彼の意識は、暗闇へと沈んでいく。
その時、彼の耳に、遠くから聞こえてくる、マルタとクロエの叫び声が聞こえてきた。
「…コウ…!」
その声が、彼の意識を再び呼び覚ます。彼は、かすかに目を開け、空を見上げる。そこには、星一つない、真っ暗な夜空が広がっていた。
「…俺は…まだ…死ねない…」
彼は、そう呟き、再び意識を失った。




