第百十話 廃墟教会の銃声
ポート・ノーウェアの旧市街は、昼間でも人の気配が少ない場所だった。夜になれば、その静寂はさらに深まり、廃墟となった教会は、闇に溶け込むように佇んでいた。コウは、その重い木の扉を押し開け、中へと足を踏み入れた。
教会の内部は、ひんやりとした空気に満ちていた。天井のステンドグラスは砕け、月明かりが床に散乱している。そこには、クロエとマルタが、すでにコウを待っていた。二人は、いつものメイド服ではなく、黒いレザージャケットに身を包んでいる。そして、その手には、それぞれAA-12とIzhmash Saiga 12が握られていた。
「よく来たな、コウ」
クロエが冷たく言った。
「…取引の場所はここか?」
コウは、警戒しながら尋ねた。
「ああ。ここなら、邪魔が入らない。さあ、取引の条件を聞こうか」
マルタが、ニヤリと笑った。
コウは、二人の様子から、この場が交渉ではなく、罠であることを悟っていた。しかし、ここで逃げ出すわけにはいかない。
「取引の条件は一つだ。ホアキンを殺さないでくれ。その代わり、俺がホアキンをこの街から出す手伝いをしてやる」
コウはそう言って、両手を上げて、無抵抗であることを示した。
「ははは! 面白い冗談だな、コウ」
マルタは笑い声を上げた。
「俺たちが、お前の言うことを聞くとでも思ったのか?」
クロエが静かに言った。
「…やはり、最初から俺を殺すつもりだったのか」
コウは、観念したように呟いた。
「違う。俺たちは、お前の命を奪うつもりはない。ホアキンが裏切った代償は、彼の命だ。だが、お前は違う。お前は、これから俺たちの仲間になるんだ」
クロエが、意外な言葉を口にした。
「どういうことだ?」
コウは眉をひそめた。
「俺たちは、ホアキンを殺す。そして、お前は、俺たちと共に、この街の支配者になるんだ」
マルタが、不気味な笑みを浮かべた。
「断る!」
コウは即座に答えた。
「俺は、ホアキンを裏切るような真似はしない!」
「そうか。ならば、力づくで分からせてやる」
クロエは、そう言ってAA-12の引き金を引いた。
ダダダダダダダ!
自動散弾銃の怒号が、教会内に響き渡る。コウは、素早く身を翻し、祭壇の陰に飛び込んだ。木製の祭壇は、AA-12の銃弾に耐えきれず、次々と砕け散っていく。
「マルタ、そっちへ回れ!」
クロエが指示を出すと、マルタはIzhmash Saiga 12を構え、教会の反対側へと回り込んだ。
「くそっ!」
コウは、祭壇の陰から、グロック17を構えて反撃に出た。
パァン!パァン!パァン!
銃弾が、マルタの体を覆うレザージャケットに弾かれる。彼女は、防弾仕様に改造されたジャケットを着ていたのだ。
「無駄だよ、コウ。俺たちの防弾ジャケットは、お前の銃弾じゃ貫けない」
マルタが嘲笑う。
その隙に、クロエが祭壇の陰に隠れているコウに向かって、再びAA-12を掃射した。**ダダダダダダダ!**という機関銃のような音が響き、祭壇の木片が、コウの頭上に降り注ぐ。
「ちくしょう…!」
コウは、祭壇から飛び出し、近くの柱の陰に身を隠した。彼は、自分の置かれた絶望的な状況を呪った。
「コウ、降伏しろ。俺たちに従えば、命だけは助けてやる」
クロエが言った。
「冗談じゃねえ! 俺は、てめえらに屈するつもりはねえ!」
コウは叫び、柱の陰から、クロエにグロック17を発砲した。
パァン!
銃弾は、クロエの顔をかすめ、彼女は驚いたように目を見開いた。
「…まさか、お前、この距離で俺の顔を狙うとは…!」
クロエは、コウの射撃の腕に、驚きを隠せないようだった。
その一瞬の隙に、コウは柱の陰から飛び出し、教会の出口へと走った。
「逃がすか!」
マルタが叫び、Izhmash Saiga 12でコウの背中を狙って発砲した。銃弾が、コウの足元をかすめる。
コウは、出口の扉に飛びついた。しかし、扉は頑丈な鎖で閉ざされており、開けることができない。
「行き止まりだ」
クロエが冷たく言った。
コウは、絶望的な表情で振り返った。クロエとマルタが、銃を構えてコウに近づいてくる。
「さあ、コウ。俺たちの提案を飲むか? それとも、ここで死ぬか?」
マルタが、勝利を確信したように言った。
コウは、二人の言葉に、何も答えることができなかった。彼のグロックには、もう弾丸は残っていない。
その時、教会の天井から、**ズドン!**という大きな音と共に、何かが落ちてきた。
それは、教会の鐘だった。
「な、何だ…!?」
クロエが叫ぶ。
コウは、反射的に身を伏せた。鐘は、クロエとマルタの間に、大きな音を立てて落下した。
「チッ…!」
クロエは、舌打ちし、鐘の陰に隠れる。マルタも、鐘の反対側へと身を隠した。
コウは、その隙に、祭壇の陰に隠れていた。彼は、ホアキンとメイファンが自分を助けに来たことを悟った。
「メイファン…! ホアキン…!」
コウは、小さな声で呟いた。
「てめえの心配なんざしてられっか、この馬鹿野郎!」
メイファンの荒っぽい声が、教会の天井から聞こえた。
「俺たちが、お前を助けに来たんだ!」
ホアキンの声も聞こえる。
コウは、ホアキンとメイファンが、屋根から侵入し、教会の鐘を落として自分を助けたことを理解した。
クロエとマルタは、鐘の陰から、警戒しながらコウたちを探していた。
「まさか…奴らが…!?」
マルタが信じられないといった表情で呟いた。
「…クソッ! 予定外だ! 一度引くぞ!」
クロエは叫び、マルタと共に、教会の別の出口へと向かった。
コウは、安堵の息を吐き、祭壇から出て、天井を見上げた。
「メイファン! ホアキン!」
コウは叫んだ。
「大丈夫か、コウ!」
ホアキンが、天井の穴から顔を出した。
「ああ。お前たちのおかげで助かった…!」
コウは、心から感謝した。
そして、三人は、再び、逃走の旅を続けることになった。




