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9. 鈴木太陽


『太陽くん、寂しかったよぉ……』



 家の最寄り駅で降りてから恐る恐る掛け直した電話の向こうで、彼女は泣いたような声で言った。

 コールが鳴る間もなくすぐに出たから驚いた。ずっとスマホを握り待っていたのだろうか。



「ごめん!今日午後からめっちゃ忙しくて」


『そうだったんだ!ごめんね、いっぱいLINE送っちゃった……』


「あぁいや、俺の方こそごめん。連絡できなくて」



 正直、引いたのは事実だった。

 そして彼女が()()()()だということに気が付いてしまった。



『ううん、太陽くんは悪くないよ。風香が悪いの。勝手に不安になっちゃって。嫌われたかなって思って……ごめんね』



 不安?嫌われた?



「……なんでそう思ったの?」


『LINEが全然返ってこなかったから……』



 オーマイガー。俺は心の中で呟いた。

 こういうの、何年か前にも経験がある。メンヘラ彼女。なぜかすぐに依存して、勝手に被害妄想して不安になって強烈な行動に出てしまう女の子。

 まさか風香がそっち系だったとは……。

 なんともいえないショックを感じつつ、それでも俺は風香のことが好きだという事実は変わらない。

 現に今、重いなぁと思いながらもそんなに俺のことを好きでいてくれてるのだと愛おしくも思えている。



「ごめんな。不安にさせて。これからはできるだけ、返せるようにするから」



 正直、仕事が忙しくてLINEを返せなかっただけでこんな風にメンヘラを起こされちゃたまったもんじゃない。

 でも風香とはこれからも仲良くしていきたいし、何より俺が風香と一緒にいたい。だから、素直にちゃんと謝った。



「風香のこと嫌いになんてならないよ。でも仕事中だから、これからもLINEをすぐに返せないことがあるっていうのは理解してほしい」



 しばらくの沈黙が流れた後『うん。わかった。ごめんね』という可愛い声が聞こえたので安心した。

 とりあえずこれで一件落着か。

 帰ったら母さんが作ってくれているであろうご飯をさくっと食べて、風呂に入って寝よう。明日もあるし。



『ねぇ、今から会えないかな?』



 えっ。

 しまった、思わず声に出して言ってしまった。



「い、今から?」


『うん。風香ね、今日ずっと会いたくて仕方なかったんだよ』


「俺もだよ。……でも今からはさすがに、ちょっと厳しいかな。明日も仕事だし。風香も仕事だろ?」


『そうだけど……太陽くんに一瞬でも会えたら、全部吹き飛んで明日も頑張れると思うんだ』



 どうしよう。なんて返そう。

 たしかに風香のその気持ちはめっちゃくちゃ嬉しいんだけども……。

 今朝まで会っていたわけだし、俺としては今日はゆっくり休みたいのだ。

 と言葉に迷っていると、



『太陽くん、風香のこと好きじゃない?』



 消えそうなくらい弱々しい声で彼女は言った。

 いやいやいや、そうじゃないだろう。

 これはちょっと、というか結構、ダル……いや、違うだろう。今俺が言わなければいけないことはただ一つ、



「好きに決まってるじゃん!大好きだよ!」


『本当?』


「本当!」



 そして思い付いた、お得意の言い訳を口走る。



「実はさ、今日忙しかったせいか、ちょっと体調悪くて。風邪っぽいんだ。……げほっ、げほっ」


『え、大丈夫?』


「大丈夫だよ。これ多分、今日ぐっすり寝たらすぐ治るやつだと思うんだ。とにかく大好きな風香に移したくないしさ、大好きだからこそ、な?」


『太陽くん……風香のことそんなに思ってくれてたんだ』



 これはかなり響いたようで、しみじみと言ってくれたので安心した。

 しかし、



『心配だから、なにか買ってそっち行こうか?』



 いや、違うだろ!!

 心の中で大きなツッコミを入れてしまった。

 しかし同時に、少し面倒くさいけれども彼女に対して込み上げてくるのはやっぱり愛おしさだった。



「ははっ、いいよそんなの。風香もゆっくり休んで。また会えるときに、ちゃんと万全な状態で会いたいよ」


『……わかった。我慢する。ごめんね、わがまま言って』


「わがままなんかじゃないよ。あ、家着いちゃった。またLINEするね」


『おかえり。うん、わかった。絶対してねっ!』


「了解!」



 そして通話は無事に終わった。

 わがまますらも可愛く思えるとは、このことか。

 ちょっと重めだけど、こんなに俺のことを好きでいてくれている風香のことをこれからも大事にしようと誓った。



**



「それ、重くね?俺無理だわ」



 翌日の昼休憩時、榊原さんは吐き捨てるように言った。



「まぁちょっと重いなとはたしかに思いましたけど、それだけ俺のこと愛してくれてるってことじゃないっか?」



 社員食堂のうどんを啜りながら、俺はとくに気にせず答えた。

 すると榊原さんはまたわざとらしくため息を吐き「お前なぁ……」と渋い顔をする。



「なんすか?」


「悪いことは言わねぇ。俺にも経験あるよ、そういう子。最初のうちは可愛いと思えるだろうけど、だんだんうっとうしくて仕方なくなるんだよ」


「うわっ、ひどいなぁ。……まぁ、でも」



 大学生の頃の元カノを思い出した。重くて、ものすごい束縛をしてきたくせに、最後は自分が浮気しやがった最低のクソ女。それでも三年も付き合っていた。あれ以来、俺は誰と付き合っても続かずにいたのだ。

 でも、風香は違う。



「俺だってありますよ、そういう子と付き合ったの。でも風香のことは、俺だって心から愛しているから、可愛いと思えるんですよ」



 と自分で言いながらも、なんとなく変なデジャヴを感じた。

 たしかに全て榊原先輩の言う通りなのだ。重い感じも変なわがままも、最初は可愛く思える。愛おしいと感じる。でもそれが続いていくと、だんだんうっとうしくなって、最後は()()になってくるのだ。

 だけど俺は決して、風香のことをそんな風に思わないぞ……。



「お前さぁ、愛してるとか愛されてるとか、よく平気でべらべらと言えるよなぁ」



 馬鹿にしたように鼻で笑われ、少し腹が立つ。よし、反撃だ。



「そういう榊原さんの方こそ、上月さんとあれからどうなんですか?」



 言った瞬間、榊原さんの顔がわかりやすく強張った。よし、クリティカルヒットだ。



「……なんもねぇよっ!」


「へぇ〜」



 そしてわかりやすく黙りこくってしまった彼は、からあげ定食を驚く速さで食べ終え「じゃ!」と去って行った。

 

 榊原さんと上月さん。二人が身体の関係を持ってしまったということはすでにわかっているけど、あれからいったいどういう展開になっているのだろう。

 上月さんとはあれ以来喋っていないし。というか、これからまた三人で飲みに行ったりすることはもうなくなるのだろうか。それはそれでちょっと寂しい気もする。

 ……まぁ、どうでもいいか。風香さえいれば、俺は十分だ。





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