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30話 黒幕

 ジークは感嘆していた。

 目の前に立つ若き少女は、何十年に渡り研鑽を重ねてきた自分を上回りかねない恐るべき才能の塊であった。

 もとより彼は戦闘を得意とする魔術師ではなかったが、それでも並大抵の術師ではいくら束になってかかってこられても負けることはまずないと言い切れるほどの実力者であると自負している。

 それなのに、冥竜神を従えておきながら戦闘は劣勢だった。


起爆(イラプション)!」


 まともに喰らえば致命傷は避けられない灼熱の火炎をばら撒きながら、どこでなにが起爆するかが予測不可能な変幻自在の爆破魔術を展開してくるせいで、戦闘のテンポが全く取れない。

 一見適当にそこら中を燃やしているだけの雑な戦いに見えて、しっかりと計算し尽くされた軌道で的確に追い詰められ、逃げた先に魔術が置かれているため対処が非常に難しい。

 冥竜神の肉体は極めて頑丈だが、流石にこれほどの爆撃をモロに喰らっては、流石にそろそろ無視できない領域に入ってしまう。


(ったく、どいつもこいつも手間かけさせやがる。俺の計画は女に邪魔される運命なのか?)


 ジークがこの国に来たのは今から8年前。

 雷霆の槍(ケラウノス)と呼ばれる罪宝(ざいほう)を手に入れるためにエルネメス王国に流れの老魔術師として潜り込んだ。

 罪宝とは、地上に存在する事それ自体罪とされる冥界の至宝。

 そして、全ての罪宝を回収することが、天喰らう双頭の魔狼(オルトロス)の使命であった。


 だが、エルネメス王国にあるはずの雷霆の槍(ケラウノス)は、何故か隣国のエセル王国にあると聞かされた時は絶句した。

 しかも真なる使い手となる少女が存在することを知り、ジークは計画の大幅な修正を余儀なくされた。

 罪宝は武具でありながら意思を持ち、自ら継承者を選ぶ選定者としての役割を持つ。

 そして、一度罪宝が継承者を決めてしまえば、他の者がその所有権を奪い取ることは叶わず、もし継承者が死んだとしても最低でも向こう数百年は次なる継承者は現れないとされていた。

 だからこそ、アリアの存在は、誰のものでもない罪宝を回収するだけであったはずの彼の仕事を大きく狂わせたのだ。

 故にジークはなんとしてもアリアを生きたまま攫う必要があったのだ。


 最初はエセル王国に再度忍び込みアリアの側近になる事で関係性を作ることも考えたが、それが発覚した時点でジークは既にエルネメス王国で一定の地位を築いてしまっていた。

 これはエルネメス王国に雷霆の槍(ケラウノス)があることを前提として、少しでもそれに近づきやすくするために行ったことだったのだが、結果としてそれが裏目に出てしまった。


 そして何より痛かったのが、ある日一人で遊んでいたアリアを狙って襲撃した際に彼女に顔を見られてしまった事だった。

 エルネメス王国には老魔術師アイワスとして潜り込んでいたので、アリアを襲撃する際には別の姿に変装して向かったのだが、何故かアリアにはジークとしての真の姿を見抜かれてしまったのだ。

 隠れて様子を窺っていたにも関わらずいつの間にか後ろから声をかけられた。

 そして彼女はこう言ったのだ。


()()()()、だぁれ?」


 その日、ジークは女性の姿をとってアリアに近づこうとしていた。

 ジークは自らの変装魔術には自信を持っており、今までどのような姿に変装してもバレたことは一度もなかった。

 にも関わらず、アリアはその恐るべき眼によってジークの正体を見抜いたのだ。

 その上で隠していたはずの腕に刻まれた天喰らう双頭の魔狼(オルトロス)の紋をも見抜かれてしまった事で、エセル王国に潜入する計画は完全に破綻した。


 さらにアリアは強かった。

 あの幼さでも力づくで攫うことは不可能。

 しかも極めて厄介な護衛も二人付いているので、これではどうしようもない。

 ならばもう、この手段しかない。


「戦争、だと?」


 そう、戦争だ。

 エルネメス王国を影から支配し、エセル王国を滅ぼしアリアを強引に奪い取る。

 いかにアリアが強くとも、彼女を護る存在がいなくなればいつかは疲弊し、折れる。

 ジークは既にエルネメス王国で重要な地位に昇り詰めており、王に進言することが可能になっていた。

 彼は自身の力を用いてエセル王国に劣るエルネメス王国の軍事力を飛躍的に高めてみせた。

 これにより王はすっかりジークのことを信頼し、乗せられやすい性格であったことも幸いしてあっという間に戦争に持ち込むことに成功してしまった。


 予想通り、ジークの介入によって戦争は一方的な展開になり、あと少しでエセル王国を壊滅させられるというところまで追い詰めた。

 面倒なことにエセル王は娘のアリアを外国へと逃したらしいが、何故か自分から帰ってきてくれたので探す手間が省けて助かった。

 魔導王とも呼ばれたエセル王は恐ろしく強く、姿を隠したままでの勝利が不可能となってしまい、やむなく真の姿を晒してしまったが、幸い戦闘の激しさ故に近づく者がいなかった事からこの姿を見たものはほとんどいない。

 これは完全に流れが自分に向いていると、己の幸運に感謝した。

 だがしかし――


「クソっ! いい加減退けよ!」

「はぁ……はぁ……行かせません。あなただけは、絶対に!」


 逃げ出したアリアを追おうとしたら、邪魔が入った。

 アリアが連れてきた巨大な赤竜は強かったが問題なく倒すことが出来た。

 だがその後に現れた暗殺者(アサシン)の女、ライナはそう簡単には突破できなかった。


 どうやら以前アリアを攫おうとした際に残してしまった痕跡と情報から推察してジークのことを常にマークしていたようで、この大一番のタイミングで妨害してきたのだ。

 単純な戦闘能力で言えば、完全なる格下。

 王国最強の剣士であるローヴェンならともかく、この女単体では脅威にはなり得ないと思っていた。

 

 しかし、戦いというのは相手を倒すことだけが勝利ではない。

 こと時間稼ぎという面においては、ジークが今まで戦ってきた中でライナの右に出るものは存在しなかった。

 だがようやく彼女も限界を迎えたようで、あと一撃叩き込めば倒れると言ったところまで追い詰めることに成功していた。

 せめてもの敬意を持って、今出せる最大限の魔術を持って殺してやろう。

 そう思ったのだが――


「――っ!? てめぇ! なにしやがった!?」


 直後、顔に強烈な違和感を覚える。

 これは後で鏡を見て気付くことだが、その時に顔に大きな刺青のような紋が刻み込まれてしまった。

 呪紋。

 自らの命を削って対象の肉体に呪いを込めた紋を刻み込み、特定の行動や能力に制限を加える、国によっては禁術指定されるほどの危険な魔術だ。


「たとえ死んでも姫様には決して近づかせない……! あなたのような外道には姫様は渡さない!」


 ライナが刻み付けた呪い。

 それは単純明快。アリアへの接近禁止だった。

 アリアに近づけば近付くほど肉体を蝕み、力を失い、死へ向かう、最悪の呪紋。

 先ほどまでの細々とした攻撃の中に術式を仕組んで撃ち込んできたのだろう。

 なんという女だ。みくびっていた。


 その後、八つ当たりのようにライナを倒してアリアの下へ向かおうとしたが、呪紋の妨害に加えてアリアがその力を覚醒させてしまったことで全てが破綻した。

 冥竜神を召喚して暴れ回るアリアを回収することは不可能だと判断し、呪紋のせいで死にかけながらも不完全体だった冥竜神を封印し、結果として英雄アイワスとしての地位とアリアをエルネメスで捕縛しておくことに成功した。

 だがライナに刻み付けられた呪紋は、彼女の恐るべき執念を感じる程に簡単には消せなかった。

 呪紋とは対象と効果が限定的であればあるほどその能力を増す。

 その上解呪方法を知るライナはどうやらあの後なんとか生き延びたらしいが、戦後間も無く死んでしまった。

 そのせいもあって結局完全解呪には5年以上かかり、そのせいで計画に大幅な遅延が生じてしまったのだ。


 そしてモタモタしているうちにあの事件が発生してしまった。

 アリアによる自己封印。さらに雷霆の槍(ケラウノス)の消失。

 完全に終わったと思った。

 計画の継続は無理であると思った。


 だが、どうやら天はジークを見放してはいなかったようだ。

 流れの冒険者達のおかげで不完全ながらもこうして冥竜神の復活に成功し、アリアと雷霆の槍(ケラウノス)も手中に収めることに成功した。

 このまま連れ帰れば任務完了だ。

 だが、ジークはここにきて欲をかいた。


 あろうことか、その冒険者は七罪宝が一振り、妖刀紫焔を持っていた。

 あれが誰の担当だったかは覚えていないが、もしここで妖刀の回収に成功すれば、一石二鳥の大手柄だ。

 しかも既に使い手はボロボロ。

 ならば、狙わない理由は――ない。


「ほんっっとしぶといわね……」

「流石はぼくの体……」


 如何に天才と言えども、対峙するのは竜の神。

 流石にそろそろ地力の差が出始めてきたか。

 これならば、しばらくの間勝手に戦わせておいても大丈夫だろう。


 そう判断し、ジークは冥竜神の背から降りて王城にいるであろうクロムの元へと移動を開始した。

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