1話 黄昏時の迷い人
太陽が地平線に迫り、空をオレンジに染め始めた頃、クロムたちは次なる目的地、太陽の国ソランディアを目前にして深い森の中を彷徨っていた。
「ねえ、本当にこっちの道であってるのかしら? やっぱりさっきの道まで引き返した方がいいんじゃないの?」
「うーん、おかしいなぁ……魔方指針に従って道を選んだつもりだったんだけど、間違えたかなぁ……」
「どう見てもさっきより森の奥地に入り込んでるじゃない! こんなことなら一旦パルメア王国に引き返してから行くべきだったわ……」
「す、すみません……エルネメス王国は長らくソランディアとの交流を断っておりましたので、道がほとんど整備されておらず……」
「あなたが謝ってどうするのよ。それに関しては仕方がないわ。そもそも、フェルマに関する目撃情報があったって聞いて次の目的地をソランディアにしたあたしにも責任があるわ」
「引き返したいのは山々だけど、もう少しで日が落ちちゃうから何処か野宿できそうな場所を確保したいんだよね……」
「結構早い時間に出発したはずだったのにいつの間にこんな時間になってたなんてね……あ! そうだわ、メイ! あなた空飛べるでしょ。ちょっとこの辺りを飛び回って安全地帯探してきなさい」
「……すぅ」
「どうやらお昼寝中のようですね……」
「もうっ! こうなったらクロムに三日三晩吸い付かせてあたしたちを乗せて飛べるくらいまで回復させた方が早かったかもしれないわね……」
「ええっ!? それはちょっと……」
魔方指針と地図を照らし合わせて首をひねるクロムの右肩には、薄紫色の小型の竜がしがみ付いて寝息を立てていた。
先日の戦いでようやく肉体を取り戻したメイだったが、あれでも冥界の本体に比べるとほんのひとかけらに過ぎないらしく、現在は無駄なエネルギーを消耗しないために小型化してクロムに運んで貰っている状態だ。
その気になればルフランの言うように大きな竜に変身して全員を運ぶこともできるはずなのだが、本人曰く「お腹がすくからやだ」とのことである。
もう少し回復したら考えてもいい、と言っていたので今後の期待ではあるが、今の様子を見る限りだと当分は無理そうだ。
「せめてギルドの休憩所くらいあればよかったんだけど、残念ながらこの近くにはなさそうだね」
「仕方ないわね。今夜はちょっと開けたところで野宿しましょう。危ないから交代で見張りしなきゃね」
「わぁ! 私、野宿って初めてなんです! 楽しみです!」
「……一応言っておくけど、あんまり気分のいいものじゃないわよ?」
「私、どんなところでも眠れるので大丈夫です! 昔はお城を抜け出していろいろなところで遊んでお昼寝していたので……」
「……そう。なら大丈夫そうね」
「はい! あ、そうだ! いいことを思いつきました! 私がこのあたりのドラゴン達に声をかけて見張りを手伝ってもらうというのはどうでしょう!」
「それはいいアイデアね! でも……大丈夫なの?」
「……はい! ドラゴン達は昔からずっとお友達だったので! たとえどういう経緯で手に入れた力だとしても、お友達ではなく支配者の力だったとしても、私にとっては数少ない……心の底から頼れる存在なので!」
「……そういうことなら、あなたのお友達の力、借りてもいいかしら?」
「ええ! ぜひ!」
そういうと、アリアは空に向けて手を掲げ、呼びかけた。
力を貸す意思があるものは我が下に来たれと。その気になれば、あたり一帯の竜種すべてを強制的に従えることも出来るが、敢えてアリアはお願いという形をとった。
だが、竜種の王たるアリアを、支配者としてではなく、同族の仲間として案じていたものも確かに存在する。
その証明として、何年の前から遠からぬ場所で彼女を見守っていたドラゴン達が彼女の下へとすぐに飛んできた。
「そういうことなら僕はちょっと周囲を見回ってくるね。一応僕も上から見れるから、ここよりもよさそうな場所があったら確保しておくよ」
「分かったわ。こっちの準備は任せておきなさい」
「うん、お願い。あ、メイは置いて行っていいよね? 正直ちょっと重いんだよね……」
「しょうがないわねえ。あたしだと嫌がるからアリアに面倒見てもらいなさい」
「はい! お任せください!」
「ありがとう! それじゃあ行ってくるね」
クロムが二人の視界から消えてからすぐにアリアの招集に応じたドラゴンが揃った。
一括りにドラゴンと言っても、その性質には大きな個体差がある。
色はもちろん、体格や能力も様々だが、最も小さい個体でも人間の数倍以上の大きさだ。
「――ちょっとまって、これさ、この子たちに運んで貰えばすぐにソランディアまで行けるんじゃない?」
「……たしかに! 言われてみればその通りでした……!」
「ちょっ、待ってクロム! いったん戻ってきなさい!!」
慌てて森の中へ消えていったクロムを追いかけるが、いくら先に進んでも彼の姿は見えなかった。
それほど距離は離れていなかったはずなのに、いくら進んでも見つからない。
結局、クロムは夜になっても彼女たちの元へ戻ってくることはなかった。
♢♢♢
「さて、と。この辺りはあんまり魔物もいないみたいだし、ギリギリ野宿しても大丈夫そうかな」
日が完全に落ちてしまうと周囲の状況を把握するのは困難になってしまうので、今のうちに大体の地形や危険なポイントの情報を集めておきたい。
既に空は落ちかけた太陽の光でオレンジに染まっている。あまり猶予はない。
一つ気になることがあるとすれば、空気が異様に冷たい事だろうか。
単に気温が低いというだけではなく、あたり一帯に何か冷たい気配が張り付いているような感覚。
魔物が少ない理由も、この冷たさに耐えきれない者が去っているからなのかもしれない。
そうなると、ここらの魔物は通常の魔物よりも強力な個体しかいない可能性が高く、より気を引き締めなければならない。
「……ん? 何か聞こえるな」
しばらく歩いていると、遠くの方から何かが響く音が聞こえてきた。
「鐘の音……?」
よく耳を澄まして聞いてみると、鐘が鳴り響いている音のように聞こえた。
美しい鐘の音だ。不思議と体の奥底まで染み込んで心地が良い。
だけど、この音はいったいどこから聞こえてくるのだろう。
もしかすると、この近くにこの鐘を鳴らしている誰かがいるのかもしれない。
だとしたら一度その人にここがどこなのかを聞いておいた方がいいだろう。
そう思ってクロムは鐘の音の発生源に向けて歩き出した。
「多分、こっちの方から聞こえてくる……」
普段ならもう少し冷静に考えてから行動するはずなのに、今はただ直感に従って歩いている。
そうするべきだ。そうしなければならない。
そんな言葉が聞こえてくるような感覚に陥りながら、鐘の音に導かれるままに足を進める。
気が付けば、太陽はとっくに沈み、黒の空に月が顔をのぞかせていた。
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