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24話 竜使いの絶望3

 人は愚かだ。

 先人たちが何十年、何百年とかけて維持し続けた平和でさえ、たった一日の出来事でいとも簡単にそれを捨てることが出来てしまうのだから。

 きっかけは単純だった。

 それは()()()()エセル王国との国境付近の町を視察に来ていたエルネメスの王族を、エセル王国の兵士が殺してしまったというもの。

 国王の命令ではエセルの兵がエルネメス王国側に手を出すことは禁じられていたにもかかわらず、彼らは何故そのような愚行を犯したのか。

 アリア姫を侮辱されたとか、実はエルネメス側が先にエセルの兵を殺していたとか、手を出した兵は実はエルネメスのスパイだったとか、そのようなことはもはやどうでも良いのだ。

 今となってはそれを確かめる手段はなく、ただエルネメスの王族がエセルの兵に殺されたという事実だけが残った以上、それは宣戦布告の動機づけとなるのは必然だった。 

 平和を追求することよりも、戦争を始めることの方が遥かに簡単なのだ。


 いくら平和を愛する王と言えど、宣戦布告をされて黙っているわけにはいかない。

 国を、民を、そして何より愛する娘を護るために、武器を執る以外の選択肢など存在しなかったのだ。


「お父様! どうしてっ! どうして私だけ――」

「お前にはしばらく暇を与える――これの何が不満なのだ? 常日頃嫌いな勉強に追われてお休みが欲しいと何度も行っておっただろう」

「戦争なんでしょ!? 私の――竜使いの転生者のせいで、戦争が起きちゃったんでしょ!? だったら私も戦――」

「それは違う。お前が気にすべきことではない。お前はただ、次期女王として我が軍の勝利を信じて待つだけで良い」

「私だって戦えるんだよっ! 強いドラゴンさんといっぱい友達になったし、私だけ逃げるだなんて――」

自惚(うぬぼ)れるなっ!!」

「ひっ!?」


 宣戦布告が成されたその夜に、アリアは密かに玉座の間へと呼び出され、しばらくの間国外で休暇を取るように命じられた。

 しかしどこから情報を得たのか、アリアは戦争が始まってしまった事を知っており、その原因が自分にあることも理解してしまっていたようで、その責任感故か自らも戦線に加わると言い出したのだ。

 だが、そんな言葉を父王が受け入れるはずもなく、


「戦い方も知らぬ、竜の力を己の力と勘違いした小娘一人が戦場でなんの役に立つというのだ! 勇壮たる我が王国軍の足を引っ張るだけだろう! それに自分一人が戦争の原因などとぬかすとは、思い上がりも甚だしい! 我らはこの美しい王国を賊軍から護るために決起したにすぎぬ! それを理解したら疾く失せるが良い!」

「うぅっ――でも私は! 私だってドラゴンさんに頼らなくても戦えるようにいつも――」

「早く連れていけ! 目障りだ!」

「はっ、では――」

「あっ――はなしてっ!!」


 後ろに控えていた、ローヴェンとライナの二人に命じて、アリアを強引に下がらせた。

 必死にじたばたして抵抗しているが、二人も全力を持ってアリアを抑え込んでいるので、流石に振りほどくことは出来なさそうだった。

 ずっと何かをしきりに訴えているが、国王は全て聞き流し、ただ深刻そうな表情で資料に目を通すに留めた。


(……すまぬ)


 これまではアリアがエルネメス王国に狙われていることに対して、箝口令を敷いていた。

 いつか今日という開戦の日を迎えてしまった時、アリアがその重圧に苦しむことのないように。

 自らを犠牲にしてでも国を護ろうと行動しないように。

 だが、それは全て無意味だったようだ。

 聡い彼女は、とっくの昔に自分が特別な存在であることを理解していた。

 だからこそ、常に強く在ろうと、戦闘訓練を毎日欠かさず行っていたのだ。


 齢12歳にして、アリアは既にその身一つでも兵士100人以上の戦闘能力を誇る英傑へと成長していた。

 エルネメス王国に対して規模で劣るエセル王国にとって、本来ならばアリアの戦力は貴重なモノであるはずだったが、彼女が戦線に加わることは断じて認められなかった。

 国王が取った手段は、アリアを国外へ逃がすというものだった。

 それはもし王国が滅びの運命を迎えることになったとしても、娘だけは護りたいという親心に他ならなかった。

 だが、この非常事態に王族全員を逃がすためにリソースを割くわけにはいかない。

 まずはエルネメス王国の最重要ターゲットであるアリアのみを逃がし、折を見て他の子どもたちも可能なら逃がすという選択をするしかなかった。


(――無論、負ける気はない。案ずるな、アリアよ。必ずやお前が帰る場所を残して見せる)


 アリアを逃がす代わりに、自らは決して逃げず、最後まで戦い続ける覚悟を再度固めた。

 彼はアリアのように特別な能力を持って生まれたわけではないが、幼き頃より優れた魔法の才能を持ち、魔導王とも称されるほど多くの国民から尊敬される存在だった。

 いざとなれば自らが最前線に立ち、敵軍から国を護って見せる。

 それが自らの役目であると、王は確信していた。


 ♢♢♢


「――ふー、ようやく眠ってくれたか」

「不本意ではありましたが、強力な魔導古装(アーティファクト)の力を行使しましたからね……」

「派手に暴れられたからアーティファクトが効くように抑え込むのに苦労したぜ……」

「この国で姫様を無力化できるのはあなただけですからね。お疲れさまでした」

「おっ、労ってくれるのか! ライナに褒められると俄然やる気が出てくるぜ! このままキスでもしてくれるともっとアガるんだけどなぁ……チラチラ」

「……さて、これからの流れですが――」

「かーっ、冷てえ! だがそれもいい!!」

「……真面目に聞いてください。いいですか、我々はこれから姫様を別の部隊へ預け、戦場へと赴きます。本来ならば今後も姫様のすぐ傍でお守りしたいところですが、残念ながらそうはいきません」

「――戦力差はあちらが上。俺らが遊んでいる暇はねえ。傍で護衛することだけが姫様のためって訳じゃねえからな。それに――」

「……ええ。私達にも護らねばならないものが増えました。そのためにも、剣を執らなければなりません」


 力尽きて眠りについたアリアを抱えたライナと、やや息を乱しながらも得物である大剣を突き立てるローヴェンの二人は、王都から少し離れた森の中でこれからのことについて話し合っていた。

 先代の騎士団長であり、王国最強の剣士であるローヴェンに加え、国王直属の暗部出身の最強の暗殺者(アサシン)ライナの二人は、最重要護衛対象であるアリアを護るためにそれぞれ所属していた組織を抜けた過去を持つ。

 12歳とは思えないほどの圧倒的戦闘能力を持つアリアを、ほぼ傷つけることなく無力化できるのは、この国ではローヴェンしか存在せず、常に命を狙われるアリアを陰に潜む魔の手から護れるのはライナしか存在しない。

 だが、戦力で劣るエセル王国が戦争で勝つためには、この二人も最前線で戦わなければならないのだ。


 そのために用意したのが、アリアの強すぎる力をセーブする強大な力を持ったアーティファクトであり、それは腕輪としてアリアの細い腕に取り付けられていた。

 これがあればローヴェン達でなくともアリアをある程度制御することが出来る。

 護るべき対象の戦闘能力を落とすというのは愚策であるとは分かっているが、こうする以外に方法はなかったのだ。

 もしかすると、彼女の顔を拝めるのはこれが最後かもしれない。

 先ほどまで大暴れしていたとは思えないほど穏やかな表情で眠るアリアに、二人は惜しむような表情を僅かに見せたが、すぐに武人としての顔に切り替えた。


 引継ぎに来た者たちにアリアを預け、二人はすぐに王都へ向けて引き返した。

 願わくば、彼女が再び安心してこの国に戻れるように。

 王国最高の戦力が今、戦場へと走り出す。


 ♢♢♢


「――――」

「……アリア姫、あれから何も喋ってくださらないが、大丈夫なのか?」

「心配ではあるが、迂闊な言葉で下手に刺激をするのはマズい。姫は傷心でいらっしゃる」

「心苦しいが、今は大人しくしていただく他ないからな……」


 アリアが目を覚ましたのはあれから3日後のことだった。

 潜伏先の国へと移送され、半ば軟禁状態のような生活を送っている彼女は、不自然なまでに何も喋らなかった。

 ただ、影を落とした表情のまま、遠くの空を見つめるのみで、その様子はアリアを慕っている者たちですら不気味に感じてしまう程。

 怒っているのか、嘆いているのか、悔やんでいるのか。

 一介の兵士には、その感情を推し量ることは叶わない。


(――声が、消えていく。遠くの方で、人が死んでいる)


 アリアは今、エセル王国に住まう竜と共鳴し、戦場と化した国の有様を感じ取っていた。

 目で見ることは叶わないが、気配を感じ取ることは出来る。

 竜たちの声が、悲惨な戦場の様子をアリアに伝えてくれる。


(私のせいで、みんなが死んでいるッ――)


 自らの力が弱まっているのは理解していた。この腕にはめ込まれた変な腕輪のせいだ。

 外そうとしても、ビクともしない。これでは仮に戦場に赴いたとて足手まといになるだけだ。

 もどかしい。苦しい。辛い。何より――悲しい。

 嘆きと悲愴はやがて、怒りを生み、アリアに力を与える。

 竜たちは待ち望んでいた。真なる王――竜使いの誕生を。

 未だ彼女の力は未完成。その力を覚醒させるには、強大なる力を御しきる意志の力が必要だった。

 

 竜たちは問いかける。何を望むか、と。

 王は答えた。力が欲しい、と。

 竜たちは問いかける。何故力を望む、と。

 王は答えた。みんなを護るため、と。

 竜たちは問いかける。ならば、人ならざる者となる覚悟はあるか、と。

 王は答えた。当然だ、と。


 竜たちは歓喜した。新たなる王の誕生を祝福し、我先にと王へと跪く。

 王の身を縛るものはもはや在らず。

 壮観なる竜の群れの中でも特段大きな赤き竜が、その背中に王を乗せ飛び上がった。


「なッ――姫様! お待ちくださいっ!!」

「どうなってるんだ!? アーティファクトは効いていなかったのか!?」

「いけません!! 早く降りてきてください!!」


 異常事態に気づいた護衛達が一斉に武器を構えてアリアに対して考え直すように訴える。

 しかし、竜の王たるアリアに、人の言葉はもはや届かず。


「ごめんね。でも私、行かなくちゃ」


 ただ一言、そう呟いて、彼らは旅立ってしまった。

 皆、その様子を黙って見ていることしかできなかった。

 彼女は竜を引き連れて、エセル王国へと向かって行く。

 

 強く、幼い竜の王は、現実から目を逸らすことをやめてしまった。

 絶望への歩みを、進めてしまった。

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