2. 上月沙耶
「……いやいやいや、何回目よ?」
恋に恋する、天井を見上げてはときたま気持ちの悪いため息を吐く部下にわたしは言った。
「えー?何がっすか?」
「そうやって人を好きになるの。あんたが入社してきてから、もう何回目かわかんないんだけど」
「はいー?失礼だなぁ、上月さんったら。初めてに決まってるじゃないっすか!今までとは全く違いますから」
呆れるくらい真面目な顔をして答えた鈴木は、枝豆をつまみビールをぐびっと飲んだ。
まだ一杯目の途中だというのに、真っ赤になっている。明らかに体育会系な見た目のくせに、酒が弱い。
「お前っていいよなぁ。そうやって毎回初めてみたいにすぐに恋できるの、羨ましいよ」
真っ赤な彼の横で煙草をふかしながらどこか虚ろな目で呟いたのは、わたしの同期、榊原夏樹。
榊原の趣味は筋トレで、今にもスーツの胸元がはじけそうになっている。キリッとした目元に、太い眉。男前と言えるはずなのに、どこか惜しさを感じる不思議なやつだ。
「いーや、今回はマジのマジっす。今までとはまぁーったく違います。なんか、好きっていうか、愛くるしいっていうか……なんなんでしょうねぇ、ぐふふ」
見ていられない後輩の惚気に、榊原と顔を見合わせて苦笑する。
「来月くらいに別れましたとか報告してこないでよ」
「それは絶っっ対に、ないっす!!!」
ジョッキをどん、とテーブルに強く置き、鈴木は断言した。
「本当かよ。じゃあさ、なんか賭ける?」
意地悪な笑みを浮かべて榊原が言うと、鈴木が「100万円でも1000万円でも賭けていいっすよ!」と叫んだ。
来週くらいありえそうだ、と盛り上がるわたしと榊原、それに張り合う鈴木。
最近は毎週金曜の夜、この三人で飲んでいる。
飲食店グループ企業の本社で働くわたし達は、営業職の同僚だ。
今年27歳になった友人達のほとんどが結婚していった今、こうして時間を気にせず飲める相手はかなり貴重といえる。
つい数日前に付き合ったばかりの彼女の写真を一生懸命見せてくれる鈴木はかなりの恋愛体質で、彼が入社した三年前から今日まで、何度付き合った別れたの報告を聞かされたのかわからない。
毎回「こんなに好きになったのは初めて」「今回は今までの子と全然違う」と本気で言えるのだから凄い。正直羨ましくもある。
「可愛いね」
本心だった。鈴木のスマホに映った女の子は、くしゃっとした笑顔が可愛くて、サラサラした長い黒髪が魅力的だった。歳を聞くとまだ23歳だという。若い。
キャピキャピ、キラキラしている。ザ、女の子って感じの、本当に可愛らしい子。おまけに高身長だと。モデルじゃん。
鈴木には少しもったいないような気がする。
「でしょ!!」
「うーん、可愛いけど俺のタイプではない」
「いや、聞いてないっす」
榊原の厳しめな反応に鈴木は不服そうだ。
不意に鈴木が「そういえば」わたしに話を振る。
「上月さんは、彼氏さんと結婚しないんすか?もう結構長いっすよね」
謎の言ってやった感と、やや上から目線なのが癪に障る。
「たしかに。入社してすぐくらいから付き合ってたよな。ってことは、もう五年目くらい……?」
榊原も便乗してきた。
わたしとしては、この話題は少し勘弁してほしい。
付き合って五年も経つのに、結婚というワードを一切だしてこない歳上の彼氏の顔を思い出し、思わずため息をついた。
「え、なにそのため息。なんかあるんすか?!」
「なんだ?話聞くぞ!」
他人の不幸は蜜の味なのか、わたしのため息で彼らのテンションが一気に上がったように感じる。
けれどわたしとしても、そろそろ誰かに聞いてもわらないと限界だったのも事実で。
「はぁぁぁあ……」
もう一度巨大すぎるため息をついた後、お酒のせいのせいもあってか気付けば全てを赤裸々に話していた。
***
途中までは覚えている。
彼氏に対しての愚痴をわたしが喋って、榊原と鈴木が真剣なのか面白がっているのかはわからないが、とにかくちゃんと聞いてくれた。
それは彼氏がダメだな、もっと積極的に言ってみたら?などとそれなりにアドバイスをくれていたところも覚えている。
どんどんお酒が進んで、何杯目かわからないハイボールを頼んで……。
トイレに立ち上がったときにふらついて二人に心配されて「大丈夫だから!」と若干キレ気味に言ったのも覚えている。
お会計もちゃんと自分の分を払ったと思う。
外に出て、なぜか鈴木が先に帰って、それから……。
枕元にあったスマホを見ると、午前四時。彼氏から何通かLINEがきている。
そしてここはおそらく男の部屋で、隣には裸の榊原がうつ伏せでぐーぐー眠っている。
重い身体で起き上がったわたしは、額に手を当てうなだれた。