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7話 試験を終えて

 ――おそらく私は今、死んでいた。


 ごくりと唾を飲み込み、冷や汗が滲むのを感じ取りながらヘザードは立ち上がったばかりの少年の姿を見る。

 不気味な紫の刀を鞘に納め、服に着いた土埃を払う彼には最早殺気の欠片すら残っておらず、ただの年相応の無垢な少年の顔そのものだった。

 だがあの瞬間、試験終了を告げるために彼の下へ足を運んだ瞬間、彼の眼はまるで飢えた獣の如き凶暴性を宿していた。


 もしギルドマスター殿が間に割って入らなければ、恐らく自分の体は真っ二つになっていただろう。

 自ら禁じ手としていた固有魔法――()()()()すら行使して押さえつけたというのにだ。

 

 そもそもヘザードはこの試験において本気を出す気など微塵もなく、あくまで試験官として、新人の力量を測る目的で臨んでいた。

 故に扱う魔法は一番対処のしやすい土魔法のみに限定し、その上()()()()魔法名を口にすることで敢えてクロムに警戒を促した。

 だがクロムの力量はヘザードの想像をはるかに超え、見たことのない剣技を以ってそのほぼ全てを対応して見せた。

 その結果、自分の最も得意とする固有魔法の発動を強要されるに至ったのだ。


「えっと、ありがとうございました。ヘザードさん」


 クロムは純粋な笑顔を浮かべて礼を言った。

 彼は理解しているのだろうか。あのまま事が進んでいれば自らが勝利していたという事実に。

 そう。この()()は自分の敗けだ。

 油断していたのだ。こんな子供が通常の()()()の重力下で動けるはずがないと。

 自分が最初から本気を出していれば勝てた、なんて女々しい言い訳はこの世界では通用しない。

 例え新人の試験とは言え、気を抜いた結果敗けて死んだのならばそれは全て自己責任でしかないのだ。


「――はい。試験、お疲れさまでした。結果は後日、追って知らせます」


 ああ、仮面を被っていてよかった。

 今の自分の表情は恐らく酷いものであろう。

 こんな顔、到底他人には見せられない。


 クロムは再度、深く頭を下げると、客席で待つエルミアの下へと向かって行った。

 そして残った壮年の男――アルファンに対して、ヘザードが頭を下げた。


「申し訳ございません。ギルドマスター殿。油断をいたしました」


「だな。お前らしくねえ。きちんと反省しとけ」


「――はい」


 アルファンは決して慰めの言葉など口にしない。

 そんな口先だけのフォローなど何の意味をなさないことを知っているからだ。

 ヘザードはそんなアルファンの言葉をありがたいと感じていた。

 そしてアルファンはヘザードに問う。


「どうだ、アイツと実際に戦ってみて。お前は何を感じた」


「剣の技術、身のこなし共にとても高い水準にあります。しかし、恐らく対人――対魔法使いとの戦闘経験値が足りていません。ほとんど己の直感に頼って動いている様子でした」


「なるほどな。概ね俺も同じような感想だ。このまま冒険者として戦闘経験を積んでいけば化けるだろうよ」


「はい。私もそう思います」


「それじゃあ後で報告書を書いて提出しろ。それから小僧のランクを決める」


「承知いたしました」


 そう言ってアルファンはヘザードに背を向けて歩いて行った。

 ああは言っているが、結論はとっくに出ているに違いない。

 彼は間違いなくCランクスタートだ。それ以外あり得ないだろう。

 本来ならばBランクの魔物を討伐し、Aランクのヘザードとまともに戦闘が出来ている時点でBランク認定してもいいくらいだが、それは規則で出来ないためそれが適切な結果となる。

 

「まったく、末恐ろしい新人が入ってきたものです」


 いつかまた、彼が自身と同じステージまで上がってきたとき、是非とも再戦したいものだと思った。

 今度は一切の手加減なく、本気の勝負をしたい。

 そう思うヘザードだった。



 

「お疲れ様、クロムくん。体、大丈夫?」


「はい、エルミアさん。今のところは大丈夫です」


「良かったぁ……まったく、アルファンったらほんとに急なんだから。自分の仕事も山ほどあるくせに、そういうところは昔から全く変わってないんだよね」


「あはは……」


 腕を組んで怒りを示すエルミアに、クロムは苦笑いするしかなかった。

 なにせギルドに来てアルファンと顔を合わせてからわずか数時間後に試験が始まったのだ。

 本来は受付で申し込んでから数日後に行うはずなのだが、アルファンは自身の裁量でたまたま手の空いていた試験官に相応しい人間二人を用意して当日中に試験を実施することを決めてしまった。

 職権乱用とはまさにこのことだよね、とエルミアは言った。


「じゃ、行こうか。私の家、ちょっと遠いところにあるけど飛んでいけばすぐだから」


「はい、お願いします」


 怪我をしたわけではないけれど、今日は流石にちょっと疲れた。

 もともと森の中を彷徨っていた時点で体力は限界近くまで落ちていたのだ。

 朝にエルミア手製のサンドウィッチを、そして昼にギルド内の食事をご馳走してもらってある程度回復していたが、試験はどちらもなかなかハードだったので今日はもう休みたかった。


 外に出ると、自然な流れでエルミアはクロムの体を抱え、空高くへ飛びあがった。

 ちなみにこの王都アウレーは巨大なドーム状の結界で覆われていて、それが外部からの侵入を封じているらしい。

 だからエルミアは城門の手前で降りて、正規ルートで都市に入ったのだ。

 実は結界を通り抜ける技術も有しているらしいが、それは緊急事態以外では認められていないとのこと。


 そんな話を聞かされながら、エルミアの家へ向けて飛び進む。

 クロムは柔らかい感触と冷たい風を肌で感じながら、濃い一日だったなと今日を振り返った。


 今までずっと孤独だった自分が、こんなにも多くの人と関わり、喋り、戦う事が出来た。

 こういう日のことをきっと〝充実した一日〟と呼ぶのだろう。

 それもすべて、エルミアが自分を見つけてくれたからこそ起きたこと。

 奇跡に近いそんな幸運に感謝しながら、クロムはこれからの生活に思いを馳せるのだった。

 

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