10. 榊原夏樹
あれ以来、ずっとLINEで連絡を取り合っている。
朝は『おはよう』から始まり、夜は『おやすみ』で終わる。たまに電話もする。
あれ以来二人きりでは会っていないし、会社内で顔を合わせてもぎこちなく微笑まれるだけだった。でも確実に、
意識し合っている。そんな変な関係が、ずっと続いている。
鈴木の彼女の話を聞いて、正直ゾッとした。
ああいう女の子と付き合ったことは何度かある。
付き合っていなくて身体だけの関係とお互い割り切っていたはずなのに、豹変する子もいた。そういう子は、そういう性質なのだ。どうしようもない。できるだけ避けて関わらないようにすることが大事。
でもたまに、見かけはサバサバしててポジティブな感じなのに、蓋を開くととんでもないメンヘラだったりすることもある。いわゆる地雷。そういうのもちゃんと嗅ぎ分けて、誤って踏まないようにしないといけない。
そう考えると、上月は理想的な女だ。
俺はたしかに入社時から、上月のことが好きだった。でも、入社してから今まで俺に恋人がいなかったわけではないし、それなりにそっちの方も楽しんでいた。
俺の気持ちは少し複雑で、今すぐ絶対に上月と付き合いたいとかそういうのじゃない。好きは好きだけど、こうしてずっと仲良く”同期”としていれたらいい、そんな感じだ。
ただ、こんなことになってしまった以上、嬉しくないわけがなかった。俺は今確実に舞い上がっている。
しかし現に、上月には付き合っている彼氏がいる。そしてどういうわけか俺は、それはそれでいいかと思ってしまっている。これはさすがにこじれすぎているのだろうか……?
何はともあれ、すでに彼氏がいるのだから俺に依存してきたり束縛したりすることは絶対にないであろう上月は、条件としてかなり良い。
彼女はメンヘラなんかじゃない。ちゃんと自分を持った大人の女だ。出会ってから五年、ずっと側で見てきたからよくわかる。
この間はちょっと飲みすぎておかしくなっていただけで、普段の彼女は凛としてて仕事がよく出来る、格好よくて美しいキャリアウーマンなのだ。
『昨日電話で話してた小学校、今日契約とれたよ』
取引先から電車に乗って会社へ戻っていると、彼女からLINEがきた。
俺達は、コピー機などのオフィス系機械類を販売する営業職をしている。同期の中でも、上月の実力はずば抜けていた。
『凄いじゃん!さすが。おめでとう』
『ありがとう。なんか奢ってね』
こんな感じであの日以来、仕事中も隙さえあればずっと連絡を取り合っている。まるで付き合っているみたいに。
付き合っていないのに付き合っているようなこの曖昧な雰囲気が、なんとも心地良い。上月の彼氏には悪いけど。
『じゃ、今日奢る』
『え、今日?やったー!焼肉がいいなぁ笑』
『いいけど』
『わーい!』
電車の中だというのに顔がにやけてしまう。
今日はまだ木曜日。週末まであと一日あるけど、こうして俺達は今夜会うことになった。
**
「うぃっす」
スマホを片手に反対の手を軽く上げ、駅の柱にもたれかかった上月は俺にぎこちなく微笑んだ。
俺は彼女に歩み寄り、同じように「うぃっす」と手を挙げる。そして俺達は並んで歩いた。
二人ともスーツだから、デートじゃないように見られなくもない。もしこの光景を上月の彼氏に見られても、怪しまれることはない、はずだ。
「そういえばさぁ、あれからどんな感じ?彼氏と」
この絶妙な気まずさをを打ち砕くために切り出した俺の質問に、彼女は一瞬吹き出しそうになった。
「もう、本っ当デリカシーないよね榊原って!」
なぜか怒っている。
「普通さぁ、いきなりぶっこむ?もうちょっと経ってから聞いてよね!」
「いや、知るかよ」
「……ったく。まぁ、通常運転って感じかな。現状維持、とくに変わりなく」
「なるほどね」
どうしてだろうか、なぜか安心している自分がいた。
べつに俺は彼氏と別れてほしいなんて思っていないのだ。できることなら、そのまま幸せになってほしいとさえ……って、俺ってやっぱりおかしいのかな?
「なにその安心したみたいな表情」
「え、そんな顔してる?」
「してる!榊原って本当謎だよね。昔っから」
「謎と言われましても……」
「まぁ、なんでもいいよ。それより早くお肉食べたーい!お肉、お肉。どんな高級店に連れて行ってくれるのかしら」
「普通の焼肉屋だよ」
ふてくされていたかと思えば急に切り替えたようで、両手を突き出して喜んでいる。
よくわからないけど、俺はそんな上月が好きだ。
**
「でねぇ!わたしが飲み会前から連絡返してこなかったことなんてすっかり忘れてさ、ふっつうーに機嫌よくて、最近買った新しいバッグの話とかしてくるんだよね。ありえなくない?」
よく食べて、よく飲んで、よく喋る。
赤ら顔の上月は、今日も酔っていた。あの日以来、俺に完全に心を開いてくれたのだろうか。今までの上月は、こんな風に酔って盛大に彼氏の愚痴を喋ったりするやつじゃなかった。
「まぁまぁ。男なんてそんなもんじゃね?変にメンヘラされるよりよっぽどいいじゃん。やたらと色々聞いてこられてもうざいだろ」
「たしかにそうだけど……そうだけどさぁ!」
はぁ、と特大のため息を吐き、ハイボールをぐびっと飲む。もう五杯目くらい……?
「おいおい、飲みすぎるなよ」
なんて言いつつ、またこの前みたいな展開になったらラッキーだなと期待している俺がいた。
「余計なお世話っ!」
そして、俺の期待通りになった。
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