23. 鈴木太陽
ノイローゼになりそうだ。
こんなことなら、一緒に住んでいた頃の方がまだましだ。
今すぐ寝たいという身体の芯からの欲求を堪えながら、電話で風香のくだらない話を聞く深夜一時。
明日も仕事だし、今日も仕事だった。疲れているし、眠たい。
「そろそろ寝ようかな……」
『えー、寝ちゃうの?でもあとまだ三日も会えないよ』
「そうだけど」
『じゃあ、寝落ち電話しよっ』
「いや、高校生じゃないんだし……」
『いいじゃん別にー。なに?風香のこと好きじゃないの?好きでしょ?好きだよね?』
だめだ、もう付いていけない。
実家に帰ってからの方が、ずっと寝不足だ。
そのせいで、いやそれは言い訳かもしれないけど、仕事中もずっと疲れていて毎日ミスを連発している。
取引先に怒られ、上司にも怒られ、せめて家に帰ってからゆっくり休みたいと思ったらこれだ。
これからもずっとこんな日々が続いていくと思ったら、自分が壊れてしまいそうな気がする。
愛を散々確認されたかと思えば、次は友達の彼氏が面白いという心底どうでもいい話を聞かされ、やっと電話を切ってくれたのは深夜二時半だった。
今日もあと四時間も寝ることができない。最悪だ。
俺が何か反抗するようなことを言ったとき、風香は決まった台詞を返してくる。
「太陽くんが浮気したからだからね」
そう言われると、俺はどうすることもできない。たしかにそれは紛れのない事実で、俺は彼女を傷付けた。
だからこそ、もうこんな最低な俺のことなんか振ってほしい。
しかしそれどころか、風香の束縛はますますエスカレートしていくばかりだった。
仕事中もできるだけ、せめて一時間起きには必ずLINEを返してほしいとまで言われている。
たしかに、こんなに俺のことを好きになってくれる子は今までいなかったし、これからもいないと思う。
可愛いし、スタイル良いし、いい子、だし……。俺にはもったいないような子だとたしかにわかってはいるのだけど、さすがに重さに耐えられない。
全部俺が悪いとわかっている。風香のメンヘラがひどくなったのも、原因は俺の浮気だった。
でももう、さすがに限界だ。こんな気持ちのままで、このメンヘラ具合は耐えられない。
風香のためにも、俺のためにも、別れた方が絶対にいいに決まっている。
「榊原さん、俺、別れようって、ちゃんと言いますわ……」
「それが良いと思う。その子のためにもな」
社員食堂で、プロテインの混じったボトルを飲みながら榊原さんは言った。
「お前なんかと付き合ってるより、その重さを全力で受け止めてくれる器のでかい男を探すべきだな。ちゃんと大事にしてくれそうな」
「そうっすよねぇ……」
俺はうどんを啜ったけど、全然進まない。最近は食欲すら落ちてきている。
「お前、老けたよなぁ」
あまりにも真面目な顔で言うので、吹き出しそうになった。
「やめてくださいよ、最近気にしてるんだから!」
「ははっ、付き合いたてはあんなにキラキラしてたのになぁ」
「それは自分が一番わかってます」
俺は最近会う人会う人に「老けた」とか「疲れてそう」と言われる。
風香のせいではないけど、仕事も上手くいっていないので、もうストレスで押し潰されそうだった。
とりあえず、一刻も早く別れたい。
『今週末、話がある』
風香にLINEを送ると、すぐに既読がついた。
『なに?別れ話とかやめてよねっ』
可愛らしい絵文字とともに返ってきた返信に、頭を抱えた。
「まぁ、頑張れよ」
他人事だと思って。立ち上がり俺の肩をぽんと叩いて、榊原さんは去って行った。
俺は大きなため息を吐いた。
**
とりあえず会って話す。そう伝えたのに、風香は気になって仕方がないから今すぐ言って欲しいと譲らなかった。
仕事終わった午後九時、LINEを送ったと同時に電話が掛かってきて、結局その電話で言わされた。
案の定、電話の向こうで風香は泣き喚いたし、今から会おうと言い出した。
だから週末にしたかったのに……。
今からは無理だと言うと、会いに来ると言われた。
あぁ、俺はいったいいつになれば解放されるのだろう。
今からまた壊滅的な別れ話をしなければならないと思うと、おかしくなりそうだった。
だがこの後、まさかさらに大変な展開になることまでは想像していなかった。
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