プロローグ
不覚にも、彼かもしれないと期待してしまう。
玄関チャイムが音を鳴らし、あたしの心臓は跳ね上がった。
今日はキャバクラの仕事も休みで、これといってやることもなく、ベッドの上でスマホをさわりSNSで彼のアカウントを探し続けていた夜の11時のことだった。
こんな時間に来るなんて、やっぱり彼しかいない。
持ったままでいてほしいと言ったけれど、合鍵は突き返された。けれどきっと後悔したのだろう、わざわざチャイムを鳴らして会いに来てくれたのだ。
あたしは玄関へと駆け出す。
勢いよく立ち上がったときにこぼしてしまったカップラーメンの食べ残りも気にせず、床に散乱している下着やらを踏み付け、ただ一心不乱に走った。
7畳の1ルームの中で、わたしはどん底から突き上げられたような気分でいた。
ドアノブに手を伸ばす前に、少し深呼吸をして、前髪をさっと整えた。会える、会える。やっと会える。
ごめんな、風香。俺が間違っていた。浮気したことも全部死ぬまでつぐなうから、これからも一生俺のそばにいてくれないか?
そう言って、強く抱きしめてくれるだろう。
そしてあたしは涙を流し「もう、次はないんだからね」と言って思い切り抱きしめ返す。
罪をつぐなう彼を尻にひきつつ、二人で手を取り合って幸せに暮らしていくのだ。想像しただけでにやけてしまう。
だめだ、もうちょっと厳しい顔をしておかないと。すぐに許してはあげないんだから。
めいっぱいの期待と覚悟を持って扉を開けると、そこにいたのは警察官だった。
「篠崎風香さんですね。鈴木太陽さんの件で、お伺いしました」
全身から血の気がひいていく。何かの冗談ですよね?そう言って笑おうとするも、頬がカチカチに固まって顔が動かない。
「え……」
やっと出た自分の声はひどく掠れていて、もはやただの悪い夢なんじゃないかと手首をつねってみるとちゃんと痛かった。