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7. 鈴木太陽



 この子はどこまで俺の期待を上回ってくれるのだろうか。嬉しすぎて「おぉ……」と息が漏れる。

 会社の食堂で風香がつくってくれた弁当を広げ、俺は一人にやにやしていた。


 結局あのまま土日はずっと一緒にいて、月曜の今日は風香の家から出勤した。つまり三泊したということになる。

 離れたくない、ずっと一緒にいたい。お互いにそう思い合えることが幸せでたまらない。


 ハート型の卵焼きが甘くて美味しい。

 愛情を感じるとはこういうことかと感慨深く思う。

 俺はついに、真実の愛を見つけた。弁当と一緒に添えられていた、風香からの手紙を見てあらためて確信した。

『太陽くん、お仕事頑張ってね!大好き♡』

 可愛らしいメモに書かれた、丸っこくて女の子らしい文字。もう、いくらでも頑張れるわ。


 大手チェーンの雑貨屋で働く風香も今日は出勤で、朝俺達は一緒に家を出て、駅で手を振り合って解散した。まるで新婚夫婦みたいだな、と嬉しく思った。

 いつかは本当に夫婦になりたいなぁ、なんて。



「お、今日弁当?」



 上から降ってきた声に顔を上げると、榊原さんが社員食堂で買ったらしい定食のプレートを持って立っていた。



「うっす。風香が作ってくれたっす!見てくださいこれ!愛っくるしい手紙付きです」



 俺は自信満々に手紙を見せた。



「おぉ……なんかすげぇな」


「いいでしょー!」


「幸せ絶頂って感じだな」


「幸せすぎます!」


「よかったよかった」



 なんとなく馬鹿にされているように感じるのは気のせいだろうか。まぁいいか、俺は今世界で一番幸せだし。

 榊原さんが向かいに座り、一緒に食べながら最近おすすめの筋トレの話を聞いたりしていると、入口付近に上月さんの姿が見えた。数人の女子社員と喋りながら入ってきた。



「あ、上月さんだ」



 そして俺は金曜の晩、珍しくかなりベロベロに酔っ払っていた彼女の姿を思い出した。目の前の筋トレ先輩と二人きりにさせたことも。

 自分の幸せがいっぱいすぎて、完全に忘れていた。



「そういや金晩、あれからどうなったんすか?」



 何気なく、本当に何気なく聞いただけだ。

 どうせちょっと振り回された後、タクシーにでも無理やり乗せてちゃんと帰らしたのだろう、と。

 だから榊原さんの反応は、ちょっと予想外だった。



「……は?なんもないに決まってるだろっ」



 変な間があってから、俺と目を合わせもせず、生姜焼きを口に運びながら榊原さんはやけに早口で言った。

 “なんもないに決まってるだろ”……?



「怪しい」


「は?!」



 それは「何かありました」と言っているようなものでは……?



「榊原さん、俺の勘違いだったら本当に申し訳ないんですけど……寝ました?」



 ゴリゴリの見た目とは裏腹にわかりやすくて素直な先輩榊原は、あろうことか俺の言葉に飲んでいた水をぶっと吹き出してしまった。



「バカ!変なこと言うんじゃねぇ、寝てねぇよ!」



 肯定しているも同然だった。

 またその声が大きいことから、近くにいた知らない女子社員達がちらっとこちらを見る。



「……なるほどね。鈴木、理解しました」



 頭を抱える榊原先輩。もう、どうしてこんなに不器用なのだろうか。



「……お前、絶対誰にも言うなよ」


 

 ぎろっと睨んできた。怖い。



「言うわけないじゃないですか」



 しばらく俺をじっと睨み続けたあと、榊原さんは顔に似合わず小さなため息を吐いた。それが恋のため息であることが、俺にはすぐにわかった。

 

 榊原さんは上月さんのことが好きだ。わかりやすいので、入社してすぐに気付いた。だけど残念ながら上月さんには彼氏がいて、榊原さんは儚い片思いをしていた。

 叶わなくてもかまわない、想い続けているだけで十分だから。俺にはそんな風に見えていた。



「……まぁ、俺は応援してますよ!榊原さんのこと」


「あぁ?」



 今度はメンチを切ってきた。怖い。

 でも、この人ほどギャップを抱えた人は見たことがないかもしれない。

 にやにやする俺と、なぜか俺に怒り気味の榊原さん。もくもくと食べ続ける彼を眺めながら、俺は愛の込もった風香の弁当を食べた。


 ものすごい速さで食べ切った榊原さんが逃げるように立ち去った後、再びスマホを見た。


『大好きだよ!お昼からもお仕事頑張ってね♡風香も頑張る』


 風香からのLINEに、また力がみなぎっていく。

 可愛い。癒し。俺の天使。


『俺も大好き♡マジで頑張る〜。風香も頑張れー!』


 すごく良い関係を築けている。そしてこれからも築けられそうだ。

 お互いこうして励まし合って、高め合って。

 まさに風香は運命の人でしかない。



**



 昼からは大忙しだった。

 コピー機の営業をしている俺は、数件の取引先をまわり、やっと帰れると思った頃に今日中に提出しなければいけない書類があったのを思い出し、バタバタだった。

 やっと電車に乗れたのは午後九時半。お腹も空いてぺこぺこだった。

 

 電車の椅子に座り、一息ついてスマホを見たときだった。俺は目を疑った。

 画面に表示されていたのは、風香から送られてき大量のLINE。



「……えぇ?」



 疲れきった身体から、少し裏返った変な声が出た。

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