第百六話 血まみれの逃走劇
ブラッディ・スクウェアのバーは、一瞬にして地獄と化していた。ドラムマガジンから吐き出される自動散弾銃の銃弾が、壁やカウンターを文字通り粉砕していく。硝煙が充満し、血の匂いとアルコールの匂いが混ざり合った異臭が鼻をつく。コウは、カウンターの残骸を盾にして身をかがめ、グロック17を構えていた。
「チクショウ……!」
彼は独り言ちた。二丁のAA-12を両手に抱えたクロエと、Izhmash Saiga 12を構えるマルタ。彼女たちの攻撃は、まるで嵐のようだった。AA-12の銃声が断続的に、そして狂ったように響き、Izhmash Saiga 12の放つスラッグ弾がカウンターの木片を爆発させる。彼女たちのメイド服の下に隠された防弾ベストと、盾と化したカバンが、コウのグロックの銃弾を完璧に防いでいた。
コウはカウンターの端から素早く顔を出し、クロエの頭を狙って二発発砲した。**パァン!パァン!**と乾いた音が響く。一発は彼女の額を覆うように構えたカバンに弾かれ、もう一発は肩のフリルをかすめた。
「へっ、やるじゃないか、コウ」
クロエは不敵な笑みを浮かべた。彼女は全く動じていない。再びAA-12の引き金を引く。**ダダダダダダダ!**という機関銃のような破裂音が店内に轟いた。コウが隠れるカウンターの残骸が、次々と蜂の巣にされていく。
「ちっ……」
コウは舌打ちし、さらに奥へと身を引いた。その瞬間、マルタがG&G ARP9に切り替え、その短い銃身から9mm弾を掃射してきた。**タタタタタタタ!**とけたたましい音が鳴り響き、コウの足元を狙ってくる。
「狙いが正確すぎる…!」
コウは冷や汗を流しながら呟いた。彼女たちはただ殺すだけでなく、確実に相手を追い詰めることに長けている。
「どうするんだ、コウ…!」
ホアキンが、店の別の場所から不安げな声で叫んだ。彼はメイファンと共に、かろうじて難を逃れているようだった。
「待っていろ、ホアキン! 必ず助け出してやる!」
コウは叫び、床に転がっていたビールの空き瓶を拾い上げた。彼はそれを、クロエとマルタの間に投げつけた。瓶は甲高い音を立てて床に割れ、二人の注意がそちらに向いた、その一瞬。
コウはカウンターの奥から一気に飛び出し、店の窓に向かって走り出した。窓ガラスに飛びつこうとしたその時、背後からマルタの声が聞こえた。
「逃がすか、クソッタレ!」
マルタは叫び、G&G ARP9をコウに向けて発砲した。弾丸がコウの横をかすめる。メイファンが素早く身を翻し、ホアキンを連れてコウの後を追った。
コウは窓に飛びつき、体をぶつけるようにしてガラスを割った。**ガシャァン!**と派手な音が鳴り響く。彼はガラスの破片をものともせず、窓から外に飛び出した。メイファンも素早くホアキンを連れて続く。
「マルタ! 窓だ!」
クロエが叫ぶ。二人は、躊躇なく窓ガラスを叩き割り、コウたちの後を追って外に出た。ポート・ノーウェアの夜の空気が、銃声と悲鳴に満ちていた。
「追いついたぞ、ホアキン!」
クロエの声が、すぐ後ろから聞こえる。彼女はグロック26を手に、コウたちに迫っていた。
「くそっ、この街では逃げ場がない…!」
ホアキンは絶望的な表情で言った。彼らがいるのは、街の中心にある広場だった。周りは建物に囲まれ、逃げ道は限られている。
コウは素早く周りを見渡し、一つのアイデアを思いついた。広場の中央にある大きな噴水だ。彼はメイファンに合図を送り、二人はホアキンを連れて噴水へと走った。
「噴水に隠れるつもりか? 無駄だ!」
マルタが笑いながら言う。彼女はグロック19を構え、噴水の周りにいる人々を次々と撃ち殺していく。悲鳴がこだまし、噴水は血で赤く染まっていく。
「メイファン! ホアキンを水中に!」
コウが叫んだ。メイファンは頷き、ホアキンを無理やり噴水の水中に押し込んだ。
「なにをするんだ!」
ホアキンが叫ぶ。
「落ち着け、ホアキン。少しだけだ」
コウはホアキンをなだめるように言い、水面に顔を出し、マルタとクロエに向かって叫んだ。
「お前たちの狙いは、俺たちじゃなく、ホアキンなんだろう? なら、俺たちを殺す意味はない!」
「馬鹿なことを言うな。お前たち全員を殺すのが、俺たちの仕事だ」
マルタが冷たく言い放ち、コウに向かって発砲した。しかし、コウは水中に身を沈め、難を逃れる。
「クロエ、どうする?」
マルタがクロエに尋ねた。
「このままでは埒が明かない。一度引くぞ。どうせ、奴らはこの街にいる。また会える」
クロエは冷静に判断した。彼女たちはホアキンを狙っている。だが、コウとメイファンが一緒では、この場で始末するのは難しい。さらに、この騒ぎでギャングたちが集まってくる可能性も高い。




