5. 篠崎風香
身長172センチの女の子なんて、彼氏にするなら相手が限られる。
たまに高身長女子が好きな低身長男子もいるけど、あたしは絶対に自分よりも高い人じゃなきゃ嫌だ。
マッチングアプリで仲良くなって、顔が良いし話も合いそう、しかもあたしより背が高い!と思って実際に会ってみたら、余裕であたしの方が大きかったことなんてザラにある。
みんな多少なりとも、身長を盛って入力しているのだ。
身長だけじゃなく、顔写真だって実物と全然違う。
あたしだって加工アプリで撮った写真を載せているけど、そこまで別人ってわけじゃない。
そういうのは女の子に多いと思われがちだけど、意外に男の子だって盛りまくりだ。
出会っては裏切られ、がっかりしてを繰り返し、なかなか理想の相手に出会えなかった。でも絶対に“あたしだけの王子様”がほしくて。
次こそは、次こそはと願いながら諦めずにいたら、ついに出会えた。運命の相手に。
あたしより背が高くって、がっちりしてて、世の言うイケメンという感じではないけど、全体的にどっしりしていて落ち着く。
優しくて、面白くて、すぐに照れたり、それを隠したりする感じがすっごく愛おしい。
仕事中でも、友達と遊んでいても、会いたくて会いたくてたまらない。
今までの元カレ達とは全然違う。この恋こそ、人生で最後の恋にしたいって本気で思う。
そしてどうやらそれは彼も同じ気持ちらしい。あたしは今、世界で一番幸せ者だ。
『もうすぐ着くよ!♡』
男の子にハートマークをつけられるのはなんか冷めてしまうから嫌だったのに、太陽くんからだと嬉しいから不思議だ。
もっとカッコいい人はたくさんいるのに、どうしてこんなに好きなんだろう。
初めてデートしたあの日から、あたしはもう太陽くんのことしか考えられない。
尽くされたい、じゃなくて尽くしたい、と強く思う。何もかもが今までと違う。
彼こそ、間違いなくあたしの運命の相手。
すっぴんの顔に、急いで軽くファンデーションをはたく。ほんのりチークと、薄いリップも。ピンで留めた前髪はちゃんと下ろす。
少しでも可愛く見えますように。
「うん、いい感じ」
鏡の中のあたしは、いつもより輝いていた。これが恋の力か……。
あぁ、早く会いに来て。
そわそわしながらベッドの上でスマホを触っていると、インターホンが鳴った。
どくん、と心臓が飛び跳ねそうになる。やっと会える。にやけて仕方がない。
玄関へと駆け寄り、扉を開ける。
赤らんだ顔で微笑んでいる太陽くんがいた。初めて見るスーツ姿よりもっと驚いたのは、その腕の中に抱えられていた大きな花束だった。
「……えっ!」
「サプラーイズ」
「……うそ」
会えただけでも嬉しくてたまらないのに、サプライズで花束まで持ってきてくれるなんて。全身が高揚し、今にも天に昇りそうだ。
「でも、どうして?」
「さっきそこの花屋さん通りかかったとき、なんか風香に似合いそうだなと思って。閉店間際だったけど、ぎりぎり買えたよ。結構遅くまで開いてるんだな」
照れくさそうに頭をぽりぽりと掻きながら言う太陽くんから、花束を受け取る。
これでもかというほど鮮やかに咲く、ピンクや黄色が綺麗に生けられた大きな花束。
「……嬉しい!ありがとう!」
あたしはとびっきりの笑顔をして、玄関前にも関わらず太陽くんに思いっきり抱きついた。
「うわっちょっ、風香、大胆!お花崩れる!とりあえず中入ろう」
慌てた太陽くんに押されながら、部屋の中に入る。
玄関の扉がガチャリと閉まった音が聞こえたと同時に、溢れた愛情をキスでぶつけた。
「ん……風香……」
吐息混じりの太陽くんの声に、下半身がぞくぞくする。もう本当、大好きなんだから。
どさっと太陽くんの鞄がその場に落とされ、あたしも崩れないように花束をできるだけ優しく置いた。
そしてあたし達は抱き合った。強く、強く。
あぁ、幸せすぎてとろけちゃう。
やっと出会えた、あたしの王子様。絶対に離さない。
絶対絶対、この人と結婚する。
心の中で誓い、キスの合間に「大好き」と告げると「俺も大好き」と言ってくれた。