その魔法素材、実はただのゴミです 〜ゴミ袋持って異世界転生したら天空人として崇められました〜
「はぁ……もう限界かも」
机に山積みの書類を見つめながら、私は深いため息をついた。営業部からの無理な納期調整の依頼、上司からのパワハラ気味で理不尽な叱責、さらに終電間際まで残業が当たり前。材料メーカーの事務職として入社7年目にして、すっかりブラック企業に染まった私——リコの日常だ。最近は、ガチで週末の女子会のためだけに生きているって感じ。明日の土曜日は、久しぶりに仲良し5人組が全員集まる。恋バナにはついていけないけど、めっちゃ楽しみ!
◇ ◇ ◇
そして、現在、爽やかな日曜日の朝。昨日の夜、めいっぱい楽しんだその代償は……
「ゴミ袋が玄関をふさいでるわね」
使い捨ての紙コップやプラスチック皿、色々な大きさのテイクアウトのお惣菜容器やお菓子の箱。昨日の女子会のゴミでパンパンになっている。普段から忙しさにかまけてゴミ出しを後回しにしていたので、女子会の残骸に加えて、ベランダにも資源ゴミが溜まっていた。
「今日こそ捨てなきゃ……」
日曜の朝、私は半透明のゴミ袋2つを両手に持って家を出た。ゴミ出しだけのつもりだから、紺の部屋着のワンピースにノーメイクという手抜きな格好だ。ついでにコンビニに行こうかとスマホも持った。
そして、次の瞬間、後ろからキキキーッという音とすごい衝撃を感じ、視界が暗転した。
◇ ◇ ◇
目が覚めると、見覚えのない白い部屋で、私は白髪の老人と向き合って座っていた。老人は古代ローマ人?みたいに白い布を身体に巻き付けている。老人の隣の重厚な机の上には積み重なった書類。老人は慌ただしく書類をめくりながら、眼鏡越しに私を見た。
「えっと、転生処理ねぇ……今月もうノルマ達成してるのに、また来たのかぁ……はぁ」
老人は、あからさまに面倒くさそうに呟いた。
「名前は…"ミズカミ リコ"っと。持ち物は……あぁ、ちゃんと転生の準備はしてきたんじゃな、よしよし……袋2つっと……」
混乱する私をよそに、老人は書類に何かを書き込みながら、ゴミ袋をチラ見した。
「うーむ、臭いし汚れが多いな……わしの世界に汚れを持ち込まんでくれ。ほい、消去」
老人が面倒くさそうに手を振ると、半透明のゴミ袋から透けて見えていたお惣菜の残りやコーヒーかすが、まるで最初からなかったかのように一瞬で消えた。
「次の確認項目は……うむ、転生時の情報の持ち出し禁止じゃな、ほい、消去」
また、老人が手を振ると、ゴミから色と文字が消えた。お菓子のパッケージなどでカラフルだったゴミ袋の色が、一瞬で無機質な白や透明だけになった。そして、ポケットに入れていたスマホも消えた。
「ちょ、ちょっと待って! スマホ! まだ分割払い中なのに!」
「あぁ? 規則だから、諦めるんじゃな」
老人は肩をすくめて、書類を確認する。
「さて、最後は……転生ボーナスか。今、余ってる魔法はっと……」
老人は机の上の銀色の箱の中をゴソゴソと探り始めた。
「人気ある 『勇者の剣』 や 『聖女の祝福』 は在庫切れだし……『無限の魔力』 も先月使い切ったしなぁ……あ、これなら余っておるのじゃ」
老人は小さな紙切れをつまんで取り出した。
「複製魔法……よしよし。荷物をコピーして売れば暮らしていけるじゃろ。ちょちょっと付与して……言葉は大丈夫じゃな。はい、次!」
「ちょ、ちょっと待ってください! 私はどこに行くんですか? 何が起きてるんですか?」
老人は私の質問をスルーして、 「じゃあ、頑張って!」 と私の顔も見ずに、手を振った。意識が少しづつ薄れていく。
「あ、記憶の消去を忘れたか? まぁよかろう、今月のノルマもう達成してるしの」
不穏なつぶやきを残して、たった2~3分で、再び視界が暗転した。
◇ ◇ ◇
目が覚めると、そこは石畳の広がる見知らない町の通りで、足元には小さな布袋が落ちていた。中には、3枚の金貨と「最初の滞在費」と書かれたメモ、そして2つの白いサイコロみたいなキューブが入っている。キューブには 「袋1」 「袋2」 と書かれている。全体的に親切なのか不親切なのか微妙だ。
周りを見渡すと、まるで西洋の古い町並みのような風景が広がっていた。木造の建物が立ち並び、通りには馬車が行き交う。人々は、まるで中世のコスプレのような衣装を着ている。色々と思うところはあるが、とりあえず判断は保留だ。ちなみに 『判断保留』 は私の得意技だ。
「ねぇ、お姉ちゃん、その格好、どこの国の人?」
近くで遊んでいた子供たちが、私の服装を珍しそうに見つめていた。周りと比べると、ちょっとシンプルすぎるかもしれない。金貨を1枚取り出して、子供たちに屋台のジュースを奢り、この町について色々と聞いてみた。情報収集大事。
ここは「ミルヘイム王国」の王都「アーレンギース」。魔法や魔道具が発達した国らしい。今は戦争はない。魔物はいるけど、ダンジョンにしかいない。魔法は使える人と使えない人がいて、生まれつきの運。教会はある。病気はポーションで治す。獣人や亜人はいない。食文化はそれなりに充実している。騎士様はみんなの憧れ。他にもいくつも国がある。
「お姉ちゃん、そんなことも知らないのー?」 と笑われながら、色々な話を子供たちから聞いてから、宿に向かった。気持ち他より小綺麗で、女性も出入りしている宿にした。
「このお金で何日泊まれますか?」
「金貨1枚なら、2食付きで5日ですよ」
「では、それでお願いします」
早くも残りは金貨は1枚と銀貨8枚になってしまった。
部屋に入り、ベッドに腰掛けた私は、あらためて状況を整理した。
「どうやら私は魔法が存在する世界に転生してしまったわけね。今の私にあるのはゴミ袋2つと、あの手抜き神様(?)からもらった『複製魔法』……神様、ゴミ袋を転生の準備と勘違いしてたけど、あぁいう思い込みの激しい人ってほんと困るんだよねぇ」
ちょっと前世の会社のご老人を思い出して、顔をしかめてしまう。残念ながら小説のように、イケメン騎士様に助けられるとか、聖女になって王宮でチヤホヤされるという展開はなさそうだ。それにしても剣と魔法の世界か。ちょっと楽しみではある。
まずは定番の確認だ。
「ステータス!」
うん、何もおこらない。
「じゃあ、複製魔法とやらを試してみますか」
やり方はわからないけど、とりあえず 「袋1」 と書かれたキューブをつまんで、意識を集中してにらんでみる。指から魔力か何かが、ユラユラとキューブに流れていく。ポンッと小さな音がしてゴミ袋の片方が元の大きさに戻った。
「おぉぉ、便利ねこれ」
ゴミ袋から、無造作に1枚の袋を取り出す。銀色に輝くアルミ蒸着フィルムの袋でこの大きさ……ってことは、パーティーサイズポテチの袋か! 文字や色は消えているが、形状は残っている。さっきの要領で意識を集中させると、不思議な感覚が体を包み、目の前にまったく同じ銀色の袋が出現した。
「おぉぉ、本当に複製できた……」
今度は出現した袋の方を複製しようとしたら、頭に数字が浮かぶ。
「1、10、100、1,000……複製する枚数を指定できるのかな?」
10の数字を意識すると、ポテチの袋が10枚重なって出現した。続けて他のゴミも試してみる。お菓子の箱、ペットボトル、総菜のプラ容器……次々と新品同様の複製が作れた。
部屋を見回すと、異世界の部屋の調度品はすべて木や石や布でできている。現代日本から持って来た私のゴミ袋の中身——正確には中身が消去されたプラスチック容器たち——は、めっちゃ異質な存在だ。これってこのままこの世界に持ち込んでもいいのだろうか。
「でも、もしかして…これって商売になるんじゃない?」
手元のポテチ袋のような薄くて軽く丈夫な素材は、この世界ではなかなか作れないに違いない。そして複製魔法があれば、いくらでも増やせる。きっとこの世界の誰かが、これらの素材に価値を見出してくれるはず——。
◇ ◇ ◇
朝日で目が覚めると、床にはまだ昨夜の実験の痕跡が散らばっていた。色々なサイズの透明なペットボトル、元はDMだった真っ白な紙や封筒、ティッシュペーパーやラップ、アルミホイル……複製を試しているうちに、部屋中が "新品のゴミ" だらけになっていた。
「ちょっと調子に乗りすぎたかもしれない」
苦笑いしながら片付けをする。きれいになったゴミを見て、元を思い出すという作業にはまったのだ。ゴミはきれいにバラバラになっていた。例えば紅茶のティーバッグは、ミキちゃんが持ってきた高級品は、内側がアルミの紙の個包装袋、ポリエステルのティーバッグ本体、コート紙のタグ、ポリエステルの糸で1セット。私が普段飲んでる安いヤツは、紙の個包装袋、不織布のティーバッグ本体、コットンの糸、ホチキスの芯で1セットだ。まだまだ元が何かわからない素材がいくつも残っている。
そして、とりあえずティッシュペーパーは1万枚複製してみたけどMP枯渇という問題は無さそうだ。だるさも何もなかった。魔法の仕組みはおいおい調べよう。
さて、この前世の素材は売っても問題にならないのだろうか。手抜き神様(仮)が売って暮らせ(意訳)って言ったんだから大丈夫よね? トラブルに巻き込まれないよね??
「お嬢さん、朝食の用意ができましたよー!」
女将さんの声に、慌てて散らかった素材を片付ける。そういえば、昨日の夕食はすごいボリュームだった。もしかして朝食も……と思い、念のため使い捨ての惣菜容器をいくつか持って食堂へ向かった。SDGsである。
案の定、朝食も驚くほどの量だった。ふんわりした白パン3つに、分厚いハムのスライス4枚、目玉焼きは3つ、たっぷりの具沢山野菜スープ。これは全部食べきれない……この世界の人はみんな大食いなのか、この宿の盛りがいいのか。
「あの、食べきれない分は持ち帰ってもいいですか?」
女将さんにOKをもらって、ゴミ袋から複製した耐水クラフト紙のテイクアウト容器にパンとハムと目玉焼きを入れ、プラスチックのカップにスープを移し、透明なプラスチックの蓋をはめる。これでお昼代が浮いたなとにやけていると、女将さんが興味深そうに覗き込んでくる。
「あらあらまぁまぁ、なんて便利な器なの。軽そうなのに、しっかりしてるわねぇ。それに、中身がこんなにハッキリ見えるなんて!」
「あ、これは……」
紙箱はともかく、プラスチック容器はマズかったかな? と思った私の言葉を遮るように、女将さんは目を輝かせて続けた。
「あなた、変わったお洋服と思っていたけど、天空人様なのね! 噂には聞いていたけど、本当にいらっしゃるなんて。天空の技術は素晴らしいって聞いていたけど、本当ね」
天空人様? 一瞬戸惑ったものの、これは使える。私は上品に見えるよう、軽く微笑んで答えた。
「ええ、まあ……そのようなものです」
「魔道具屋のレオさんが喜びそう。ぜひ見せてあげてくださいね」
女将さんの反応を見て少し安心する。この世界の人々は、見たことのない素材でも「天空の技術」という魔法の言葉で受け入れてくれるみたいだ。あの手抜き神様(仮)、意外といいものをくれたのかもしれない。
複製したゴミ——ではなく「天空の素材」をいくつかまとめると、早速、女将さんが言っていた魔道具屋を探しにいくことにした。早く収入の目途をつけたい。宿代10日分ちょっとのお金しかないのだ。
「レオの魔道具工房」という看板を掲げた石造りの建物に入ると、ショーウィンドウには不思議な道具が並んでいた。水晶のような球体から光を放つランプ。金属でできた複雑な機械。ガラスの小瓶に入った色とりどりの液体。
店内に入ると、カウンターの向こうで若い店主が何かの製作に没頭していた。銀色の髪を後ろで束ね、職人用のエプロンをしている。顔を上げると、透き通るような青い目が私を見つめる。
「いらっしゃいませ……おや?」
彼の視線は、私の手元に釘付けになっている。複製したデパ地下の紙袋に素材を入れてきたのだが、その紙袋を真剣な目で見ているのだ。え? 紙袋は普通のよ??
「この袋の紙……こんなになめらかで、しかも真っ白で均一な厚さの紙があるなんて……」
お兄さんは、しゃがみ込んで紙袋をそっとなでたり、指で挟んで材質を確かめたりと、ブツブツ言いながら詳しく観察し始めた。
「あの……紙袋ではなくて中の素材の買取をお願いしたいのですが」
その言葉を聞いて紙袋を覗き込むと、お兄さんは素早く立ち上がって、入り口に「閉店」の札を掛け、キラキラの笑顔で声をかけてきた。
「奥の工房でうかがいましょう。私、店主のレオナルドと申します」
案内された部屋は、作業台や道具が所狭しと並ぶ工房だった。レオさんは私の自己紹介も待たずに言った。
「あなたは天空人ですね! 数十年に一度、この世界に降り立つという……」
天空人が転生者の別名なのか、それとも何か別の存在なのか分からないけれど、どうやらこの "天空人" という設定には何か便利な特権があるらしい。無駄に否定するよりもメリットがありそうだ。私は、またしても上品に微笑みながら曖昧に頷いておいた。
素材を取り出して、工房の作業台の上に並べていく。
アルミホイルを置くと、少し手をかざして確認し、 「これは魔力を反射しますね! 魔道具ギルドが飛びつくぞ。買取は10金貨です」 と、手帳にメモをとる。
宅配の宛名の複写紙を置くと、 「え!? 上に書いたものを下の紙にそのまま写せるんですか? 錬金術ギルドが魔方陣を書くのに奪い合いになるな。これは7金貨」 と、また手帳にメモをとる。
ケーキの箱を置くと、 「これ、1枚の紙でできているんですか? こんなに簡単に組み立てられるなんて。ちゃんと持ち手まで付いてるじゃないですか。この紙もしっかりしているな。うんうん、3金貨でいいかな」 と、展開図をメモ帳に写す。
ティッシュ、ペットボトル、ラップ。どれを出しても、目を丸くして喜んでくれた。
「全て見たことない素材です! さすが天空人の技術ですね。これだけでも凄いのにまだ他にもあるんですか?」
今回は様子見のつもりで、わかりやすいゴミ……じゃなくて天空素材しか持ってこなかったのだ。アルミ蒸着フィルムのプラスチック袋なんて、機能や構造の説明も面倒くさい。前世で素材メーカー勤務だったから少しは知識あるけど、電話応対マニュアルが無いと説明できないし。30cm四方のアルミホイル1枚が10金貨、つまり10万円相当になるのなら、ややこしいものを出す必要はない。
「ええっと、無くはないですけど——」
レオさんは真剣な表情で私の言葉を遮った。
「あなたは早めに王城へ行った方がいいです。この天空素材は、あまりに価値が高すぎます。明日にでも、私が連れていきましょう。それから、素材を置いておくセキュリティのしっかりした家を用意しないといけませんね……」
「レオさん、でも宿に5日分の前払いをしてますので——」
「あぁ、もう! そんなのんきなこと言ってる場合じゃないんですよ。よし、こうなれば、うちの実家を頼るか。実は、私の実家は侯爵家なんです。すぐに手配させますから、今日からその家に移るようにしてください」
レオさんはまくし立てるように続けた。
「魔道具ギルドや錬金術ギルドからもすぐに挨拶がいくはずだし、メイドも数人は必要になるな。これも当面は実家から借りるか。ところで、この天空素材はあなたが天空から持ってきたのですか? どのくらいの量があるのですか?」
「持ってきたというか、複製魔法でいくらでも増やせま——」
「待って! ここから一歩も動かないで。馬車と護衛の手配をしてくるから!」
レオさんは慌ただしく店に鍵を閉めて飛び出していった。工房の窓から差し込む光の中、取り残された私はただ呆然としていた。
「ちょっと待って……これってどういう展開?」
ゴミを売ってウキウキスローライフとはいかないようだ。ブラック企業で鍛えられた処世術で、乗り切れるだろうか……不安しかない。
◇ ◇ ◇
「え? 誘拐……ですか」
レオさんの言葉に背筋が凍る。彼が手配した馬車の中で、少し落ち着いたレオさんから詳しく説明してもらう。
「えぇ、このままだと、キミの能力を知った者から誘拐される可能性もあります。なんたって、『莫大な金の卵を生むカエル』 ですから」
え? そこはガチョウじゃないの? 異世界の例えになんだか急にディスられた気分だ。
「でも、大丈夫です。天空人として王城の役所に届を出せば、重点的に警備してもらえます。それに、うちの侯爵家に後見人になってもらえば、貴族からの横やりからも守れます」
不安な私の心を見透かしたように、レオさんは優しく微笑みながら続けた。
「それに、天空素材を登録して、すぐに公布しておけばさらに安全になりますよ。あなたを誘拐しても、他の店や国がこの素材を使った製品を出せば、それはすなわち"天空人を攫った犯人"と自白するようなものですからね」
なるほど。確かにその通りだ。この世界の人たちは合理的だ。
◇ ◇ ◇
レオさんに案内されて王城の超豪華な貴族用応接室に入った。早馬で知らせていたそうで、レオさんのお父さんという侯爵家当主が待っていた。
「これが噂の天空人か!」
レオさんにそっくりな銀髪のイケオジが、私を上から下まで品定めするように見た。
「おぬし、ちと貧乏な天空人じゃないのか? 飾り一つない服に、宝飾品もないとは。天空は豊かだと聞いておったが、そんなに痩せっぽちでちゃんと食事はしていたのか?」
思わず「失礼な!」と言いそうになったが、ここはグッと堪えて微笑みを浮かべる。ブラック企業での理不尽クレーム対応スキルが光る瞬間だ。私は目が笑ってない笑顔でハキハキと答える。
「いえ、我々天空人は地上の方々と溶け込めるよう、このような質素な姿で降臨しているのです。元の姿で現れると、地上人が眩しさで目を痛めるものですから」
侯爵は少し考え込み、やがて頷いた。
「なるほど。さすが天空人ですな。まぁ、それはともかく、さっそく王様に謁見いたしましよう」
納得するんだ。ってか、え? 王様? そんな大物に会うことになるの?
王族用のさらに豪華な謁見室で、私は生まれて初めて 「陛下」 という存在の前に立っていた。
「ほほぅ、天空人じゃな。わしの代で天空人が現れるとは光栄じゃ。吉兆かもしれんな。ふぉっふぉっふぉ」
威厳のありそうな口調で話しているが、中身はちょっとおっちょこちょいとみた。会社の常務にそっくりだ。横に座っている王妃様の方が気品も威厳も溢れている。
「未熟者ゆえ至らぬ点も多いかと存じますが、何卒ご高配のほど賜りますようお願い申し上げます」
深々と頭を下げながら、私は前世で習得した最高レベルのビジネス用語を駆使する。縦読みコミックのような 「帝国の太陽、〇〇陛下にご挨拶申し上げます」 的な言葉が正しいかわからないし、どうせすぐボロがでるし。慣れた言葉使いが1番だ。
「ところで、天空人殿。ぜひ天空の品をひとつ見せてくれぬか?」
王様がワクワクした子供のような目で頼んできた。えっと、持ってきた素材といえば……
「かしこまりました。こちらをご覧ください」
ジップロックみたいなファスナー付きビニール袋を取り出して見せる。
「おおっ!透明なのに水が漏れぬとな?」
王様は興味津々で袋を手に取り、中に入れた水を揺すってみる。王妃様も目を丸くして見つめている。
「匂いも漏れませんし、ある程度の熱さ冷たさでも問題ありません」
「これは素晴らしい。魔法の袋じゃな!」
「それに、この厚みの均一さと透明度は、我が国の名匠ガラス職人でも作れませぬぞ」
王妃様が感心した様子で言った。
それ、元は入れてたモヤシが冷蔵庫で死蔵して溶けかけてたゴミだなんて言えない……。
その後、王城内の役所へ向かい、「天空人居住届」なる書類を提出する。住んだこともない住所をレオさんがスラスラと書き込み、手続きは進んでいく。
次に広い会議室に案内され、持ってきた素材を一つずつ説明しながら「天空素材登録」という書類を作っていく。役人さんと立会いの魔法省の技術者たちも珍しい素材に興味津々で、一つ一つ熱心に記録していた。なぜか王様たちも付いてきた。
「これは何と申される素材でしょうか?」
「これは……ペットボトルと申します」
聞いたことがない言葉に困惑する役人たちを見て、すかさず付け加える。
「つまり、液体を保持するための器です」
魔法薬の調合師という方が目を輝かせた。
「ガラスより薄く軽く透明なので薬の色の変化が一目で分かりますね!」
「これは、ガラスより丈夫なんですよ」
机の角にポコポコぶつけて実演してみせると、技術者さんたちから悲鳴が上がった。
役人が 「天空素材:ペット・ボートル(液体保存容器)」 と大げさに書き記す。
次にアルミホイルを取り出すと、錬金術師が興奮した様子で質問してきた。
「この薄い金属のような素材、好きな形に折り曲げても元に戻らないのですね?」
「はい。熱を反射する性質もありますし、レオさんによると魔力も反射するそうです」
「魔力もですか!? 試してみても?」
許可を得て、錬金術師が小さな魔法を放つと、アルミホイルで綺麗に反射したようだ。私には見えなかったけど。
「素晴らしい! 魔道具内の魔力反射材としても使えます!」
瞬く間に 「天空素材:アルミ・ホーイル(魔力反射材)」 と書類にされていく。
紙コップ、コピー用紙、蓋つきプラスチックカップ、プラスチックのスプーン……次々と素材を紹介していくうちに、会議室には様々なギルドの代表たちが集まってきていた。
「この素材で魔力保存容器が作れます!」
「これは魔法陣の下絵用に最適です!」
「透明な包装で高級魔法商品の価値が上がります!」
あちこちから興奮した声が上がる中、王様は満足げに頷いていた。
「天空人殿、これらの素材を我が国で広めていただけると大変ありがたい。ついては、王城下に明日から店舗を開くことを許可しよう。魔道具ギルドと錬金術ギルドの特別会員としても認め、魔法省の特別顧問もお願いしたい」
一日で異世界の上流階級の仲間入りをした気分だ。ブラック企業時代、どれだけ頑張っても昇進できなかったのに、ゴミ袋一つでここまで秒で出世できるなんて……。
よくよく話を聞いたら、天空人は天空の素材や道具を持って現れることが多いが、ほぼ天空での記憶が無く、その素材や道具の説明ができないそうだ。そう言えば、あの手抜き神様(?)が、最後に記憶を消し忘れたとか言っていたような?
そのうち、各地に伝わる天空人の持ち物を鑑定してほしいと言われた。ちょっと興味あるけど、江戸時代の道具とかだったら私にもわかんないと思う。
◇ ◇ ◇
すべての手続きが終わり、レオさんの実家が用意してくれた瀟洒なタウンハウスに落ち着く頃には、私は疲れ果てていた。ソファで放心していると、レオさんが紅茶を差し出しながら提案してきた。
「陛下のお墨付きもいただきましたし、天空素材屋を開いたらどうですか? うちの魔道具屋の隣に空き店舗があるんです。場所もいいですよ」
「私の店……ですか?」
その言葉を聞いて、ふと思い出した。ブラック企業で疲れた日々、女子会の他に、休日のカフェめぐりが唯一の癒しだった。いつか自分のカフェを開きたいと夢見ていたっけ。
「レオさん、お店の片隅にカフェコーナーを作ってもいいですか?」
「面白いアイデアですね。魔道具師や錬金術師の交流の場にもなりそうです」
「店の名前は、 『未来素材堂 〜天空の素材と憩いの場〜』 でいこうと思います」
レオさんは満面の笑みで頷いた。
「素晴らしい名前ですね!」
◇ ◇ ◇
一ヶ月後、 「未来素材堂 〜天空の素材と憩いの場〜」 がオープンし、連日、大盛況になった。
店内には様々な素材と使い方の見本がずらりと並び、奥には小さなカフェスペース。コーヒーを入れるペーパーフィルターや、紅茶のティーバッグ素材の実演も兼ねている。コーヒーの香りに誘われて、魔法使いや職人たちが次々と訪れた。
そして、結局、価格設定はこの世界の人々が簡単に手の届く範囲に抑えた。高値で売れば大金持ちになれるかもしれない。でも、それは違うなって思ったのだ。この世界が自力でこういった素材を作れるようになってほしい。私の売る素材が、その道標になればいい。
「リコちゃん、新しい魔法具のアイデアがあるんです」
今日もレオさんが店を訪れ、カフェコーナーでアイデアを熱弁している。彼は本当は客ではなく共同オーナーなのだが、相変わらず素材の応用研究に熱心だ。
「リコさん、他に素材はないんですか?」
常連の魔法使いジナスさんの人懐っこい笑顔に、私はつい微笑みを返す。他国からも問い合わせが入り始め、人気商品の在庫を複製するだけで精一杯で、新商品を吟味する余裕がないのだ。
「実は、まだ面白い素材がありますよ。店が落ち着いたら新商品を発表しますね」
店の金庫に入れてある、 「袋2」 のキューブを思い出す。私がこの世界に持ってきたのは2つのゴミ袋。今まで開けて複製していたのは、1つ目の主に台所系のゴミ袋だけ。
2つ目のゴミ袋には、洗面所から集めたゴミと、ゴミステーションで分別する予定のゴミが入っていたはずだ。化粧コットン、綿棒、歯ブラシ、マスク、スプレーボトル、泡ポンプボトル、髪ゴムなどのゴミと、空き缶やお菓子の缶、針金ハンガー、折り畳み傘、段ボールなど。
また、一つ一つの素材に驚いて、子供みたいに目をキラキラさせるレオさんの顔を見るのが楽しみだ。
1年後に販売されたスプレーボトルや泡ボトルは医療ギルドから大量注文がきたり、折り畳み傘は軍事転用の問い合わせが騎士団からきたりして、新素材の注文が殺到し、店はさらに賑わうことを私はまだ知らない。
たかがゴミ袋。されどゴミ袋。
ゴミ袋を持って異世界転生。
皆さん、おすすめですよ?
【 完 】
ゴミ出しに行きながら、思い出してクスッと笑っていただけたら嬉しいです。