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立冬そして小雪


初めてこの家に来たとき、僕はすごく小さかった。どのくらい小さいかっていうと、目の前にあった庭の落ち葉を魔法のじゅうたんにして、なんならそのまま空を飛んでいけるくらい体重も軽かった。あまりにも小さかったせいか、僕はその日一日だけで消えちゃった。でも、彼女が僕に名前を付けていてくれたから、次に彼女が僕を作ってくれたときも僕は僕でいることができた。

最初の名前はおチビ。

チビに「お」が付くところに彼女のセンスが光るだろ。


次の名前がチビ太。

そう、二回目の僕は少し大きくなったんだ。おチビより一回り大きくて、庭の落ち葉は座布団にするのにちょうどよかった。残念ながら、チビ太の僕も長持ちすることはできなかったけど。


でも、彼女はさらに大きな僕を再度作ってくれた。

名前はチビ丸。

毎度のことながら、彼女のセンスには脱帽するしかない。僕はこの名前を大いに気に入った。チビ丸の僕はさらに大きくなって、なによりも決定的な成長があった。なんと彼女が庭にあった小石で僕に目を作ってくれたんだ。初めて僕が目にしたのは、僕に向かって満面の笑みを見せる彼女の顔だった。僕はびっくりしすぎて、思わず目をぽろりと落としてしまうところだった。すかさず彼女がしっかりと付け直してくれたから事なきを得たんだけど。


僕がチビ丸になった頃には空気がすっかり冷たくなって、庭一面に広がっていた落ち葉も見えなくなるぐらい真っ白に覆われていた。そのおかげで、おチビやチビ太だったころのような不安は一切なかった。

それに、彼女が僕のために安心して過ごせる定位置もしっかり考えてくれた。僕が座っているのは裏庭のテラスのテーブルの上で、庭一面が見渡せる特等席だった。テーブルには頑丈なパラソルがついていたから、僕は太陽がまぶしい昼間も日陰の下にいることができた。


庭には、僕のほかにいくつかの先客がいた。茶色いレンガで囲われたスペースには、少しの緑だけが顔をのぞかせていて、他のやつらは地面の下でぐっすり眠っているようだ。

そしてなんといっても、僕の正面にいるやつの話は避けて通れない。悔しいけど、僕が見上げなければいけないくらいほどもある背の高い木。数枚の葉っぱを残しているだけで、ほとんどの枝は丸見えだった。

正面にいる者同士、避けられない付き合いだと思って話しかけてみた。


やあ、寒そうだな。


木はうんともすんとも言わなかった。ちぇ、せっかく仲良くなろうと思ってたのに、そっちがその気なら僕にだって考えがある。


僕はこれからもっと大きくなるんだぞ。お前は葉っぱを落とすばかりでもう大きくなれないのか。


ちょうど数時間前から空に分厚い雲がかかっていて、白い粒が体に触れるとそのまま僕の体の一部となり、僕は成長をしている真っ最中だった。そんな自信もあって見上げるほどの高さの木に大きな口をきいたことを、僕はすぐに後悔した。木は僕の意見を否定するように、枝を力強く揺らしてみせた。もし枝がここまで届いたら、僕なんてすぐに吹っ飛ばされてしまいそうだった。


わかったよ、お前ももっと大きくなるんだな。真正面にいるんだから、これから仲良くしようよ。


僕の心からの謝罪を受け入れてくれた木は、残っているうちの一番高いところにある葉っぱを一枚落として、風にのせて僕の目の前でひらひらと踊るようにみせてくれた。そうして、僕たちは友達になったんだ。


数日して、僕はさらに大きくなった。強い風のせいでへこんだり、一部分だけ成長して大きくなったりして不格好になってしまった体をきれいな形に整えながら、彼女は僕を二回りほど大きくしてくれた。さらに、僕は小さな石でできた鼻を手に入れた。

楕円形で赤みがかった茶色の石は、僕の白い体によく映えた。彼女が選んでくれた鼻だから、当然僕は気に入った。そして、体が大きくなったことによって僕の名前もまた変わった。


なんと今度の名前はチビだるま。

なんてセンスの欠片もない名前なんだ。命名したのは、いつも彼女の横にいる男。僕は新しい名前に反抗するために何かアクションを起こしてやろうかと思ったんだけど、彼が、木がさっき落としたばかりの葉っぱを帽子代わりに僕の頭にのせてくれたから、かろうじて許してやることにした。この男、名付けのセンスはないけどファッションの心得は多少あるようだ。


彼女と彼は、僕が見る限り、いつも笑っていた。天気がいい日はテーブルの上にいる僕を挟んで、温かいものを飲んでいつまでもおしゃべりを楽しんでいた。僕は彼女がつけてくれた鼻のおかげで、彼女が飲む紅茶の匂いってやつを知ることができた。彼が飲むコーヒーってやつは、僕の鼻には少し刺激が強すぎたけど。


その他にも、鼻はいろいろなことを教えてくれた。朝と昼と夜で空気の匂いは全く違ったし、夜になると換気扇から流れてくる毎日違う匂いは僕の想像力を大いに搔き立ててくれた。何よりもうれしかったのは、鼻の奥がキンとなるぐらい冷たい空気の日には、僕の体の強度が増していくのを感じていた。もうおチビだったころのように少しずつ体が小さくなっていく恐怖は微塵も感じなくなっていた。


そうして、何度か昼と夜を過ごしたのち、僕の体はさらに格段と大きくなった。

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