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23話 竜使いの絶望2

「まてまてー! あはははっっ! まってー!!」


 黄金の如き髪色の幼い少女が、飛び回る小さな竜を追いかけて遊んでいる。

 小さくとも強大な力を持つはずの竜だが、少女を襲うどころか挑発するかのように高度を変えながら同じところをぐるぐると飛び回っており、その様子は一緒に楽しく遊んでいるようにしか見えない。

 それを遠目で見守る二人の男女がいた。


「まったく……勉強の時間だというのに姫様が抜け出したと聞いて慌てて追いかけてみれば、こんなところで竜と遊んでいるとは……これは陛下に叱っていただくようお願いしなくては」

「ははっ、元気でいいじゃねえか。あの歳から毎日毎日勉強ってのも息が詰まるってもんよ。厳しくしすぎるのもかえって逆効果かもしれないぜ?」

「それは……そうかもしれませんが、姫様はいずれこの国を背負って立つお方。相応の教養はしっかりと身に着けていただかなければ困ります」

「ま、そうだな。少しはストレス発散もできただろうしそろそろ連れて帰るか――ん?」

「いったいどうし――ああっ!」


 ほんの少し目を離して会話をしている隙に、姫様と呼ばれた少女が姿を消してしまったようだ。

 このまま見失ったら大変なことになってしまうので大慌てで探しに行かなければならない。


「くっ、そう遠くには行っていないはずです! 探しますよローヴェン!」

「ははっ、俺らとしたことが気付かれたか?」

「会話は後です! あなたはあっちを探してください! 私はこちらを!」

「この近辺はそんなに危ないところはないんだからそんなカリカリするなって。せっかくの美人が台無しだぜ? ライナ」

「余計なお世話です!」

「そーだよねー! 怒ってばっかだと良くないよっ!」

「「!!?」」


 探しているはずの人物の声が後ろから聞こえてきたので、護衛役であるローヴェンとライナの二人が慌てて振り返ると、そこには――


「ガオォォッッ!!」

「なッ――」

「うおォッ!!」


 人間の3倍はありそうな巨大な竜が大口を開けてこちらを威嚇していた。

 二人は即座に武器を取り出し戦闘態勢に移行したのだが、その上に乗っていた少女の姿を見てすぐに武装を解除して大きなため息をついた。


「あはははははっっ! わーい! ドッキリ大成功!!」


 大変満足そうに笑う姫――アリアを前に、ローヴェンとライナの額に青筋が浮かんだのは言うまでもない。

 どうやら一緒に遊んでいた竜に隠れている二人の存在を教えられ、いたずらをすることを思いついたようだ。

 この時アリアは8歳。既に伝説の竜使いとしての片鱗を見せる才気あふれる少女だった。


 ♢♢♢

 

「ふむ……やはり納得はせんか」

「ええ、あちらからすれば1000年待たされた待望の存在ということで、どうしても諦めきれないようで、再三にわたって引き渡しを要求しております」

「ふん、千年だろうが万年だろうが知ったことか。アリアは我が愛しの娘。何があっても決して渡しはせん。しかしながら、こうも話が平行線になるとどうにもならんな」

「はい……例の事件から国境の兵を増強しておりますが、それに対抗するようにあちらも兵を配置するようになり、緊張状態が続いております。正直に申し上げますと、衝突も時間の問題かと……」

「アリアを守るためならば戦争も辞さない……と言いたいだが、平和を謳歌する我が民に戦争の苦しみを味わわせる訳にもいかぬ。どうしたものか……」


 深刻な表情で王国の未来を憂う王とその臣下がいた。

 エセル王国とエルネメス王国は、太古に存在したとされる巨大な帝国が分離した結果生まれた国と言われているが、その歴史故か両国の関係はお世辞にも良好とは言えなかった。

 そして今回の件により、その溝はますます深まることとなってしまったのだ。


 エルネメス王国にとっては待望の、始祖の竜使いの転生者が、エセル王国に誕生してしまったことを発端とする関係の悪化は、もはや話し合いで収まるレベルを超えつつある。

 エルネメス王国は最初こそその正当性を主張しアリアを自国の姫として手厚く迎え入れる意志を丁重に示したが、なかなか首を縦に振らないエセル国王に痺れを切らし、エセル王国がエルネメス王国に対して規模で劣ることを良いことに脅しをかけるようになった。


 そしてついに先日、アリア姫誘拐未遂事件が発生してしまった。

 幸いアリアには強力な守護竜が着いていたお陰で大事には至らなかったが、その犯人は捕まりそうになるやいなや、即座に服毒して自害してしまったこともあり、何者かが裏で手を引くプロの犯行であることは明確であった。


 エセル国王はこれをエルネメス王国の仕業であると断定し激怒するも、エルネメス王国側は知らぬ存ぜぬの一点張りで、逆に濡れ衣を着せられたことを理由に怒りを示し、両国はもはや戦争まで待ったなしといった状況に陥ってしまったのだ。


「それで、見つかったのか。竜使いの力を他者へと譲渡する術は」

「ええ、完全ではございませんが、竜使い自身が共鳴する対象者を選ぶことでその力の一部を譲渡することが出来ると記された文献が発見されました」

「そうか……奴等が欲しいのはアリアではなくあくまで龍使いの転生者にすぎん。ならばその力だけを譲渡してやれば納得するかと思ったが……時既に遅し、か」

「恐れながら、私も同感でございます」


 これまでエセル王国はあらゆる落とし所を考えて話し合いに臨んできたが、ここまで両国の関係が悪化してしまった以上、竜使いの力の一部を譲渡したところで無意味だろう。

 下手をすればその力をエセル王国へ向けてくる危険性もある。

 何よりもアリアへの負担が大きくなってしまう。

 それだけは避けたかった。


「いかがなさいましょう。国王陛下」

「……兵達に通達せよ。こちらから手は出すな。しかし向こうが仕掛けてきた場合は、一切の躊躇いなく敵兵を殲滅せよ。断じて賊軍の侵入を許すな、と」

「はっ。承知いたしました」


 エセル国王が選んだのは、先延ばし策だった。

 先に仕掛けはしないが、相手が仕掛けてきたならば即座に迎撃する。

 可能な限り戦争を避けたいが、万が一のことを考えて備えておく。

 良く言えば平和を諦めない姿勢、悪く言えば中途半端。

 しかし平和を願いながらも娘を守りたい一心で捻り出した国王のこの言葉に対して、臣下は不満を述べることはできなかった。

 この判断は後に大きな誤りであったことを、彼らはまだ知らない。

 その様子を物陰からこっそり窺う何者かの存在にも、彼らは気づけなかった。


 ♢♢♢


「わっ、うごいたうごいた!」

「すごいすごーい!」

「ふふ、お姉ちゃん達に遊んでもらえてこの子も嬉しいのね」

「お母さまお母さま! この子はいつ生まれるの?」

「うまれるのー?」

「もう少しよ。もう少しであなた達の弟が生まれるの」

「楽しみだなー!」

「たのしみー!」


 ソファに腰をかけた母親の大きなお腹をさすって嬉しそうにはしゃぐ二人の少女。

 アリアと3つ下の妹であるルーナは、これから生まれてくる新しい命に心を躍らせていた。


「さ、そろそろお勉強の時間ですよ。頑張ってらっしゃい」

「うー、お勉強嫌い……」

「きらーい……」

「この子のためにも立派なお姉さんにならなければいけませんよ」

「「はぁい……」」


 不満そうな表情を隠しきれないアリアとルーナだったが、立派な姉になるという大きな目標のために重い腰を上げた。

 勉強は退屈だけど、将来は大好きな家族と大好きな国を守る立派な女王になるためには必要なこと。

 あらゆる竜を従える強き女王の誕生を誰もが待ち望んでいるのだ。

 その重すぎる期待を、その小さな体で精一杯受け止めて、強大すぎる己の力と重い運命を背負う覚悟が彼女にはあった。

 アリアは10歳にして、既に王者となる器を備えていたのだ。


 ♢♢♢


「…………」

「……幸せそう、だったね」

「……はい」


 森を抜け、王都に足を踏み入れた瞬間、クロムとエセルは奇妙な真っ白の空間に放り込まれた。

 そしてアリアの記憶から創り出された、かつてのエセル王国の日々が映像として映し出された。

 触れることも語りかけることもできないけれど、まるでその場にいたかのように彼女の過去を追体験していく時間を過ごした。


 不穏な気配を漂わせながらも、幸せで温かい記憶だった。

 でも、それが崩壊することを知ってしまっている二人は、これを素直に受け入れることは到底できなかった。

 映像は一度途切れ、二人は再び真っ白な空間に呼び戻された。

 だが、真っ白な空間はだんだんとノイズと共に歪んでいき、灰色に染まっていく。


 絶望はすぐ傍に迫っていた。

 

 

 

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