17. 篠崎風香
全部太陽くんの言った通りだった。
キャバクラのアルバイトは楽しいけど、甘い世界じゃなかった。
笑顔で明るく。あたしの担当になった黒服の男の子にそう教えられ、その通りにやった。そうしたら本当にお客さんは褒めてくれたし、とくに粗相もしなかった。雑貨屋で働いていたときより全然楽だった。お給料だって桁違い。ただ……
「リマちゃん、次は日曜日にゆっくり会えないかな?来週同伴してあげるから。朝から晩まで、二人で過ごしたいなぁ」
あたしの膝にしわしわの手を擦りながら、顔を近付けてくるジジイ。
欲望丸出しでにたっと笑った顔には、は、前歯がなかった。キャバクラに来るお金があるならまず歯を治せばいいのに……。
「えぇ、どうしようっかなぁ」
“Elegant”で働き始めて一ヶ月ほど経ち、すっかり小慣れた笑顔であたしは言う。内心、逃げ出したくてたまらない。
「同伴してあげるよ?まだそんなに売り上げないんだよね?」
「そうなんだよねぇ……」
「一日俺とデートしてくれるんなら、同伴してあげるよ?シャンパンもおろしちゃうかも」
だから、そんなお金があるなら歯を治せば?
心の中で毒を吐きつつも、こんなジジイをコントロールするどころか逆に弱みを握られているような自分が情けない。
太陽くんが言っていた、頭が良くないとダメだというのはきっとこういうことだろう。
ふと周りを見渡すと、先輩キャバ嬢達がぽんぽんとシャンパンを開けてもらっていた。このご時世になんて景気がいいんだろう。お客さんだって、こんな汚いジジイじゃなくて上品で本当にお金持ちって感じの紳士そうな人だ。ああいう人に気に入られるスキルが、あたしにはない。
ただ若くて、ちょっと可愛くて愛想が良いだけじゃ全然ダメなんだ。
「うーん、考えとくっ!」
精一杯、可愛こぶって答えてやった。
あぁ、太陽くんに会いたい。
もう働きたくない。でも働かないとお金がない。家賃を払えない。
太陽くん、あたしがこんなジジイを相手しているところを見たら、ヤキモチ妬いてくれるかな?それとも嫌いになる?
なんて、あたしはいつでもどこでも彼のことばかりを考えている。イケメンでもないし、お金もない。でもあたしにとっては世界一の王子様だ。
五歳歳上の売れっ子キャバ嬢とそのお客さん、そのお客さんのお友達と四人でアフターに連れて行ってもらった。
午前二時に食べるお寿司はとっても美味しくて、とろけそうだった。太陽くんにも食べさせてあげたい、と思ったと同時に罪悪感に襲われた。
知らないおじさん達とこうして並び、二人ではとても行けそうにない高級なお店で美味しいものを食べている。きっと太陽くんは今、疲れて眠っているだろう。
何しているんだろう、あたし。早く新しい仕事を見つけて、辞めなきゃ。
だけど、なんやかんやこの現実離れした華やかな世界に女の子として惹かれないわけがなかった。
売れっ子キャバ嬢のお客さんのお友達にLINEを聞かれたので交換した。次は四人で同伴しよう、なんて仲良く話し、タクシー代をもらって解散した。
**
午前四時前。
ゆっくりと静かに鍵を回して帰宅した。部屋に入ると、太陽くんの大きな寝息が聞こえた。真っ暗だけど、たしかにそこにいるのがわかる。
彼の存在を感じただけで、一気に彼の世界に引き込まれる。あたしはやっぱりここがいい。
タバコ臭い髪や身体をシャワーで流し、パジャマに着替えて太陽くんの横に潜り込んだ。
「んん……帰ってきたん」
眠たそうな声が、愛おしい。
「うん。ただいま」
「おかえり……」
目を瞑ったまま、腕枕をしてくれる。そんな彼の大きな身体に抱きつくと、一気に睡魔が襲ってきた。
次に目を覚ますと、太陽くんはもういなかった。仕事へ行ったのだろう。
最近はこんな感じで生活リズムが違いすぎて、一緒にゆっくり寝ていない。
あたしがキャバクラで働き始めてから、たしかに二人の間に距離ができている。でも彼はなんやかんや言って応援してくれている。だからできる限り、頑張りたい。……新しい仕事、探さなきゃ。
ベッドの中でスマホをいじり、求人サイトを開く。数分スクロールを続け、諦めた。どれもキャバクラより給料が安すぎる。それに対して労働時間がぎる。楽そうなのは、全然稼げないし足りない。
どうしたらいいのだろう。できることなら、今のままでいたい……。あぁ、また太陽くんに怒られてしまう。
太陽くんが仕事から帰ってくるまでに、あたしは身支度をして家を出る。“Elegant”系列のヘアサロンへ行き、可愛くセットしてもらってから出勤する。
『仕事終わった!今から帰るよ』という太陽くんからのLINEに返事ができていないままおじさんの相手をする。もちろん晩ごはんの用意なんてしてきていないし、お弁当だってつくれない。
やっぱりこんな関係には無理があるよね。太陽くんもきっと、寂しいよね……。
またアフターに連れて行ってもらい、帰宅したのは午前二時半だった。昨日よりは全然早い。
なんだか寂しくてたまらなかった。我慢できなくて、帰宅した身体のまますでに寝ている太陽くんのベッドに潜り込んだ。その逞しい身体に腕をまわしたとき、
「タバコくさっ」
目を瞑ったまま顔をしかめて彼が言った。
「ごめん……」
「早く風呂入っといで」
冷たい声。あたしの顔を見もしない。自分だって普段煙草吸ってるくせに。むかつく。
「ねぇ、好き?」
そうだ、最近全然言ってもらえてなかった。久しぶりに聞かせてほしい。
「うん」
またさっきの顔のまま、うっとうしそうに。
「好きじゃないの?」
「好きだよ……なぁ風香、寝させてくれ」
「なによそれっ」
イライラする。せっかく、少しでいいからイチャイチャしたかったのに。
太陽くんはあたしのこと好きじゃないの?
仕方なく起き上がり、シャワーを浴びた。すっきりした身体で再びベッドへ行くと、彼は爆睡していた。
ふと目に付いたのは、その枕元にあった彼のスマホだった。あたしは迷うことなく手を伸ばした。
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