12. 鈴木太陽
風香と付き合って、一ヶ月が経った。
週の半分を風香の家で暮らすという半同棲の日々が、自然と始まっていた。
同じ家に帰り、一緒に寝る。朝目が覚めると、すぐ隣に風香がいる。風香がつくってくれた弁当を持って、会社へ行く。ものすごく幸せだ。
ただ、一つだけ気になることが……。
**
今日も一日あらゆるミスをやらかし、上司に怒られ、へとへとだ。
自分で言うのもなんだが、俺はあまり仕事が出来ない。情けない話、それが給料にも反映して金がないというのもある。
そんな俺のことを全て受け入れて愛してくれている風香には癒ししかないのだが……。
夜、ベッドで横になり、少しだけスマホをいじる。隣では風香も同じようにしている。いわゆるリラックスタイムだ。
Instagramを適当に流し見していたら、疲れもあってか俺はそのまま寝落ちしてしまった。
ふと目が覚めて、自分が完全に寝入っていたと気付いた。まだ部屋の中は明るいままだった。時計を見ると、深夜二時。……ん?
こんな遅い時間にまだ電気が点いていることに、まず違和感。そして隣に視線を移すと、風香はまだ起きていた。体操座りをして、なにやらスマホを見ているようだ。
「まだ起きてんの……?」
眠たいながらに声を絞り出して聞いた。途端、彼女の肩がびくっと震えた。
なんとなく違和感を持ち、その手にあるスマホを見ると、なんとそれは俺のスマホだった。画面開かれていたのは、LINEのトーク一覧。
「え、それ俺の携帯……」
ロックしているはずなのに、どうやって開けた?……そうか、俺が画面を開いたまま寝落ちしてしまったからか。
いや、ていうか、なんで勝手に見てるんだよ。
「何してんの?」
怒りというか、呆れというか。勝手にスマホを見るのはさすがにルール違反だろう。
俺が少し強めに言ったせいか、風香は泣きそうになった。その顔はたしかに可愛いけども……。
「ごめん、太陽くん。なんか不安で、気になっちゃって……。疑ってたとか、そういうのじゃないんだよ?」
弱々しく、縋るような目。
この子は確実に、結構なメンヘラだ。あー、付き合う前にわかっていたらなぁ……って、なに考えてるんだ俺。
「……勝手に見るのはだめだろ。俺、浮気とかしてないし。他の女の子と連絡とったりもしてないし」
「……うん、ごめんね。風香が悪いね。本当にごめんなさい」
なんだ?なんかちょっと俺の方が悪いみたいなその感じ。
「うん。もうそれ置いて、ちゃんと充電しといて。寝よう」
そうだ、今俺はとにかく眠たくて仕方ないのだ。
「うん。わかった」
風香は大人しく俺の言う通り、スマホを充電器のコンセントと繋げ、布団に潜り込んできた。
俺の腕の中にすっぽり入り、ぎゅっと抱きついてきた。うん、やっぱり可愛いんだよなぁ。ちょっと重いけど。
「太陽くん、大好きだよ」
あー、やっぱり重いっ!
「うん、俺も大好き」
ここでこう答えてしまうから俺はダメなんだろうな。
何はともあれ、一件落着?こうして俺達は二人で仲良く眠りについた。
スマホを勝手に見られたというのは、たしかに少なからず冷める。でもまだ付き合ったばかりだし、一回きりのことだし、今回は大目にみてあげようと思う。
**
「それはアウトだろ。鈴木、悪いことは言わねぇ。別れろ」
ビールを豪快に煽りながら榊原さんは言った。
今日は珍しく、二人だけのサシ飲みだ。あれ以来、榊原さんとも上月さんとも飲みに行っていなかったから少し久しぶりだ。
すでに季節は初夏に入ろうとしている。
「榊原さんは冷たいんだよなぁ。すぐにそうやって切り捨てる。もっと受け入れてあげようっていう広い心を持たなきゃっすよ」
上月さんとのことで弱みを握っているからか、一応上司なのに最近は榊原さんに言いたいことをなんでも言えてしまう。
「俺は絶対無理。携帯見る女、マジ無理」
「まぁ、そりゃあ俺だって無理っすよ!でもたった一回の過ちじゃないですか。これから見ないでくれたらそれでいいですよ、俺は」
「あのなぁ鈴木。一回見る女は、絶対にこれからも事あるごとに、いや何もなくても見るぞ。第一、付き合ってからこんなにすぐ見る時点で終わってんだよ」
「言い過ぎじゃないですか?」
「神に誓うね」
「じゃあ、もし上月さんが榊原さんのスマホ勝手に見たらどうします?なんやかんや許しちゃうでしょ?」
「絶対無理。一瞬で冷める」
「え」
言い切った榊原さんは、ただ強がっているようには見えなかった。どうやら本気で一瞬で冷めるらしい。
「そんなもんなんですか?榊原さんが上月さんを想う気持ちは!」
テーブルを叩いたりなんかして、なぜか俺は熱くなる。
「そんなもんもなにも、上月はそんなことしねぇよ。もしするとしたら、それは俺の好きな上月じゃない」
気持ちいいくらいに言い切った後、榊原さんは煙草に火を点けた。
俺は少しの違和感を感じた。なんていうか……上月さんのことを好きなのは好きなのだろうけど、それは理想通りの上月さんだからこその話であって、もしも上月さんが全然違う一面を見せたら、榊原さんは好きじゃなくなるということだろうか。
「へぇー。……なるほど、っす……」
これ以上言い争っても仕方がない。やっぱり榊原さんは、俺とは全く違う種類の男だ。
まさか、いや、ないとは思うけど、上月さんが榊原さんのことを本気で考え始めたらそれはそれでなんかややこしくなるような気がした。
「とにかくお前は、その女と早いうちに別れておくことだな。自分の首を絞めてるのと一緒だから」
「だから、余計なお世話っすから!!」
そんなにストレートに言わなくてもいいじゃないか。
まぁ俺だって、風香がちょっとおかしいということは確信したけども。でも、まだまだこれからだし、もっと付き合っていきたいと思っている。だから頼むから、俺の気持ちが曲がりそうになることを言わないでくれ、榊原上司よ……。
そのままお互い数杯呷り、大人しく解散した。
電車に乗り、風香の家がある駅で降りた。そして驚いた。改札を出たところに、待ち合わせなんてしていないのに風香がいた。
「……風香?」
「お疲れ様、太陽くん!」
無邪気な笑顔で、手に持ったミネタルウォーターを差し出してくる。
「あ、ありがと……」
とりあえず受け取り、ぐびっと飲んだ。酒のせいで喉が渇いていたので、たしかにありがたかった。
そして俺達は一緒に歩きだす。
「ふふっ、飲みすぎたんじゃないの?」
いつものように、顔を覗き込んで可愛く聞いてくる。
「いや、そんなにだよ?っていうか、なんでいんの?」
「そろそろ帰ってくるんじゃないかなって思って、待ってた。サプラーイズ!」
大きく両手を上に上げる無邪気な彼女に、悪気がないことはわかっている。
「帰ってくるとはわかってても、早く会いたくなっちゃって、よし、迎えに行こう!って思って」
ふふっ、とまた笑う風香に、俺は正直なんと言えばいいかわからなかった。
「……ごめん。迷惑だった、かな?」
急に泣きそうな顔をしやがる。
「ううん。嬉しいよ。でも……」
「でも?」
「いつから待ってたの?」
「えっ、ほんのさっきだよ!」
「そっか。でもさ、もし俺がさらに遅くなってたらもっと待たせてたし……これからはちゃんと帰る時間連絡するからさ、ここで待ったりしなくていいよ」
できる限り、優しく言ったつもりだった。
「……なにそれ。迷惑だ、って言いたいの?」
「へ」
「あたしのこと、重たいって思ってるんでしょ!」
風香はいきなり立ち止まると、大きな声で叫んだ。通行人達が、不思議そうに振り返る。
どうしたどうした。さっきまで機嫌よく笑ってたじゃん……。
「思ってないよ!」
「嘘!迷惑なんでしょ。もういい!」
「えぇ?俺そんなこと言ってないよ」
すたすたと前を歩いていく風香。もう全く意味がわからない。
「風香ー」
追いかける俺。
「風香ー、おーい」
それでもすたすたと歩くのをやめない風香。
そのまま家に到着し、当たり前のように、二人で一緒に入った。
玄関の扉が閉まった瞬間、風香はいきなり俺の胸に飛び込んできた。そして子供のようにわんわん泣き始めた。
「えっ、ちょ……どした?マジで」
本当にわけがわからないが、とにかくその背中を撫ででやる。しかし止まらない彼女の嗚咽。
ダメだ、もうお手上げだ。俺にはこの子のことが全くわからない。酔いは完全に冷めた。
玄関で、立ったまま泣き続ける風香の背中を撫で続けて、五分ほど経った。ようやく彼女は話し始めた。
「あのね……っ」
「うん」
「今日、すっごく寂しかったのっ……」
「うん」
「飲みに行くのは仕方ないって思ってる。男の先輩と二人っていうのも信じてる」
信じてるもなにも、本当にそうなんですけど。
「……うん」
「風香が勝手に不安になっただけなの。ごめんね」
「……大丈夫だよ」
ちょっと待って。この子、俺のこと好きすぎない?
重たいけど、特にイケメンでもない俺のことをこんなに想ってくれるなんて、正直嬉しい。なんだか自分に自信が湧いてきたぞ。
やっと落ち着いて泣き止んだ風香と部屋に入り、その心の穴を埋めるように、俺は強く優しく彼女を抱いてやった。
大丈夫だよ、風香。俺が必ず幸せにするから。
なんか色々あったけど、風香の身体は柔らかくて心地がよかったのでまぁいっか、と思った。
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