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8. 篠崎風香



 太陽くん。

 やっと出会えた、あたしだけの王子様。

 寂しくて、何か物足りなくて、ちょっぴり暗いこの世界から救い出してくれた、最高の(ひと)



 スマホを見て、あたしはにやける。

 お弁当を食べながら送り合う太陽くんとのLINEに幸せがとまらない。

 『大好き』『頑張れ』その言葉が嬉しくて、なんでもできそうなくらい勇気が湧いてくる。


『ありがとう♡そういえば、今日の卵焼きはいつもより美味しく出来た気がする。自分だけじゃなくて、太陽くんのためにつくったからかな?』


 この愛を伝えたくてたまらなくて、ずっと繋がっていたくて。

 そう思って送ったLINEの返信は、それから一時間経っても二時間経っても送られてこなかった。



「篠崎さん、スマホ見過ぎ」



 突然の声にびくっと肩を震わせると、葉山さんが厳しい目であたしを見ていた。



「すみません」



 三十歳の葉山さんは、厳しくもあり優しい上司だ。あたしは素直に謝った。



「一応仕事中だからね。お客さんの目もあるし。急用だったら仕方ないけど」


「ですよね。すみません。ちょっと、彼からのLINEが返ってこなくて気になっちゃって……」



 一瞬驚いた顔をした葉山さんは、軽くため息をついてから呆れたように笑った。



「若いわね」


「えっ」


「いいよねぇ、恋してるって。羨ましい」


「そうですか?」


「うん。だんだん歳とっていくとね、そういうのってどうでもよくなってくるんだよね」


「へぇぇ」



 彼女はたしか、最初の夫と離婚したとかでシングルマザーだ。色々苦労してきたのだろうか、大人の落ち着きというかそういうのをすごく感じる。



「まぁ、人を好きになるのはとても素敵なことだからね。全力で恋しなさい。でも仕事はしっかりするのよ!切り替えは大事だからね。先輩からのアドバイス」


「はい!」



 真面目に返事したあたしがおかしいのか、くすっと笑うと「いらっしゃいませー!」と入ってきたお客さんに呼びかけ、去って行ってしまった。あたしも慌てて「いらっしゃいませー!」と続けた。

 ()()()()かぁ……。葉山さんの言葉が胸に残る。

 そうだよね。やっぱり全力で恋、しなきゃね。


『太陽くん?返信なくて寂しいよー』


 バレないようにそれだけこそっと送り、あたしは仕事に戻った。



**



 頑張って無理やり仕事に集中し、さらに一時間が経った。そろそろ来ているかもしれないと期待し、駆け込んだトイレでスマホをさわるが彼からのLINEはなかった。

 心の中に、どんよりとした雲が広がっていくのを感じる。

 どうして?あたしのこと、嫌いになっちゃった?急に気が変わって冷めちゃった?嫌だよ、そんなの。

 もしかして会社で良い感じの女の子ができてしまったとか?

 彼があたし以外の女の子といるところを想像すると、吐き気がして死にたくなってきた。

 居ても立っても居られなくて、あたしは再び文字を打つ。


『お仕事忙しいのかな?』


 送る。

 なんだか足りない気がして、また打つ。


『今朝バイバイしたばっかりなのに、もう会いたくてたまらないよ』


 送る。


『大好きだからね!』


 送る。


『お仕事頑張ってね!風香も頑張るよぉ』


 送る。

 会いに来てくれた太陽くん。花束をくれた太陽くん。ぎゅっと抱きしめて、愛を囁いてくれた太陽くん。大丈夫、あたしは愛されている。

 だって彼は、今までの人とは全然違うもん。こんなことで不安になっちゃダメ。

 でも不安にさせたからには、もっと愛してもらうんだからね。

 ぐっと自分を奮い立たせ、あたしは仕事に戻った。


 けれどそれから、さらに気になってしまって、あたしは三十分置きにトイレに行っては太陽くんに追いLINEをしてしまった。


『太陽くん、何してる?お仕事どんな感じ?』

『ねぇ、今日の夜会えない?』

『疲れたよぉー』

『太陽くーん』

『おーーいっ』

『大好きだよ!』



「篠崎さん、お腹痛いの?」



 そんなあたしに痺れを切らしたのか、葉山さんに突っ込まれてしまった。



「辛かったら、薬あげるよ。それか、今日はもう早退しても大丈夫だけど」



 心配してくれている。ありがたく、申し訳ない。

 お腹は痛くない。ただ太陽くんからのLINEが欲しいだけ。一通だけでもいいから……。

 今日のシフトは午後八時まで。時計を見ると、まだ午後六時だった。



「ごめんなさい、ちょっと体調悪くて。早退してもいいですか?」



 気付けば無意識に言ってしまっていた。

 でも体調が悪いのは本当。太陽くんのせいで、心がざわざわしてずっと落ち着かなくて、倒れてしまいそうだもの。



「わかった。今日はゆっくりしてね。明日は来れそう?」


「はい。来れると思います。ごめんなさい」


「そう。無理しないでね」



 葉山さん、ごめんなさい。でもあたし、こんな状態じゃとても働いていられません。


 急いで退勤を押し、着替え、外に出てからあたしがすることはただ一つ。太陽くんに電話をかけること。

 あらためてトーク画面を開くと、我ながら少し送りすぎてしまったなと反省する。

 だけどこんなに長い時間LINEが返ってこないなんて、彼女として不安になって当然だ。

 迷わず、あたしは音声通話の文字をタップした。

 太陽くん、お願い。あなたの声が聞きたいの。

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